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第61話 修理班のバッケンさん


 クッキーの包みと帳簿スクロールを手に持って、とあるムーアへと向かった。そこは、後方支援の人たちが寝泊まりしているムーア。傍まで来ると、すぐに他のムーアとは雰囲気が違うのがわかる。


 ムーアの外に小さな炉がいくつか組んであって、そこで忙しそうに作業をしている人が数人いた。

 彼らは、修理工の人たち。騎士さんたちの防具や武器だけでなく、馬の蹄鉄ていてつや鍋なんかの金属製品をはじめ、テントの補修や壊れた荷馬車まで何でも直してしまうんだ。


 その中に、がっちりした体格の小柄な男性の姿を見つけると私は近づいて行った。彼が、修理班の班長をしているバッケンさん。いつも仏頂面で眉間にしわを寄せていて愛想なんて欠片もないから、普段は余程の用がない限り話しかけたりしないんだけどね。修理をお願いしたいものがあっても、彼ではなく彼のお弟子さんたちに声をかけてお願いすることが多いもの。


 でも今日は彼に直接尋ねてみたいことがあったから、彼のもとへ真っ直ぐ歩いて行った。

 炉の前で額に玉の汗を浮かべて剣を打ち直していたバッケンさんが、打ち終わった剣をそばのバケツの水へ差し入れると、ジュッと大きな音が鳴る。

 その一連の動作を見とれていると、額の汗を首から下げた手ぬぐいで拭きながらバッケンさんがこちらを向いた。


「なんの用だ?」


 唸るように発された言葉に、私はハッと我に返るとここにきた目的を思い出す。


「バッケンさん。騎士団の帳簿を整理していて、ちょっと気になることがあったのでお話をお聞きしたくて来ました。あの、今でなくてもいいんですが、お時間あるときにちょっとお話をうかがってもいいですか?」


 彼の醸し出す威圧感に圧されながらもなんとかそう早口で伝えると、彼は「ふん」と鼻を鳴らしたあと、すたすたとムーアの入り口へと歩き出した。


「今ならちょうど一区切りついたところだ」


「あ、は、はいっ」


 先に行ってしまったバッケンさんを慌てて追いかける。

 通されたのは、彼らが生活しているムーアの三階にある広めの部屋だった。真ん中にテーブルと椅子が置かれ、端にベッドがあるだけの殺風景な部屋。


 バッケンさんは椅子を一つ引くと、どっかりと腰を下ろした。目がこちらを見て

「座れ」と言っているようだったので、私も向かいの椅子におそるおそる腰を下ろす。胸に抱いていた帳簿スクロールとクッキーの包みを静かにテーブルの上に置くと、バッケンさんのギョロっとした目がギロリと私を睨んだ。


「それで、話ってのは何だ。俺には、そんな細まいもんはさっぱりわからんぞ」


 たしかに、帳簿スクロールには細かい文字や数字がたくさん書き連ねられている。でも見てほしいところは一つだけ。


「この日のことを教えていただきたいんです。ここには、ロロアの街で騎士さん用のブーツを十六足購入したことが書かれています」


 そう言った途端、帳簿スクロールに視線を落としていたバッケンさんの目が急に鋭くなる。


「何、馬鹿なこと言ってんだ。ロロアの街でブーツなんぞ買った覚えはない!」


 急に大声だすから、ついビクッとしてしまった。でも、ビックリしている場合じゃないぞ。バッケンさんの声が大きいのはいつものこと。

 私は気を取り直して続ける。


「そうなんです。私も青の大地に居たときにブーツが配給された覚えなんてないなと思って。それで不思議に思ってバッケンさんに確認しにきたんです」


 バッケンさんたち修理班は、西方騎士団の武具や防具をはじめ様々なものを修理するのが主な仕事。でもそれだけじゃなく、彼らは修理の過程でその傷み具合や状態もよく知っているので、武具や防具の配給の取りまとめもしている。つまり、騎士さんたちに配給されるブーツなどは修理班が街でまとめて購入してきて、騎士さんたちに配っているんだ。当然、その班長であるバッケンさんは、いつどこで何を購入したかは把握しているはず。

 私は畳みかけるようにいっきに言った。


「青の大地にいるとき、騎士のフランツはずっと痛みの激しいブーツを履いていたのを覚えています。彼が新しいブーツを配給してもらったのは、その次の土地に行ってからでした」


 バッケンさんは腕組みをして唸る。


「フランツは一番防具の痛みが激しい。だから防具の修理も交換も一番頻繁だが、ロロアの街じゃ魔物との戦闘に足るだけの質のものが手に入らなかったんだ。それで、ここには何て書いてあるんだ」


 私は帳簿スクロールのその部分を読んで聞かせる。青の大地にキャンプ地を置いていたとある日に、ロロアの靴屋からブーツ十六足を金貨四枚で購入していた。正確に言うと、購入のために金庫番であるナッシュ副団長が修理班にその分のお金を渡したという記帳がされていた。


「……この内容に、ご記憶ありますか?」


 バッケンさんの唸り声はますます低くなる。


「……ないな。街に防具を買いに行くときはその都度ナッシュから金を渡されているが、こんなやりとりはまったく記憶にない」


 そう、バッケンさんは言い切った。


「弟子どもが勝手に買いに行くことも、ありえんしな……。おい。お前ら、そこで何をやっている!」


 バッケンさんの視線が私を通り過ぎて、その背後に向けられた。振り向くと、階段のところでお弟子さんたちが三人、こちらを伺うように顔を出していた。


「ひっ……」

「もしかしてカエデが防具作るのかなって」

「どんなのがいいんだろう。細いから、腰とか調整して」


 階段の登り口でわいわい夢中で話しているお弟子さんたちに、


「ばかやろう! 勝手に盗み聞きするやつがあるか!」


 バッケンさんの大声の雷が落ちて、お弟子さんたちはヒッとみな首をすくめる。

 そこでバッケンさんはふと思い立って、口調を鎮めるとお弟子さんたちにも聞いてくれた。


「お前たち。ロロアの街でブーツなんぞ買った覚えあるか?」


 その言葉にお弟子さんたちも、眉を寄せたり首を傾げたりする。


「……記憶にないっす」

「俺も」

「俺も!」


 というわけで、やっぱりお弟子さんたちに聞いてもロロアの街でブーツは買ってないことがはっきりとわかった。


「わかりました。ご協力ありがとうございます。あ、そうだ。これ、おすそ分けです。休憩のお茶請けにでもどうぞ」


 テーブルの上に広げてあった帳簿スクロールをくるくるっと丸めると、クッキーの包みをバッケンさんに差し出す。

 バッケンさんは、ちらっと見て「ふんっ」と鼻を鳴らすだけだったけど、階段を降りるときにすれ違ったお弟子さんたちはテーブルの上の包みをキラキラした目で見ていた。


 修理班を後にして、自分の部屋のあるムーアへと向かいつつ腕組して考える。

 買った覚えのないブーツ。でも、最近、帳簿スクロールの残高と実際にナッシュ副団長が保管しているお金を照合したときは、一イオも違わずにぴったり合ってたんだ。

 ということは……このブーツの分の代金、金貨四枚はどこにいっちゃったんだろう?

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