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幕間4 騎士の使命

 アンテッド・ドラゴンとの戦闘は苦難を極めた。

 相手は疲れも痛みも感じず、また斬っても削ってもすぐに再生してしまう。

 そのうえ攻撃力はすさまじく、尾の一振りで森が木々ごとなぎ倒され、炎のブレスは広範囲を焼き尽くした。


 騎士団員たちの怪我人も次第に多くなり、もはや生死を確認できないものも多数いる状態だった。


「やはり、頭をいっきに切り落とすしかないな」


 ゲルハルト団長が、元の色すらわからなくなるほどにドラゴンの体液に染まった大鎌を横になぎ払って、汚れを飛ばしながら言う。彼のまだらの馬も、すっかり黒馬みたいな色になっていた。


 フランツの手元も似たようなもの。剣にも手にもべっとりと体液が染みついている。これが何を意味するのかは、今はとりあえず考えないことにする。


 たしかにアンテッド系の魔物は、頭が弱点。頭を身体と引き離してしまえば、動かなくなり再生もしない。しかし、この暴れ続けるドラゴンの太い首を一体どうやって落とすというのか。下手に斬りつけても、すぐに再生してしまうというのに。


「フランツ!」

「はい」


 ゲルハルト団長に呼ばれて返事を返すと、ラーゴに乗ったままそばにつけた。


「首を落とすしかない。俺がやれるのは下半分くらいか。お前、上半分をやれるか?」


 団長は上からドラゴンの首を切り落とせという。それには、ドラゴンの身体の上に登る必要があるだろう。下手すれば振り落とされるし、そのまま喰われかねない。危険極まりない役目だった。


 しかし、フランツは即答する。


「やります」


 やれる、ではない。やるしかない。


「わかった」


「ただ、足場と、数秒でいいからドラゴンの動きを封じる必要があるんですが」


 そのフランツの言葉に、すぐにクロードが応じた。


「足場なら私が氷で作れる。動きを封じるのは、テオが今、もう一度ドリアードを呼び出すといって、さっきから精神集中に入っているぞ」


 フランツは少し離れた場所の馬上で、頭を俯かせジッとしているテオを見た。彼は精霊を使役できる。ああやって森に集う精霊達に呼びかけ、使役しようとしているのだろう。


 しかし、テオはもう先程から何度も精霊を呼び出している。精霊魔法は他の魔法と形態が違って特殊だから、彼の身体がもつのかどうか心配もある。

 とはいえ、他に選択肢もない今、これに賭けてみるしかなかった。


 自分がさっさとドラゴンにとどめを刺せばいいんだ。そうすれば、これ以上怪我人が増えることも、テオの負担が増すこともない。

 そのとき、テオが顔をあげて、こちらを見ると頷いた。使役の準備が整ったらしい。


「炎の属性を付与しておきます。これで、多少はドラゴンの傷の再生を遅らせることができるでしょう」


 ナッシュ副団長が、フランツの剣と団長の大鎌の刃に手を向けた途端、ボッと刃が燃え出す。彼は炎魔法の使い手だ。西方騎士団の魔法士の中ではもっとも攻撃力の高い攻撃魔法を打つことができる。


 彼は、ドラゴンに攻撃魔法を放つために再び攻撃ポジションへと戻っていった。


 これで準備は整った。

 あとは、実行するだけ。


「行こう」


 そう言うと、フランツはラーゴを走らせた。クロードもすぐ後ろに馬でついてくる。二人は、ぐるっと迂回してドラゴンの後方へと向かった。


 その間に、最後の総攻撃とばかりに一斉に攻撃が開始される。各種魔法がドラゴンに向かって放たれた。また、他の前衛たちがドラゴンの尻尾に一斉に攻撃をしかける。おかげで、その肉の一部が削れ、一時的に動きが止まる。斬れた部分の再生を待っているのだろう。


 そこに翠色のツタが無数に森から伸びてきたかと思うと、網のようにドラゴンに絡みついてその動きを封じた。テオの使役するドリアードの力だ。


 あんなに沢山のドリアードを一度に使役するのを見たのははじめて。早く終わらせなければ、テオの負担が心配だ。

 みんなが必死で作ってくれた機会を無駄にするわけにはいかない。


「いくぞ。いいか」


 クロードからの短い言葉。


「ああ」


 フランツも短く返す。右手に持つロング・ソードにさらなる魔力を流すと、炎にまかれた刀身が赤く光り出す。この剣は騎士団の支給品だ。それなりに丈夫だが、そんなに良い作りのものではない。


 だが、フランツにとって剣は魔力の通う芯にすぎない。剣の周りを覆うように赤い光が覆い、さらに長さは伸びて1.5倍程度になる。より強度は増し、切れ味は金属では実現しえないほどに鋭くなったはず。その刃は今は炎を纏っていて、まるで燃えているようだった。


 馬を止めて、クロードが呪文の詠唱を始める。

 フランツはラーゴの向きをドラゴンに向ける。そこから助走をつけさせると、すぐに加速させていった。


氷障壁アイス・ウォール


 クロードの声とともにラーゴの進行方向に地面から柱のような氷の壁がいくつも生えてきた。氷の柱は段の荒い階段のように、手前から次第に高くなっていく。


 ラーゴはひるむことも勢いを殺すこともなく、その氷の階段登っていく。氷なのだから蹄で滑りそうなものだが、蹄の接っする面が荒く削られているようで滑ることもなくラーゴはしっかり踏み込んで、次の柱、その次へと進んでいく。


 そしてドラゴンの背に足を付けると、フランツはさらにラーゴを加速させた。左手には手綱をにぎり、右手には魔力を通したロング・ソード。

 グッと柄をにぎり込むと、刀身を覆う魔力のオーラがさらに太く長くなる。


 そのままラーゴはドラゴンの背中から頭へと一息に駆けていく。

 そのとき、ドラゴンが抵抗しようとしたのか、拘束されているドリアードのツタをブチブチと引きちぎって上半身を起こそうとした。


 フランツたちを振り落とそうとしているようだ。

 しかしそこに、さらに森から伸びてきた太いツタがドラゴンの首に伸びて絡みついて、再び地面に縛り付けた。

 テオがドリアードの召喚を強化したのだろう。


 あっという間にドラゴンの肩口まで到達すると、フランツは鞍から飛び降りる。そのまま勢いを殺さぬまま剣に体重をかけると、ドラゴンの首元へ斜めに、魔力で強化されたロング・ソードを力一杯振り下ろした。


 ラーゴはそのままドラゴンの頭の上を飛び越えて、向こう側に見えなくなる。きっと、あちら側にクロードが再び氷で足場を作って無事に地面へと着地させてくれていると信じておこう。


 フランツの刃に斬りつけられて、アンデッド・ドラゴンの首はどす黒い血しぶきをあげる。肉を切り開かれ、剣に付与された炎の属性によって内側から焼かれたドラゴンは断末魔をあげたが、それでもフランツは落下の勢いを利用してそのまま斬り下ろす。


 けれど、ドラゴンの首が太すぎてすべてを一度に切り落とすことはできなかった。首の骨は切断したものの、首の右下三分の一ほどがまだ斬れずに残っている。すぐに再生が始まり、断面はアメーバのように蠢いてくっつこうとはじめていた。


 そこに下から愛馬に乗って走り寄ったゲルハルト団長が、その長い大鎌を振るって残っていた部分を完全に身体から切り離した。


 フランツは地面に着地したあと休む間も無くすぐにその場を駆け出す。その一瞬あと、ドラゴンの首が地面へと落ちてきた。危うく、ドラゴンの頭に踏み潰されるところだった。


 完全に切り落とされたドラゴンの首は、もはやまったく再生の兆しがなくなっていた。黄色く濁った目は虚空を睨んだまま動かない。少し遅れて、首を失った胴体がドウと地面を揺らして倒れる。


「なんとか、なったみたいだな」


 団長の言葉に頷いた。


「そうですね」


 フランツは自らの手を見た。べっとりとどす黒い体液のついた手。手だけではない。全身がアンデッド・ドラゴンの体液に塗れて汚れていた。酷い腐臭で、頭が痛くなりそうだ。


 馬に乗った団長が、鎌についた体液を払いながら傍にやってくる。彼も、全身が黒くなっていた。ドラゴンの首を切った際、頭から体液をかぶったのだろう。

 

 アンデッド系の厄介なところは、感染力だ。体液などに触れた生物もアンテッド化してしまうことがある。

 つまり、これだけどっぷりと体液を浴びてしまったフランツもまた、感染の可能性が極めて高いことになる。

 それがわかっているので、アンテッド・ドラゴンを倒したあとも団員達から喜びの声は沸かなかった。


 すぐさま副団長が、動かなくなったアンデッド・ドラゴンに火を放って、遺体を焼き始める。


 この戦闘で一体どれだけの怪我人が出ているか分からない。生死不明の団員も多い。そして、フランツや団長を始めアンデッドに感染した疑いのあるものもまた、多いのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >危うく、ドラゴンの頭に踏み潰されるところだった。 押し潰されるでは?
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