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第24話 月が綺麗だね

 食材の在庫表をひととおり作り終えたら、その食材が入っている木箱や小袋に洗濯ばさみでとめていく。

 最後の一枚を洗濯ばさみで付け終わると、思わずテオと目を見合わせた。二人の間に笑みが広がる。


「ほかの従騎士の皆も、書いてくれるといいですね」


 テオが呟く。そうだね。これは、調理班の皆に協力してもらわないと意味がないものね。


「あとで、私からも調理班のみんなに説明してみる。でも、とりあえず今の在庫はわかったから、明日の買い物には間に合ったね」


 そんなことを話していたら、食材テントの外から「カエデ?」と呼ぶ声が聞こえてきた。フランツの声だ。


「はーい! ここにいます!」


 返事をすると、テントの入り口を開けてフランツが顔をのぞかせた。


「なんだ。まだ、ここにいたんだ」


「うん。あ、でも、今ちょうど終わったところなの。何か、私に用事?」


 そう尋ねると、フランツが小さく笑った。


「そんな用事ってほどじゃないんだけど。ちょっと出て来てみな?」


「なぁに?」


 フランツに言われて、彼の後についてテントの外に出た。外はもうすっかりとばりがおり、日が暮れている。随分長い間、作業してたんだなぁ。


 外は真っ暗……と、思いきや。あれ? なんだか辺りが薄ぼんやりと青い光に包まれている。

 なんだろうと思って、足下を見た途端。


「き、きゃあ! 何コレ!?」


 足下に、星が瞬いていた。ううん、違う。よく見ると、地面のあちこちが、青い光を放っている。それも光の強さは一定ではなくて、しだいに強くなったかと思うとすぐに弱くなるのを繰り返す。それが、星の瞬きみたいに見えたんだ。


 顔を上げてフランツを見ると、いつもと変わらず柔らかな笑みをたたえている彼自身も、騎士団の制服であるそのシャツも、全身がふわりと青く光をまとっている。よく見ると、周りのテントも、他の人たちも。そして、掲げてみた私の手や、見下ろしたスカートも。どこもかしこも、淡い蒼に包まれていた。


「な? どこもかしこも青いだろ? だから、ここの土地のことを『青の台地』って呼ぶんだ。面白いよな」


 どこもかしこも青い中、大焚き火の炎だけが煌々と赤く燃上がっている。

 もうすっかり目に馴染んだはずだった騎士団キャンプの夜の光景が、急に幻想的に見えてきた。


「ほら。晩飯もできたってさ」


「うん」


 明日は街に出られるからか、大焚き火の周りに集まった団員たちから、いつも以上に陽気にはしゃぐ声が聞こえてくる。楽器を持ちだしてる人や、うたっている人。よくわからない即興っぽい踊りを踊っている人もいた。なんだか皆、心浮き立っているのが伝わってきてこちらまで楽しくなってくる。


 遠征生活は不便も多いだろうし、単調でもある。だから皆、明日が楽しみなんだろうな。街に行けば、お酒も飲めるらしいしね!

 大焚き火の方にフランツと並んで歩いていると、彼がふいに足を止めた。空を見上げる彼に釣られて私も目線をあげる。


 夜空には、満天の星空……かと思いきや、今日はあまり星が瞬いていない。

 その変わり、大きな真ん丸のお月様が輝いていた。

 そっか。今日は満月なんだ。

 なんとなく、そのまま月を眺めていたら、隣のフランツがポツリと言うのが聞こえてくる。


「月が綺麗だね」


 彼のそのひと言に、トクンと胸が高鳴った。


「そ……そうだね……」


 急に、フランツのことを意識してしまって、顔が熱くなりそう。慌てて、彼に顔を見られないように俯いた。


『月が綺麗ですね』 とある文豪が”I LOVE YOU”をそう訳したことから、それが遠回しに愛の告白を意味するようになったのは、私の元々住んでいた日本での話。

 違う世界で育ったフランツに、もちろんそんな意図があるはずもない。

 それでも、ついそのことが頭から離れなくて彼のことを妙に意識してしまいそうになる。


「……? どうしたの? カエデ」


 ほら。私が急に黙りこくっちゃったから、フランツが心配してるじゃない。

 でもまさか、彼の言葉からそんなことが思い浮かんでいたなんて言うわけにもいかない。小さく首を横に振って顔をあげると、月を見ている振りをして彼から視線を逸らした。


 そのとき、すとんと自分の気持ちを自覚する。


 そっか。……そうだよね。彼と一緒にいると安心するし、とても楽しいとは常々感じていた。それは私が始めてこの世界に来たとき一番最初に親しくしてくれた人だから、つい彼を頼もしく思ってしまうせいだと思っていた。


 でも、いまわかってしまったんだ。

 彼に対して抱くこの気持ちはきっと、そんなものじゃない。


「そうだね。月が綺麗だね。星も綺麗だね」


 アナタが好きです。アナタに憧れています。ぎこちない笑顔とともにそう返した言葉。そこに含まれている意味を、アナタは知らない。


 だけど、それでいいんだ。だって、私が西方騎士団に同行させてもらっているのは王都まで連れて行ってもらうためだもの。王都につけば、彼とも皆とも別れなきゃいけない。近づけば近づくほど、それだけ離れるのが辛くなってしまうから。


 柔らかく降り注ぐ月の光の中、青くおぼろげに光る台地を二人で歩きながら私はそんなことを思っていた。

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