第60話 ちょっとした違和感
私が作った葉包み料理はとても好評で、すぐに通常の夕食のレパートリーに加えられた。とくに肉まんは、携帯食料としても食べやすいから多めに作っておくと、魔物討伐にいく騎士さんたちが喜んで持って行ってくれる。中の餡も、ひき肉と野菜を刻んで混ぜた餃子風のものや、南部イモをゆでてつぶした甘いものなどいろいろ試せて楽しいの。
そうやってムーアの森での調理班のお手伝いを楽しみつつ、私はもう一つの仕事も少しずつ進めていた。
そう。金庫番補佐の仕事!
この世界で初めて正式に団長から任された仕事だもの。しっかり頑張りたいんだ。
だから、ポーション倉庫の整理や調理班のお手伝いの合間に、ナッシュ副団長から預かった騎士団の帳簿を読み解いて整理することからはじめたの。
長い西方騎士団の歴史の中で築き上げられてきたという独自ルールでつづられた複雑怪奇な帳簿。それを理解するのはなかなか骨の折れる作業になった。
お金の出し入れの一つ一つを整理しなおすと、こっそり作った自分式の帳簿に時系列で書き直していく。こちらは、お小遣い帳のような単式簿記ではなく、私が経理の仕事で見慣れていた複式簿記で書いてみた。
なぜかというと、複式簿記の方が現在の西方騎士団の経済状況を正確に表すことができるからなんだ。
一つの取引には、二つの要素がある。たとえば、北部イモを買うという取引をすると、その価格分だけお金が減って、手持ちの北部イモは増えるでしょ。
それをお金の増減だけに着目して帳簿に記していくのが、単式簿記。
お金だけじゃなく、北部イモの増減まで帳簿に記入するのが複式簿記。
だから、複式簿記にすると記帳の手間は増えるけれど、騎士団が現在もっているお金だけじゃなく、財産の推移までもよくわかるようになるの。
そうやってナッシュ副団長の帳簿に書かれた取引を一つ一つ解明していって、私の帳簿に記していった。
でも、最初は順調に思えた帳簿の書き写しも、しばらくしてまた新たな問題にぶつかってしまう。
「うーん? これ、どういうことだろう……」
その日、ムーアの中にある救護班のテーブルで一人、帳簿とにらめっこしながら唸った。
つい独り言まで出ちゃったのに気づいて慌てて辺りを見回すものの、部屋には誰もいない。サブリナ様もレインも、今は団員さんたちの健康チェックに出かけていていないんだっけ。
誰にも独り言を聞かれなかったことにホッと胸をなでおろすと、テーブルに置いていた皿からクッキーを一枚手に取って、パリッと齧った。
このクッキーは昨日焼いたものだけど、練りこんだはちみつがほんのり甘くて口にやさしい。モソモソとクッキーを食べて紅茶を一飲みすると、もう一度帳簿とにらめっこした。
今見ているのは、青の大地にいたころの記帳部分。
そこには、青の大地の麓にあったロロアの街でブーツを十六足も購入していると書いてある。でも、自分の記憶と擦り合わせてみても、あの頃、団員さんたちに新しいブーツが配られたという記憶はないんだよね。
いや、私の知らないところで配られていた可能性は充分あるよ?
でもね。あのとき、フランツが履いていたブーツもかなり傷んでいた記憶があるんだ。たぶん、戦闘の時に彼はいつも強く踏み込むんだろうね。だから靴底がかなり薄くなってて剥がれかけていたのを覚えている。
それに、右足のブーツの表面には大きなかぎ爪の痕まであった。なんでも、ラーゴに掴みかかろうとした魔物の腕を蹴りつけたときに裂かれたんだって。あれじゃあ雨が降ったらすぐに浸み込んじゃうんじゃないかなって心配だったんだ。私のブーツを貸してあげたいけれど、私とフランツとじゃ足の大きさが全然違うものね。だから、あの頃の彼のブーツのことはよく覚えていたんだ。
確か、フランツに新しいブーツが支給されたのは、青の大地を発ってから少し経ったあとだったように記憶している。フランツ、すごく嬉しそうにしてたもん。記憶間違いのはずはないの。だって、そのときの購入履歴も、ちゃんと帳簿には記載されているもの。
でも、ロロアの街でも既にブーツを十六足も仕入れていたのなら、なんでそのときフランツに支給されなかったんだろう? 彼は前衛職だから、装備は優先的に支給されているはずなのに。
なんだろう。この、妙な違和感。
大したことではないのかもしれない。でも、喉に刺さった小骨のようにチクチクと気になっていた。
個数も特に問題はなさそうだし、価格もほかの街で購入した時と比べて特段高いわけでもない。
でも、妙に気にかかるの。
OLとして経理の仕事をしていたときも、同じような小さな違和感が気になったことがあった。あのときも何とも言えない気持ち悪さを覚えて、上司に報告して調べてみた。そうしたら後の調査で、とある職員のカラ出張が発覚したんだ。だから、この小さな違和感も無視しちゃいけないものなじゃないかって気がしてならない。
副団長にこの売買について詳しく聞いてみようかな。
「ううん。やっぱり、自分で調べられるところまでは自分で調べてみよう」
齧りかけのクッキーを口に入れると、紅茶で流し込む。それから、帳簿をクルクルっと丸めて閉じた。
お皿に残っていたクッキーも綺麗なハンカチで包むと、救護班の部屋を後にした。