第62話 サブリナ様のアドバイス
どれだけ帳簿とにらめっこしてみても、買っていないブーツを購入したと記帳されている理由がわからなかった。
はじめは、もしかすると別のものを買ったときに間違えてブーツと書いちゃったのかな?とも思ったんだ。
それで、調理班のテオや騎士団のお金を使って何かを購入する可能性のある人に一人ひとり当たってみた。
でも、この日にこの金額で騎士団のお金で何かを購入したという人はみつからなかった。
救護テントに戻って、救護班のお金を預かってらっしゃるサブリナ様にも尋ねてみたけれど。
「そうねぇ。ポーションはその前の週にカエデとレインの二人で買い出しに行ってくれていたし。その日は何も買いに行ったりはしてないわね」
彼女は救護日誌を眺めながら、困ったように小首をかしげる。
その救護日誌を横から覗いていて、私はあることに気づいた。
「この日って、雨だったんですね」
救護日誌には誰を手当てしたかだけでなく、その日の食事の内容や気温、天気などいろいろなことが細かく記されている。こういった記述は、たとえばそのあとお腹が痛い人が何人も出たりしたときに原因を突き止めるために役立つこともあるみたい。
「そうね。この日も、その前の日も、その二日前も雨ね。そういえば、このころは長雨が続いて寒かったから、風邪をひく人も多かったのよね」
サブリナ様は、救護日誌をめくりながら当時を振り返ってくれた。
そんな寒くて長雨の続く日に街まで出かけるなんて、まず考えられないこと。馬に乗るにしろ、馬車にしろ、雨に濡れるのは間違いないし、何より道がぬかるんでいて危ないもの。だからよほどの事情でもない限り、雨が降りしきる日に遠くへ出かけたりすることはない。救護日誌にも、この日は魔物討伐もお休みで、みんな自分のテントにこもっていたことが書かれていた。
調べれば調べるほど、腑に落ちないことばかり。
「この日、本当は何があったんだろう……」
ついそんな独り言が口から洩れてしまう。
救護日誌を棚に戻していたサブリナ様が、心配そうに目元を下げる。
「わからないのなら、ナッシュに直接聞いてみたらいいんじゃないのかしら」
「そう……ですよね」
たしかに、記帳した本人に尋ねれば、どういう意図でこの記述を記したのか教えてくれるだろう。もしかしたら、単なる間違いなのかもしれないんだもの。
この心の中のもやもやを解消するのは、それが一番早いに違いない。
でも、心のどこかにちょっと待てよと押しとどめる気持ちもあった。
彼に聞いていいんだろうか。聞いてしまっていいんだろうか。
もう少し自分で調べてみてからの方がいいんじゃないのかな。
そう迷っていたら、そのことをサブリナ様も察してくださったのだろう。彼女は私を励ますように優しく微笑んだ。
「大変なことは一人で抱え込んではダメよ。話を聞いてもらうだけでも、頭の中でこんがらがっていた糸がすっとほどけることもあるんだから。私ならいつでも手伝いますし、ほかにも助けてくれる人はいるんじゃないかしら?」
ほかにも……。そう言われたとき、ふっとフランツのことが脳裏に浮かんだ。それと、ついでにクロードも。ううん、もしかしたらこういう細かいことはクロードの方が得意かも。
二人のことを考えていたら、難しいことを考えすぎて寄り気味になっていた眉間がすっと緩んでくるようだった。いままで、自分で解読しなきゃって肩に力が入っていたのが、ふわりと軽くなる。
そんな私を見て、サブリナ様がクスリと笑みをこぼす。
「ほら。今、思い浮かんだ人はだれ? 頼りになりそう?」
私は、こくんと大きくうなずいた。
「はい。彼らに相談してみます」
そうだよね。私よりもずっと長くこの騎士団にいる彼らに聞けば、何かわかることがあるかもしれないものね。
でもどうせ彼らに相談するなら、自分が気付いたことを単なるモヤモヤで終わらせずにもう少し整理しておきたい。私は自分が書き替えた複式簿記のマイ帳簿とナッシュ副団長の帳簿を見比べてもう一度見直してみることにした。
それに、サブリナ様の救護日誌や、テオのつけている調理班の帳簿も参考にしてみることにしたの。
そして数日後。
今度はいままで気づかなかったけれど、疑いの目で見れば見るほど、ほかにも実体のよくわからない怪しい記帳がいくつも見つかってしまった。
ううううん? ますますモヤモヤが増えてきたぞ? どうなってんの、これ。