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第119話 エリックさんの容態

 そうこうしている間に、エリックさんは執事さんに身体を支えられて自室へともどっていった。


 彼が去ってから、フランツが沈んだ声でエリックさんのことを話してくれる。


「兄さんは昔からあんな感じなんだ。酷いと日に何度も発作が起こる。医者にもいろいろ診てもらってるけど、何の病気かわからないみたいなんだ。ただ、ヒーラーの治癒魔法は効くから、ヒーラーを専属で雇って発作が起こるたびに治してもらってる」


 お父様も、


「エリックがああでなければ、あれに家を継がせたのだがな。いつ発作で命を落とすやもしれん状態じゃ、なかなかそれも難しい」


 なんておっしゃってた。


 でも、私はさっき見た症状のことがずっと頭にひっかかっている。私、あれとよく似た症状を見たことがあったの。弟が幼い頃、似た症状で苦しんでいるのをよく目にしていたから。


 私は視線を、エリックさんがついさっきまで口にしていたお皿に向ける。


 私が元いた世界にはしっかりした治療法や予防法があった。弟も、ずっと病院には通っていたけれど、普通に暮らしていたもの。


 でも、こちらの世界ではまだ原因は定かじゃないみたい。ハノーヴァー家が呼ぶくらいのお医者さんだから、おそらくこの国でも最高の知識を持つ人だろう。そんな人でもわからないというのだから、もしかするといまのこの国に原因がわかる人は一人もいないのかもしれない。


 エリックさんの症状の原因が弟と同じものかどうか、そこまで見極めるような知識は私には無い。私は医者じゃないもの。


 でも、もし原因が弟と同じものだったとしたら、弟と同じように原因を避ければ、エリックさんも普通に暮らせるようになるんじゃないかな。そう思えてならなかった。


 そのあとも、フランツとお父様との三人で会食は続いた。お父様と仲の悪いフランツだけど、今日ばかりは私とお父様の間を取り持つようにいろいろと話をふってくれている。お父様は、相変わらずビジネスの話以外は露骨に興味なさそうだったけどね……。


 次々と美味しそうな料理が運ばれてきてお皿の上を美しく彩っていたけど、正直、どんな味だったか覚えていない。それでも、エリックさんの一件を除けば特になにごともなく、無事に会食は終わったのだった。


 帰り際、フランツに見送られて玄関ホールへ向かっていると、廊下で待っていた執事の一人が私たちのところにススッと近寄ってきて、『帰りに一言挨拶がしたいから、部屋によってほしい』というエリックさんの伝言を伝えてくれた。


 そんなわけでフランツに案内してもらって、一緒にエリックさんの部屋へと訪れることになった。


 フランツがノックをすると、中にいたメイドさんが扉を開けてくれる。


「兄さん、入るよ」


 フランツのあとについて、私も「おじゃまします」と小声で断ってから部屋の中へと足を踏み入れる。


 そして、室内に目にしたとたん、「あ!」と声が漏れた。

 エリックさんの部屋は、壁という壁に天井へ届くほどの本棚が据え付けてあり、そこにぎっしりと本が詰まっていたのだ。


 うわぁ。はしごに登らないと本が取れない本棚って、初めて見た。図書館みたい。


 これだけ本がたくさんあると圧巻だ。この世界では紙は貴重品だから、本はとても高価なもの。それがこんなにたくさんあるだなんて、さすがビジネスで破竹の勢いの伯爵家。


「すごい本だろ。兄さん、本好きが講じて自分で書いたりもするんだよ」


「へぇぇぇ、読書家で小説家さんなんだね。フランツの部屋もこんな感じなの?」


 たぶん違うんだろうなと想像しながら一応そう尋ねると、案の定、フランツはハハと乾いた笑いをあげる。


「……本棚は、俺の背丈と同じくらいなのが一個あるくらいかな。部屋の構造はここと同じだけど、剣を振るのに邪魔だからあまり物も置いてない。絵画道具は、暖炉の中に隠してあるけどね」


 そんな大事なこと公言しちゃだめじゃない!? 

 お父様が近くにいたらどうしよう、また捨てられちゃうよ!?


 心配になって後ろを振り返ってみたけれど、幸い扉はきっちり閉まっていた。

 良かったと胸をなで下ろしたところで、奥のベッドへと二人で歩いて行く。


 フランツがベッドのそばに二脚の椅子を運んできてくれたので、ありがたく座らせてもらおう。


 エリックさんは、もう咳や発疹といった症状は治まっているようだった。

 でもさっき食堂で会ったときよりもさらに顔色は青白く、静かにベッドに横たわっている。


「もう発作は落ち着いたのか?」


 フランツの問いにエリックさんからは「ああ」とか細い声が返ってきた。


「先ほどは、みっともないところを見せてしまって申し訳ない。君たちの大事な場を邪魔してしまったね」


 まだ呼吸は完全にはもどっていないのだろうか。ゆっくりとした消え入りそうな声でエリックさんは謝ってくれた。

 そしてフランツと私のことをそれぞれジッと見たあと、柔らかく頬を緩ませた。


「父さんがどう結論を出すのかはわからないけど、僕は君にたちの結婚を歓迎しているよ。それを一言伝えくて来てもらったんだ」


「あ、ありがとうございます」


 そう言ってお辞儀する私に、エリックさんは目を細める。


「いままでいろんな家から結婚の申し出が来てたのに、一切興味持たなかったフランツが女性を連れてくるって言うからどんなお嬢さんだろうって思ってたんだけど。まさかこんなに可愛らしいお嬢さんなんてな」


 やっぱり、お見合いの話はたくさんきてたんだ。こんな地位も名誉も財産もある名家だものね。そう思うと、私みたいな馬の骨で本当に良かったのかなと心配になって視線をうつむかせると、フランツに優しく頭を撫でられた。


「兄さん、余計なこと言うなって……」


 不機嫌そうに返すフランツに、エリックさんはクスリと笑う。


「悪い悪い。でも、二人の仲睦まじそうな姿を見て安心したよ。うん。これで僕は安らかに天国へ行けそうだ」


「またすぐ、そういうこと言う」


 あきれた調子で返すフランツ。だけど、あの発作を毎日のように繰り返しているなら、単なる冗談では済まないだろう。そのことについて、私も聞いてみたいことがあった。


「あ、あの……その発作のことで、ちょっとお聞きしてもいいですか?」


「ん? あ、ああ、いいよ」


「エリックさんの発作、もしかしてお食事を取られた直後や数時間あとに起こることが多くはありませんか?」


「え? ……あ、どうだったかな。たしかに食事中に発作がでることもあるけど、それから何時間か経ってからでることもあったかな……。さっきは食事中だったけど、昨日は食べてからだいぶ経っていたからだったし……そういえば、一昨日は一度も発作が起きなかった。だけどたしかに、考えてみれば食事中やそのすぐあとに起こることは多いように思う」


 やっぱり。

 私が疑っていたのは食物アレルギーだった。


 子どものころから発症していること、他の人に感染するものではないこと。そして、さっきの食事中でのエリックさんの様子。あれは、食物アレルギーを持っていた弟の症状とそっくりだったのだ。


 でも、食物アレルギーには即効性のものと遅効性のものがある。もしかすると複数の食物アレルギーを持っていてそれぞれ発言までの時間が違うがために、いままで食事と関連づけられなかったのかもしれない。


「あ、あのっ。発作がおきる前に何を召し上がっていたか。発作が起こらなかった日に何を召し上がっていたか。それぞれ食事の材料を調味料一つに至るまで記録しておくことってできるでしょうか」


「それは、料理長に頼めばそんなに難しくはないが……」


 なんでそんなものが必要なんだろう? とエリックさんは戸惑っているようだった。それもそうよね。まさか、普段食べているものが病の原因だなんて思わないよね……。


「ということは、カエデは兄さんの病気は食べ物が原因だと思ってるのか?」


 とフランツも聞いてくる。


「うん。私の弟がね、エリックさんと同じ症状を起こすことがあったんだ。いまはもう治ってるんだけど。だから、もしかしたらって思って」


「でも俺も朝晩は同じ物を食ってるけど、あんな風になったことはないよ? 父さんも」


「体質的なものなの。ある食べ物が、ほとんどの人にとっては何ともないのに、一部の人にだけ身体に害を及ぼすことがあるの。私も弟と同じ物を食べて育ったけれど、一度も発作を起こしたことはないもの」


 そしてエリックさんに向き合い、彼の緑の瞳を見つめながら真剣に言う。


 こうして真っ正面から見ると、どことなくフランツと似た面影がある。エリックさんはフランツよりももっと華奢な感じだけど、よく整った顔立ちに意志の強そうな大きな緑の瞳はおんなじだ。


「料理長さんに作ってもらった食材リストの中に、発作が起きたとき直前に食べていた共通の食材があると思うんです。その中で発作を起こさなかった日には食べていなかったものを、しばらく食べるのをやめてみたらいかがでしょうか。もしかしたら、それだけで体調はよくなるかもしれません」


 エリックさんの美しい緑の瞳が大きく見開かれる。


「そんなことで……?」


「私は医者ではないですし、あくまで経験からの推測なんですけど……。もし食べ物が原因なのだとしたら、それでピタリと発作は治まるはずです。……もし違う原因だったら、申し訳ありません」


 弟と似た症状というだけで確証はなかったけれど、試してみる価値はあると思うんだ。エリックさんは発作のせいで、生活にまで支障をきたしているのだから。


「いや、いいよ。それくらいならいくらでもやるさ。いままで国中、いや、国外からもいろいろな医者を呼んだけど、僕の病気の原因はわからずじまいだった。そんなことで少しでもよくなるなら、願ったりかなったりだ」


 そう言って、エリックさんは弱く微笑んだ。


 たぶん、この世界にも食物アレルギーは存在しているんだと思う。でも、多くの場合は成長につれて勝手に治るか、もしくは悪化して発作で亡くなってしまうんだろう。原因不明の病として。


 でも、エリックさんはハノーヴァー家の財力があってヒーラーさんを雇うことができたから、重度の食物アレルギーを抱えながらもいままで生きながらえてこれたのかもしれない。


 だけど、毎日のように発作を起こしてそのたびにヒーラーさんの治癒力で治すという行為が身体にいいとは思えないのだ。

 だから、やってみる価値はあると思うんだ。

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