輝きの次界
暗いかどうか分からない。ただ、音も色も無い世界に、三つの影がある。
そのひとつは目を閉じて仰向けに横たわり、残り二つの影がそれを見ている。
はるか「上」の方からは、何かきらきらとしたものが降ってきて、横たわる「彼」の胸の上で雪のよう染みて消える。
本当は上も下も、地面も壁も地平も無い。
「彼女」は少し前からここにいるが、はじめはあの、きらきらした光の粒みたいなもので埋め尽くされた世界だった。
うっとりと心地好く粒子の中を揺蕩うていたはずが、いつの間にこんな何も無いところになったのか。
ふと気が付くと横たわる「彼」がおり、しばらくしてもうひとりが現れたのだ。
「娘よ、これはそなたのせいであろう」
彫像のような美しい姿をした青年が、傲岸不遜な態度で言う。
「そちらこそ、よほど奪っていかれたようですが?」
バーガンディ色のエプロンドレスを着た美貌の少女が言葉を返す。
「娘よ、ではその姿はなんじゃ? そなたが宮を飛び出したときは、まだこ〜んな幼子だったではないか!」
青年は屈み腰になって、手で幼子の頭をなでるしぐさをした。
少女は十四、五歳ほどに見え、背の高さは青年の胸あたり。あごを上げて青年の顔を見上げると、やわらかく淡い金の髪がふわりと肩で揺れる。
「知識を得て成長したのですわ。名も付けていただきました。フーちゃんと」
「むっ、儂とて愛称で呼ばれておるわ。ウザオとな!」
競り合うように言ったものの、ふたりして俯いて黙り込んだ。そして徐に、横たわる黒髪黒衣の青年に不満気な視線を向ける。
その、常にはぼんやりと締まりのない表情を浮かべている顔に、今はしかしどんな色も見て取れない。
瞼に隠された彼の瞳の色はフーちゃんと同じ翡翠色で、ウザオにとっては懐かしい誰かを思い起こさせる色でもあった。
「こんなざまになったのは初めて見るが、命脈が絶えたわけでもない。いずれ元に戻ろうぞ」
ウザオは光の粒が降って来る彼方を見上げる。
命脈と言ったが、これは生者の命にかかわるものではない。ウザオやフーちゃんのような者にとって不可欠なだけだ。
「でも…、やはり少し返しておきましょう」
フーちゃんが膝をついて青年の手に触れたその時、
『それには及ばない』
朗々たる音声とともに、世界がはっきりと明るくなった。
それは人の形をしているが、金色に眩しく輝いて顔を判別することは難しい。
だが、ウザオは見た途端「ひやあっ」と奇声を残していなくなった。
「やれやれ、嫌がられた」
くくっと笑いを含んだ第二声は、先程と違って人くさい響きをしている。
「あ」の形に口を開いたまま硬直するフーちゃんの前で、その「人」は寝ている青年の頭を自身の膝に乗せ、愛おしげに彼の髪を掬った。
「これは私の大事なものだ。大事なので色々と呪いを掛けて護っている。 現状はその反応によるもので、あなた方だけの責任ではない」
「あ……な……」
貴方は誰で何がどうなって何故なのか。
尋ねたいが、輝くその人はとてもとても怖ろしく、フーちゃんの気持ちの何もかもが言葉にならない。
一夜漬けの虚飾もすべて剥がれ落ちて、元の幼い姿に戻ってしまった。
「幼き神。いま暫くこれはこのままにしておきたい。貴女にも本来の用があるだろうが、少しの間傍にいてあげてくれるかい?」
「うぐ…っ、うん…」
輝く人が微笑んだ感じがして、煌々たる光は徐々に薄れていったが、辺りはずっと明るいままだった。
フーちゃんは青年の横にしゃがんで手をつなぎ、泣くのを一生懸命我慢した。