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第133話 市街戦


 王都全体に戒厳令が出されていた。


 ランタンをもった伝令たちが、屋敷街や街の大通りで『魔物出現! 家から出るな! 門を閉ざせ! 窓を閉めろ! 家にこもれ!』と叫んでまわっていた。


 そのおかげで、今日は夜空にまるまるとした満月が輝いているというのに、外を出歩く人はほとんどいなくなっていた。


 ただ、亡霊騒ぎの事態収拾に奔走する騎士団の関係者を除いては。


 人通りのすっかりなくなった屋敷街を、テオとアキは二人で荷馬車に乗って進んでいた。手綱を握るテオも、その隣に座るアキも言葉は少ない。


 このあたりは貴族や上流階級の屋敷が建ち並ぶ一帯だ。


 亡霊たちが出没するのは、そのほとんどが大きな屋敷や大商家ばかりなのがわかっている。


 亡霊の発生源が東方の高級な工芸品である東方布である可能性が高いと考えられたため、騎士団は現在、東方布を持っていそうな屋敷を一軒一軒まわってその回収にあたりつつ、亡霊が出現したときは討伐するという方針に切り替えた。そのため、屋敷街や比較的裕福な人々が住む一帯を重点的に警備を展開させていた。


 テオとアキも回収役を仰せつかって荷馬車でやってきたのだ。テオは屋敷の前までくると馬車を止める。そして、二人で屋敷の門番に話をつけると、かたく閉められた大きな扉をノックした。


「西方騎士団のものです。王令により、東方布の回収に参りました」


 そう声をかけたときのことだった。扉の向こうから、何やらガシャンとモノが倒れる音と、女の悲鳴が聞こえてきた。


 テオとアキはうなずき合い、「失礼します!」と声をかけてから二人で扉をひっぱりあけた。


 扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのはこちらに走り寄ってくる屋敷の住人たち。


 その後ろに、むくむくと人の倍ほどはありそうな半透明の骸骨兵士が大剣を振り上げ、逃げる人の背を切りつけようとしているところだった。


「はやく、こちらに!」


 テオは扉を大きくあけて、住人たちを外へと誘導する。


 一方、アキはすぐさま腰の剣を抜くと、屋敷の住人たちと入れ替わるように屋敷の中へと駆け込んで亡霊が振り下ろした剣を自分の剣で受けた。


 鋭い金属音とともに、緑の火花が散る。アキの剣にはサブリナの加護が効いているため、しっかりと亡霊の刃を受け止めていた。


 テオがシルフを呼び出してその亡霊を強風で仰向けに殴り倒す。すぐさまアキは亡霊にとどめを刺そうとしたが、別の亡霊に阻まれる。


 いつの間にか新たに亡霊が三体発生していた。どうやら、この玄関ホールに敷かれている大きな絨毯。これが東方布でできたものだったようで、その絨毯からじんわりとにじみ出すように俯き加減の骸骨兵士たちが姿を現したのだ。


「アキ、いったん引こう! 増援を呼ぶんだ!」


 アキ一人で四体の亡霊を相手にするのは無理だと判断したテオが叫ぶ。


「う、うんっ」


 アキは逃げようと扉に向かって駆けだした。しかしすぐに、その場に転んでしまう。


「きゃっ!」


 見ると、絨毯から突き出した新たな亡霊の腕がアキの足を掴んでいた。もう一体潜んでいたのだ。


 体勢を崩したアキに向けて、亡霊たちが我先にと群がってくる。

 怖さのあまり目を閉じそうになるアキだった、「身をかがめろ!」と鋭く命ずる男の声がした。


 とっさに小さく身をかがめたアキの頭上をゴウという音とともに熱風が通り過ぎる。顔をあげると、あれだけたくさんいた亡霊たちがすべて消えていた。


 扉に目を向けると、馬に乗ったままナッシュが屋敷の中へと入ってきたところだった。彼が火魔法で亡霊たちを焼き飛ばしたのだ。


「大丈夫か、アキ。しかし、ゆっくりしている時間はない。その絨毯もまだ呪詛が残っているかもしれないから一応回収しよう。他にも東方布がないか屋敷の人間にも確認してみてくれ」


「「はいっ」」


 テオとアキは、声を合わせて返事をした。




 一方、騎士団本部の練習場。

 そこには王都中から回収した東方布が集められて山になっていた。そこにいま、団員たちが油をまいている。


「おおー。ずいぶんな量になったもんだな」


 山を眺めて感嘆の声をあげるゲルハルト。その隣では、東方騎士団団長のアイザックが腕組みをしたまま厳しい顔で東方布の山をにらみつけていた。


「なにを暢気な声をあげとるんだ。ったく。お前ってやつは何やるときも緊張感ってもんが足らん」


「緊張でガチガチになるよりはましだろ。ここに持ってくるまでにいくらか呪詛が発動しっていうが、さて、まだ未発動のやつはどんだけ残ってるかな」


 苦虫をかみつぶしたようなアイザックとは対照的に、ゲルハルトはどこか楽しそうな調子で言うと、練習場の周りに等間隔で灯された松明から一本を近くにいた団員に頼んで持ってこさせる。


「さてと。部下からの報告では、呪詛のかけられた東方布に火をつけようとすると怒ってすぐに亡霊が出てくるって言ってたな。ってことは、呪詛の発動条件の一つが火って可能性もあるわけだ」


「おそらくな。今日が満月ってのも、王弟が死んでから何回目かの満月の日に呪詛が発動するようになってたんだろう。混乱を誘うのが目的なのか時間差で発動するようにあらかじめ組まれていたようだがな。まったく厄介なことだ」


 と、アイザックは髭をなでながら忌々しげに言い捨てた。


「ほんとにな。ってわけで、いちいち発動するのを待ってたら夜が明けちまう。面倒だから、いっきにカタをつけるぞ。いいな」


 ゲルハルトは自分の愛馬を指笛で呼ぶと、すぐに斑の馬が駆けてくる。松明をもったまま走り寄ってきた馬に乗る。団員が二人がかりで大鎌を投げ渡すと、松明を持っていない左手で軽々と大鎌を受け取った。


「誰に言っている。望むところだ」


 そのころにはアイザックも自分の愛馬に乗っていた。

 ゲルハルトはそれを確認すると、にぃと笑って松明を勢いよく東方布の山へと投げる。


 松明はくるくると周りながら火を保ったまま、東方布の山へと落ちた。

 あらかじめ蒔いておいた油に引火し、布の山は一瞬にして火に包まれる。


 オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ


 どこからともなく、地の底から響くかのような不気味な咆哮が空気を振るわせた。


 まだ夜にはひんやりとした寒さの残る春先だというのに、どこからともなく生暖かい風が吹いてくる。その風のせいか、松明の火で明るかった練習場の火が一斉に消え、同時に東方布の山の炎も消えていた。


 残されたのは満月の光のみ。


 その光の中にぼんやりと一つ二つ、青白い人影が浮かび上がった。いや、瞬く間に数が増えていく。ほんの数回瞬きをする間に、東方布の山の上やその周辺に百以上の骸骨兵士の姿が浮かび上がっていた。


「でてきやがったな」


 ゲルハルトは躊躇うことなくその亡霊たちまっただ中へと馬で駆け寄る。そして亡霊の骸骨兵士たちが愛馬を刃こぼれした剣で切りつける前に、その大鎌で亡霊たちを切り刻んでいった。


 反対側では、アイザックの風魔法が炸裂して亡霊たちを風の刃で細切れにする。


 しかし亡霊たちはゲルハルト、アイザック両人の攻撃に劣勢だと判断したのか、攻撃を辞めて一カ所に集まり出した。


 集まった亡霊たちは互いにくっつきあい、くっつくたびに大きさを増して、やがて一つの大きな骸骨兵士の亡霊となった。その大きさは、王城ほどの高さがある。


「へぇ。そんなこともできるのか。面白れぇな」


 純粋に感心して見上げるゲルハルトに、駆け寄ってきたアイザックが苦言を飛ばす。


「お前はほんとうに緊張感ってもんがたらん」


「でもさ。一体に固まってくれたほうが、やりやすくねぇか?」


 ゲルハルトの言葉に、アイザックもにやりと口端をあげる。


「それはワシも思っておった」


「だよな」


 ニッとゲルハルトも笑って返す。


 そして二人は巨大化した亡霊を見上げる。いままさに、亡霊は大剣を二人に向かって振り下ろそうとしていた。


 すぐに散開して刃を避ける二人。いままで二人がいた場所に巨大な剣が撃ち込まれ、地震のような衝撃とともに地面をえぐった。


 散開した二人はすぐに亡霊に向かって馬を走らせる。

 ゲルハルトは大鎌を構え、アイザックは右手に魔力をためる。


「んじゃ、いくかっ!」


「望むところよ!」


 二人の攻撃が亡霊に炸裂する。ゲルハルトが渾身の力で飛ばした衝撃波が亡霊を真っ二つに切り裂き、同時にアイザックの火魔法がその切り口の中心で大爆発を起こす。先ほどの亡霊の攻撃以上の地響きが練習場を襲った。


 そのときの様子を見ていた団員はのちに、「亡霊よりも団長たちの方がずっと恐ろしかった」と震えた声で語ったのだという。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 呪詛が発動しっていうが →呪詛が発動したって言うが [一言] まぁ、ドラゴンのゾンビも倒してたもんなぁ···
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