女子会
豪雨で倒壊したプロジェクト準備室は名実共に解体され、わたしは官邸秘書官としての通常業務に戻った。
本当をいえば、ロアンヌ代表閣下のご配慮によって一時的に資材テントの庶務を任されていただけ。
古城ホテル計画に携わる役人は既に関係各部署から選ばれ、その中にわたしの名前は無いし、悪霊祓いなんて言い出したのも、その場のノリかご冗談だろう。
あの方はふざけた…もとい、くだけたところを見せつつも根本的には合理一辺倒で、シュガー様のことだって聞いてもおそらく信じないと思う。
だからこそ、わたしの両親を死なせた『事故』に代表閣下が関わっていた可能性は低い。
「うん、ご苦労だったね。マリー・トゥーレザン」
報告書にさっと目を通した上司がそれを仕分け用のトレイに置き、席を立った。
「帰りにカフェでパフェでも食わないか。ちょっとしたねぎらい、いや女子会として?」
リルベル・ハートフレンド秘書室長はロアンヌ閣下の元奥様だ。
代表就任当初から筆頭秘書官を務め、翌年結婚。二年で離婚後も、秘書官として変わらず閣下を支え続けていらっしゃる。
大の甘党としても有名で、その細身からして信じられないけれど、州庁の中のカフェを定宿に三食甘味ですませているというウワサがある。
でも今、手をひっぱる勢いで連れて来られたのは州庁のカフェではなく、大通りに店を構える高級菓子店の豪華な喫茶室だった。
「ロアンヌに振り回されて困っただろう? まったく、私の部下を勝手に出向させるとは、迷惑なオヤジだ」
「いいえ、お城の庭がきれいに整えられていくのを見ると、やはり嬉しい気持ちになりましたので」
開かずの間やお祓いのことは『出向』の報告書にはもちろん上げていないし、室長もご存知ではないと思う。
なのに、わざわざ場を設けて話す事とは―――
「気をつかうことはないぞ? 私とヤツはそもそも偽装結婚だったんだから」
「――え、は?」
考えていた事とかけ離れた言葉を聞いて思わず聞き返してしまったけれど、それを意に介するふうもなく室長は続ける。
「今はどうか知らんが昔は三十過ぎて独り身だと異常者扱いされたんだぞ! 私もロアンヌも仕事がクッソ忙しい上に色恋からは最も遠いところにいたというのにだ!
よって我々は全ての者を黙らせるための最終手段に踏み切った。それが、けっこん、だ!!」
最後の言葉を吐き捨てると同時にパフェが来た。
とたんにニコニコと笑みを湛えた室長は、店員さんにお礼を言ってスプーンをとる。
季節のフルーツやジュレをふんだんに使ったカラフルなパフェと、緑茶のアイスに甘いお豆のジャムをあしらったパフェはともに上品なサイズで、この後夕食が入らないということもないだろう。
「そんなわけでヤツとはただの利害関係で、すでに情報共有の必要もない。もし君に何か抱えていることがあるのなら、私にぶっちゃけてみないか?
たとえば、ご家族のことでも」
わたしはまだ何を言うべきか分からなかった。
室長も少し黙ってから、眉を下げてパフェを中断する。
「うん、ぶっちゃけると、ロアンヌがロイス公とエリーゼを謀殺したんじゃないか、などという流言を最近また耳にすることがあるだろう?
あれは本当にデマだが、昔まだ幼かった君が少しでも信じてしまってたらと思うとね……。
あの時我々は円卓会議のためにジーンベルツにいて、事故を知ったのは会期を終えてからだった。葬送にも間に合わなかったんだ」
円卓会議は秘書官にとって最も緊張を強いられる案件だ。
筆頭及び次席秘書官は州代表に随伴し、状況への即時対応とスケジュール調整に追いまくられ、官邸に残ったその他の秘書官は万難を排してその留守を預かる。
代表閣下の代理として両親の葬儀に来ていたのも、今のわたしのような下っ端の秘書官だったのだろう。
「……事故に関して、わたしは誰からも何も聞かされていません。なので、後になって自分で調べました」
『事故』が起きたのは州都ブランチュール郊外の見通しの良い一本道。
その頃両親は州南部の港町タッツェにある別邸に越したばかりで、その日は母の検診のため、州都の病院に行った帰りだったらしい。
父が運転し、母が助手席に乗った自家用車は、ゆるやかなカーブを曲がることなく林の中へ突っ込み、炎上していた。
目撃者はなく、煙を見た近隣の住民からの通報で警官が発見。
付近にブレーキをかけた跡などがないことから居眠り運転が原因の事故とみられ、その後の検証や解剖結果からも、それを否定する要因は出なかった。
「父は代表退任をめぐって世間からも批判されていましたし、亡くなってなお、居眠り運転で母を巻き込んだとして非難を受けることになりました。
一部の週刊誌には、婿養子でありながら家を没落させた責任感から無理心中に及んだのじゃないか、なんて書いてますし、他にも陰謀説とか呪い説とかあれこれと。
確実にいえるのは、どれもみんなただの憶測にすぎないってことだけです」
でも、葬儀の日に聞いたドクターの言葉は、父がシュガー様を円卓会議に引き渡そうとしたから『事故』は起きた、という意味で間違いないはずだ。
それは父の決定に反対し、殺害してでも阻止しようとした誰かがいたということ……。
「そうか、願わくば信じてほしい。たしかにロアンヌはロイス公を批判する立場にあったし、ずっとエリーゼを好きだった。しかし」
「え? ――あ、すみません!」
つい考え事をして、またしても上司の言葉を聞き返してしまったその時、バッグの中の携帯電話が振動して着信を知らせた。
弟からの電話だったけれど、室長が頷いて許可を示されたので小声で応答する。
「なに? あんたもう時間外だから」
『マリー?! どうしよう!! アルが死んじゃった!!』
「シュガー…様?」




