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第37話 合図


 私は、震えていた。

 西方騎士団のキャンプ地からどれくらい離れているのかわからなかったけれど、レインの馬でかなりの距離を走ってきたと思う。

 あまり遠く離れてしまうと戻るのに時間がかかるからと、レインは森の中で馬を止めた。ここでしばらく事態が収まるまで待つのだと言う。


 馬から降りた途端、足に力が入らなくて崩れるようにその場に座り込んでしまった。寒くはないのに、身体の震えが止まらない。


 その身体を、サブリナ様がギュッと抱きしめてくれた。すがりつくように彼女の手を握る。そのぬくもりだけが、折れそうな気持ちをここにつなぎとめてくれているようだった。


 ついさっき見聞きしたことが、フラッシュバックのように途切れ途切れに頭に浮かんでくる。

 切迫した団長の声。フランツの後ろ姿。血に濡れたアキちゃんの剣。そして、あの巨大なドラゴン。


 あのあと、フランツたちはどうなったんだろう。

 それを考えるたびに、思考が止まる。ぎゅっと胸が苦しくなって、息が出来ない。涙も出ない。心の中が空っぽになってしまったようだった。


 ただ。

 身体の震えがずっと止まらなかった。

 耳にサブリナ様の声が届く。


「大丈夫よ。大丈夫。みんな、大丈夫」


 そう何度も繰り返す声。それに頷くしかできない。

 どれくらい時間が経ったんだろう。もう時間の感覚もすっかりなくなっていた。

 日はとっくに落ち、森の中は暗闇に閉ざされている。


 逃げてくるときにランタンを持ってくる余裕なんてなかったもの。それに、こんな暗闇で火を焚けば、万が一のときに自分たちがここにいることを魔物に知らせることにもなりかねないから、火なんてつけられない。

 そこで、また思考が固まる。


 万が一のとき、ってなに?

 それは、騎士団のみんながあのドラゴンを倒せなかったとき?

 もしそうなったら、フランツは? クロードや、テオやアキちゃんや、ほかのみんなは???


 最悪の事態を考え出すと、どんどん悪い方向に考えが進んでいってしまう。私は軽く頭を振るとその考えを振り払った。それでも、黒いタールみたいに心の中に染みこんでくる最悪の光景……。


 そのとき、どこかでパシュッという炭酸が抜けるような音がした。

 何の音だろう?

 しばらくすると、もう一度同じ音が聞こえる。それに耳を澄ませていたら、暗闇の中から草を踏む音がこちらに近づいてきた。


「合図が聞こえました。そろそろ戻りましょう」


 声で、近づいてきたのがレインだとわかる。周りの様子を見に行ってくれていた彼が戻ってきたんだ。


「わかりました。じゃあ、行きましょう。……カエデ。立てる?」


 私をずっと抱きしめて手を握ってくれていたサブリナ様が立ちあがるのが気配でわかった。私も彼女に手を引かれるように立ちあがろうとしたけれど、まだ上手く足がうごかなくてよろけそうになる。


「ここに残っていてもいいのよ? あとで迎えにくるわ」


 そうサブリナ様はおっしゃってくださったけれど、私は必死に首を横に振った。


「一緒にいかせてください」


 キャンプ地がいまどうなっているのか、見るのは怖かった。

 だけど、合図があったということは何らかの決着がついたのかもしれない。

 私が行ったところで何の役にも立たないだろうけど、それでも一刻も早く戻りたかった。フランツたちのことを、知りたかった。


 置いて行かれたくない一心で両足をごしごしとマッサージすると、ようやく血が通い出したのか感覚が戻ってきた。

 そして、レインにも手伝ってもらって立ちあがる。


 三人で、西方騎士団のキャンプ地まで戻ることになった。

 日の落ちた森の中を馬にのって走るのも危ないので、馬をひいて歩いて行く。レインの話では、今いるここは森の外れだから少し歩くと草原に出るみたい。

 彼に先導されて暗い森の中を歩く。その間もずっと、サブリナ様が手を握ってくれていた。


 しばらく行くと、本当に森を抜けた。目の前にはぼんやりと丘の輪郭が浮かびあがっている。夜空を見上げると、まん丸の月が浮かんでいた。今日は満月だったんだ。

 森の中は木の葉に邪魔されて月の光は差し込んでこなかったけど、遮るモノのない草原は月の光に照らされてうっすらと明るい。


 これならある程度視界がとれるので、再び三人で馬に乗って戻ることにした。レインが言うには、馬はこれくらいの明るさでも充分に走れるんだって。

 レインの前にはサブリナ様、後ろには私がしがみつく形で馬に乗る。


 馬に揺られながら、空を見上げた。まん丸い月が、ずっと私たちのことを空高くから見下ろしている。

 前に月を見たときは、フランツと一緒だったな。彼とあれこれ話しながら、青の台地で楽しく晩ご飯を食べたっけ。


 ほんの少し前のことなのに、随分と遠い昔のことのようにも思えた。レインの背中に掴まりながら見上げる月がいつしか滲む。

 どうか、無事でいて、フランツ。

 早くキャンプ地に戻りたくて溜まらないのに、その反面。いま、あそこがどうなっているのか。みんながどうなっているのか。フランツがどうしているのか。

 知るのが、とても怖かった。


 馬を走らせていくと、次第に前方に赤々としたものが見えてくる。目を凝らすと、それは大きな炎の塊だった。まるで山火事にでもなったのかと思うほど、大きな炎が燃え上がって、立ちのぼった煙が天を焦がしている。


「あそこは、我々がいた辺りです。急ぎましょう……」


 そう言うと、レインは馬にムチを入れてスピードをあげた。

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