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第66話 隠し場所


 闇の中。視界に黒色以外何も映らない場所にずっといると、いつしか思考が自分の内側へと潜り始める。


 本当は自分の考えが足らないだけで、とんだ勘違いをしているんじゃないのか。あのナッシュ副団長が、横領なんてするはずがない。自分の勘違いで周りを巻き込んで、たくさんの人に迷惑をかけてしまっているんじゃないか。そんな考えがふつりふつりと闇の中から泡のように浮かんできて、怖くなってくる。

 身体がぶるっと震えてしまったのは、きっと肌寒さのせいだけじゃない。


 そのとき、いつしか固く握りこんでいた私の拳に、ふわりと温かく大きなものがかぶさった。

 え? と一瞬驚くものの、そうだ、真後ろにフランツがいたんだったとすぐに思い出す。彼は私の手だけじゃなく、身体ごと包み込むようにふわりと抱きしめてくれていた。


「闇は人を不安にさせるからなぁ」


 いつものおだやかなフランツの声が、耳元で囁くように聞こえる。いつもの調子なのに、それだけで不安でささくれ立っていた気持ちが温かさで溶かされていくよう。


「大丈夫だよ。俺はカエデの直感を信じてる。もし間違ってたらさ、一緒に謝りに行こうぜ」


 信じる。その一言が、じんわりと心に染み込んでくる。今は何よりその言葉がうれしかった。フランツにわかるように大きくうなずくと、彼の大きな手をぎゅっと握り返す。それだけでもう、あれだけ不安で押しつぶされそうだったのが嘘のように元気になれた。


 そのとき。ラーゴがゆっくりと足を止めた。すぐ後ろについてきていたクロードの馬の足音も聞こえなくなる。

 そして二頭は並んで鼻を鳴らすと熱心に何かの匂いを嗅ぎ始めた。

 どうやら、二頭の前に何かあるみたい。


 その仕草にフランツも何かを感じたようで、すぐにラーゴから降りる。そして馬たちの鼻先の方へと行くと、その辺りをペタペタと触って確かめだした。


「なんだろう? このでかい木の表面はムーアだよな。どうした? ラーゴ。このムーアが気になるのか? あれ? なんかウロみたいなのがある。クロード、明かりもらえるか?」


「いま準備してる」


 その言葉とともに、クロードが持ってきていた携帯ランタンに火が灯った。

 ランタンの明かりに、ぼんやりと辺りの景色が浮かび上がる。


 確かにラーゴたちの鼻先には一本の大きなムーアがそびえていた。そして、その表面に、子供ならスッポリ入れそうなくらいの大きさの穴が開いているのが見える。

 フランツはクロードからランタンを受け取ると、その穴の中を照らして探りだした。


「結構深いな……あ? なんか光るものがある。なんだ?」


 穴の中に身を乗り入れるようにして何かを拾い上げると、指で摘まんで見せてくれた。

 三人で顔を突き合わせて、今フランツが拾い上げたものをランタンの明かりの下で見てみると、それは一枚の金貨だった。どこからどう見ても普通の金貨。


「ほかにも何かあったか?」


「いや、これだけ。でも、なんでこんなところに金貨が一枚だけ落ちてたんだろう」


 勝手に金貨がウロの中に飛び込むわけもないから、誰かがここに置いたことは間違いない。


「さっきからラーゴがこの辺りをしきりに嗅いでるから、ナッシュ副団長がついさっきまでここに居たことは間違いないよ」


 労わるようにラーゴの鼻筋を優しく撫でながらフランツが言う。


「おそらく、ここに金を隠していたんだろうな。よほど慌てていたのか、たくさんあったのか。一枚こぼしていることも気づかなかったんだろう」


 と、クロード。

 やっぱり、そうよね。そうなるよね……。

 副団長が西方騎士団のお金をみんなに黙ってここに隠していた可能性は高い。


「でも、じゃあ……副団長とお金はどこにいったんだろう」

 

 辺りには私たち以外に人の気配はなかった。もし隠れているとしたら、ラーゴが匂いで気づくだろうし。

 彼は、そんな大金をもってどこへ行ってしまったんだろう。

 三人とも、フランツが摘まみ上げた一枚の金貨を見つめて押し黙る。

 沈黙を破ったのは、クロードだった。


「そういえば、ちょっと気になることを思い出したんだが」


「ん? 何?」


 金貨をベルトに下げたポーチに仕舞いながらフランツが聞く。

 クロードは口元に指をあててしばらく考えたあと、確かめるような口調で言った。


「ナッシュ副団長って、この辺りの出身じゃなかったか?」


 その言葉に、フランツも、あ!と目を見開いた。


「そうだ。前に聞いたことがある。西辺境地方のどこかだって言ってた」


 二人の会話の真意がわからず、私はきょときょとと二人を交互に見た。


「西辺境地方?」


「ああ。今いるここはその入口あたりなんだけどさ。王国の一番最西端にあって、未開拓の土地が多いから西辺境って呼ばれてるんだよ」


 と、フランツが教えてくれる。


「目立った産業も交易都市もない、かといって肥沃な土地もない。はっきり言ってしまえば開拓民の村や町が点在するだけの貧しい地域だ。といっても王国の最西端に位置する広い地域だから、そこのどこにあの人の出身地があるのかまでは私も知らない。だが、わざわざ隠し場所から金を持ち出したというのが気になるな」


 クロードはそう言うと、くいっと眼鏡を指で押し上げた。

 そういえばそうだ。西方騎士団はムーアの森にまだしばらく滞在することになっていたはず。だからなおさら、今晩、隠していた場所からお金を動かした理由がわからない。考えられるとすると。


「何か、使う目的がここにあるから……?」


「そうとも考えられる。フランツ、どうだ?」


 フランツはラーゴのタテガミを静かに撫でながら、ラーゴの様子を注意深くうかがっているようだった。ラーゴは長い首を伸ばして空気の匂いを嗅ぐと、ブルブルと首を揺らしフランツに頭を寄せる。その仕草を見て、フランツは小さくうなずいた。


「あっちにまだ匂いが続いてるみたいだ。行ってみよう」


 フランツは再び私の後ろに乗ってラーゴの手綱を掴んだ。クロードがランタンの火を吹き消すと、辺りは再び真っ暗になる。一時でも明かりに慣れたせいか、より闇が深くなったように思えた。


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