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第126話 思いついた!

「そういえば、さっきから気になっていたんだけど、なんでこの墓石に刻まれたお名前はこんなに右に寄っているのかな」


 クロードに尋ねると、彼は「ああ」とすぐに教えてくれる。


「墓石は本来、夫婦で同じものを使うものなんだ。だいたい右側に女性、左側に男性が名を刻むことになっている」


「でも王族の墓地は向こうにあるだろ? 現王と現王妃はそっちに入ることになるんじゃないのか?」


 とフランツが疑問を口にした。たしかに、現王は前王妃の死後に別の女性と再婚している。そうなると、このお墓は元々一人で入ることが確定していたともいえる。


「おそらく、そうだろうな。だから少し不思議ではあるんだ。ここに埋葬されるのは前王妃だけなのだから、本来なら墓石の中心に名前を刻むものなんだが」


 そう言ってクロードは小首を傾げた。


 左半分が空いた墓石。なぜ、そんな風に作ったのだろうう。前王妃がそう望んだんだろうか。それとも、このお墓を作った人がそうしたかったのだろうか。


 この墓石が未完成だと感じたのは当たっていたのかもしれない。その左側に何かを刻みたくて、この墓石はここでずっと誰かを待ち続けているようにも思えた。


 刻むというと、秋の女神様に願いごとを刻んで川に流す伝統のことも思い浮かぶ。私たちが流した葉っぱはどこまで流れ着いたんだろう。他にもたくさんの願いが刻まれた葉っぱが流れていたっけ。どれもちゃんと女神様に届いていると良いな。


 あのときは葉に刻まれた文字を見るだけで、こちらまで気持ちが明るくなるようだった。


 でも、この墓石に刻まれた文字は、見ていると泣きそうになってしまう。


 どちらも誰かの望みを刻んでいるものなのに。


「刻む、か……」


 誰かの想いを刻む。誰かの夢を刻む。刻む、刻む、刻む。


 頭の中にぐるぐると、目の前の墓石の姿と、前に見た葉っぱに刻まれた願いごとが駆け巡って、ぽんと一つのアイデアにつながった。


「ああああああ、これだああああ!!」


 突然大きな声をあげた私に、フランツとクロードは身体をびくつかせた。


「どうした!?」

「頭でも打ってたのか?」


 心配そうにするフランツと、救護室に行った方がいいんじゃないかと疑いだすクロード。


 でも、私はそれどころじゃなかった。興奮を抑えきれず二人に喚く。


「思いついたの! ワーズワース劇場を救う、とっておきの手!」


 きょとんとする二人を置いて、私は自分の思いついたアイデアに胸の高鳴りを押さえられなかった。




 そのあと屋敷に帰ってから庭園で思いついたアイデアをさらに練り上げたあと、翌日ターニャさんのところへそのアイデアを持って行った。


 彼女がどんな反応を見せるかドキドキだったけれど、はじめは驚いた顔をしていたものの「それが実現できたら、街のみんなにも喜んでもらえそう」と彼女はすぐに乗り気になってくれた。


 そうと決まれば、準備開始!


 あちこちに声をかけたら、材料の仕入れ先は行商人ギルドのダンヴィーノさんが一手に引き受けてくれることが決まり、加工は修理班のバッケンさんに良い工房を紹介してもらうことができた。


 あとはお金を出してくれる協力者を募るだけなんだけど、ここが一番の難関だった。


 版画道具を一式借りてポスターを作り、それをワーズワース劇場や行商人ギルドに張らせてもらったんだけど、興味をもってくれる人は数人しかあらわれなかったんだ。


 ちなみに、版画の原盤のイラストはフランツに、文字の部分はクロードに頼んで描いてもらったの。二人とも面白がって、ずいぶん凝ったものを描いてくれたんだ。


 フランツが描いたのは庭園に佇む女優さんのシルエットに、薔薇や草花が華やかさを添える美しいイラスト。そこに、クロードが美麗な流れ文字で文を綴ってくれている。二人とも騎士団辞めてもこの道で食べていけるんじゃないかなと思うほどのできばえだった。


 こんなに目を引く美しいポスターまでできあがったのに、いまのところあまり貼らせてもらえる場所がないのが現状だった。


 もっといろんな場所に貼りたいんだけど、どうしたら貼らせてもらえるんだろう。


「せめて、どこか人目のつくところにポスターはらせてもらえばいいんだけど……」


 なんてぼやいていても仕方が無いので、とりあえずまずはポスターをたくさん刷っておこうと思いたち、金庫番室で一人せっせと版画を刷っていた。


 刷りおえると部屋に対角線上に渡したロープへ洗濯ばさみで挟んで乾かす。ロープにつけられたポスターがまるで万国旗のようになっていた。


 そうやってせっせとポスターの作成作業をしていると、突然金庫番室のドアが開いた。


「カエデ! 見てくれないか! ……ん? なんだこの旗みたいなのは」


 ノックもせずに入ってきたのは、東方騎士団金庫番のベルナードだ。

 金庫番の仕事を教える関係で、いつの間にかベルナードは気安く西方騎士団の金庫番室にまでやってくるようになっていた。


 しかも今日は、顔を上気させてどこか興奮気味だ。


「あ、そのあたりのはまだ濡れてるから触っちゃだめ! それで、何をみてほしいの?」


 まじまじと不可思議なものを見る目でポスターを眺めていたベルナードは、


「ああ、そうだった。これを見てほしいんだ!」


 と意気揚々と手に持っていたものを差し出してくる。それは東方騎士団の帳簿だった。最初のころこそ手取り足取り帳簿の付け方を教えていたけれど、最近は一人でつけれるようになったんだよね。


「ん? どれどれ……」


 手に付いたインクをタオルで丁寧に拭いてから、帳簿を受け取る。

 パラパラと捲ると、しっかりと記帳されていることがすぐに見て取れた。

 ベルナードも横から覗き込んで、記帳部分のお尻のところを指で示した。


「ほらみて。今月は、なんと予算の範囲内で納めることができたんだ!」


「ほんとだ!」


 私が教える前は、奔放に好きなだけ使っていた予算。足りなくなれば何も考えずに家の財産から補填していた頃に比べると格段の進歩だった。


「一部の団員たちが高価な武器や防具を勝手に買いそろえたり、食堂に高級な酒を入れたりしていたのをやめさせたんだ。カエデに言われたとおり、武器や防具を購入するときは必ず修理班を通すこと、食材は厨房と相談して購入することを徹底した」


 私がアドバイスしたことを、ちゃんと実践してくれたようだ。

 最初のころこそ団員さんたちからの反発もあったらしいけれど、それはアイザック団長がみんなを説得して納めてくれたとも聞いた。


「すごいすごい! 順調じゃない、ベルナード」


 私が褒めると、彼は「当然だよ」と長い前髪をかきあげて、自慢げにフフンと鼻を鳴らした。


 彼は褒めておだてるのが効くタイプ。うん、このままどんどんおだてて、しっかり金庫番として独り立ちできるように育てていこう。


 こうやって指導している相手が成長していく姿を見るのは、なんとも嬉しいものだよね。


 でも、そんな嬉しい気持ちも彼の一言でしゅんと縮んでしまう。


「ところで、この紙はいったい何だい? ずいぶんたくさん刷っているみたいだね」


「ああ、それはね……」


 はぁと肩を落として彼にも事情を説明する。


「……というわけで、この計画を多くの人に知ってもらうために人目に付く場所にたくさん張り出したいんだけど、張らせてもらえる場所があまりなくて困ってたんだ」


「ふぅん……」


 彼は顎に手を当てて、しげしげとポスターを眺めていたが突然ポンと手をたたいた。


「それなら、父さんのツテを使って貼れるところを探してあげるよ」


「父さんって……財務大臣!?」


 そういえばこの人、財務大臣の息子なんだった。なんか、話が大きくなってきたぞ!? 


「うん。街の商工会議所とか、集会場とか。あとは市場や警備兵の詰め所とかもいいな。ああ、そうだ。瓦版の印刷所にもツテがあるから頼んでみようか」


「……いいの?」


 そんなにたくさんの場所に貼らせてもらえれば、いまより格段に多くの人の目にとまることは間違いない。でも、ベルナードや、もっというと財務大臣のご迷惑になってしまわないだろうか。心配になってそう尋ねたのだけど。


「カエデにはお世話になりっぱなしだからな。これくらい朝飯前さ。それにこの前、父さんが最近の僕が見違えるように変わったと言って褒めてくださったんだ。それもこれも、全部カエデのおかげだから。ああ、もちろん! カエデに教えてもらったおかげだって、父さんにはしっかり伝えておいたよ」


 私の知らないところで私の株があがりすぎているような気もして内心怖くもあるけれど、助けてもらえるならありがたい。


 早速、その日からせっせとポスターを刷ってはベルナードに渡すようにした。


 それにエリックさんにもこの話をもちかけたところとても気に入ってくれて、彼の脚本家としてのツテを使ってあちこち働きかけてもらえることにもなったんだ。


 結果、小説家や脚本家の間で口コミで広がり、本好きたちの集まるサロンから小説のファンたちへと広がっていった。さらにライバルであるはずの他の劇場からも、「いまは落ちぶれちゃいるが、ワーズワース劇場は俺たちの憧れだったんだ」とポスターを貼ることを申し出てくれるところまで現れた。


 そうこうしているうちにポスターは街のいたるところで見られるようになっていったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ベルナールの成長 [一言]  財務大臣までカエデ争奪戦に参戦してきたりしないよな…?
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