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混沌の家

 先輩には「とりあえず一週間くらいかかります」とメールで送って、家の片付けに取り掛かった。

 地図には無いが城の北隣の森の果て、ツタの絡まる廃屋風のこの家は『ドクターケイオスの館(文字のバックに血糊)』である。

 柊協会の所有にして代々師匠から弟子へと受け継いできたものらしいが、師匠の自宅は都心部のマンションで、こっちは倉庫としてしか使っていなかった。


 一応説明するが、ドクターナニガシというのは昔の領主から与えられた仮の戸籍に基づく呼称である。恥ずかしいから考えた人は反省してほしい。

 仮の戸籍におけるオレ、アルフォート・ケイオスは孤児であり、故ソアン・ケイオスの養子となっている。

 なので、世を忍ぶ身ではありながら高等科まで通信教育で修了しているし、首都州立大の医科も出てるし、取れたてピチピチの医師免許もある。


 もう少しぶらぶらしたいお年頃だったが師匠の命令で帰ってきたら、既に自宅マンションは引き払ったあと、オレの私物は倉庫のほうへつめ込まれていたというわけだ。

 しかも師匠は捨てられない大人であり、長年の不要品の全てをここに置いてきた。大秘宝でもあればいいが、ほとんどは段ボール箱に入れたままの本か古着。

 オレの小さい頃の服やお絵かき帳まであって思い出がいっぱいだ。

 昨夜も発掘した遺物の確認作業をしながら寝落ちしてしまったのだが――、

 そう、秘宝は存在したのだ。十数年前の、名作連載当時の週刊少年誌という形で……。


「こんなのつまんない」


 肩の上にひっついている幼女の霊が、マンガを覗きながら文句をたれる。


「まあね、かつてはオレも食わず嫌いだったよ。でも今改めて読むと、その奥深い味わいたるや…」 


 反論しようとして、今すべてを忘れて続きを読んでいたことに気付いてしまった。


「仕方がない、今日はキッチンのごみを片付けよう…。なんか女の子向けのモノでもあればいいけど、ハーピー人形とか利己ちゃんとか?」


 そういえばこの子――仮にフーちゃんとしておこう。リボンで二つに結んだ髪が、ふわふわのロールパンみたいだからフワフワのフーである。

 フーちゃんは、赤ワイン色のふんわりした服に白いフリルのついたエプロンみたいなのを着ていて、まるで金持ちの家にある人形のようだ。


「いらない。それよりおそとにいきたい」

「お外はもう夕方で暗くなるから、――あ、そうか」


 一秒後、オレは首都州ジーンベルツのアパートに帰って来た。 

 学生時代から自前で借りているのだが、急に呼び戻されたものでほったらかしになっているのだ。

 こっちはまだ昼間だから食べそこねたランチも取り戻せるし、今後は二拠点生活もいいかも知れない。


「すごーい!おっきなとうがいっぱい!」


 十階建てのワンルームからは向かいの高層ビル群しか見えないが、喜んでいるようで何よりだ。


「ねえ、ここもとう?おしおきべや?どうやってのぼったの?」

「お仕置き…まあ、どうやってというとムツカシイが、霊体であれば知覚共有も可能だろうか」

「んー?」

「よし、ならば見せてあげようフーちゃん!世界から物質を取り除いた輝きの次界を――!」

「おそとにいこー?」

「うん行こっかー」


 おっきな塔とフーちゃんが言う高層ビル群は大企業のオフィスが集まる経済の中心地。それを通り抜けると、広々として緑も豊かな世界の中心、円卓議場広場に出る。

 しかし、円卓広場の近くには柊協会本部もあって師匠がいるかも知れないので近寄りたくない。

 街ブラするなら逆方向の大学周辺がいいだろう。


 首都州立大は、昔の貴族屋敷が建ち並ぶ一帯をまるごと再利用した歴史と風格ある佇まいが売りである。

 華麗なる外観、大広間を改装した大講義室は確かに圧巻だが、各研究室なんかは普通に資料や器具や機材で埋まり、不健康そうな連中がうごめいているだけだ。

 ちなみに先輩を先輩と呼ぶのは大学の先輩だからで、先輩のいた法科ともなれば、さぞきちんとしているのだろうと思っていたが理系と大差なかった。

 そんな風景も珍しいのかフーちゃんは嬉しそうにそこら中覗いてまわり、しきりにあれこれと訊いてくる。

 だが、それに答えているとオレがひとりで喋ってる奴に見えるので、念話を教えてみたがうまく出来るようにならなかった。


 それから近くの商店街を見て回り、いつも行ってたパン屋でベーグルサンドとコーヒーを買って公園で昼食、…のつもりがもう夕暮れ時だ。

 アパートへ帰りつくまで持たず「ねむい」と言って消えてしまったフーちゃんに一抹の寂しさを感じながら、オレは『ケイオスの館(笑)』に帰って来た。


 するとそこにはオレのスマホが、夜も遅いというのに先輩からの着信を鳴り響かせていたのである…。



          ◇



「メッセージに返信したのに!電話もしたのに!どうして出ないのよ!!」


 場所はシュガルド様の開かずの間。

 開け放されたドアから室内に射す月明かりがもれていて、入るとすぐ脇の壁際に先輩が半泣きでうずくまっていた。


「…ちょっと携帯忘れて外出を」

「バカなの?!もう何でもいいわ!とにかく帰りましょう!」


 顛末を整理しよう。

 先輩からの返信メールは「一週間では遅いので三日以内にせよ。見積もりも早く」という内容だったが、しばらく既読にならない為、直接オレに伝えようと城まで来たそうだ。

 しかし城にオレはいなかった。

 少し捜して玄関に戻ると、玄関扉が閉じていて警備の人もいなくなっていた。

 定時である。

 閉じ込められたことに気付いた先輩はあわてず騒がず、現在唯一の住人であるシュガルド様に助けを求めることにした。

 スマートフォンなりタブレットで外部に連絡することは、この時考えつかなかったそうだ。

 そして思い出すのは幼い日の探検ごっこ。

 だんだんと暗闇落ちる城内を、記憶と勇気を友として、たどり着いたる開かずの間は、しかしもぬけの殻だった。

 そう、もぬけの殻。


「待って下さい先輩、ここんちの人は?」

「知らないわ。いなかったもの」

「えー…」

「それより何か明かりは無いの?電灯のスイッチがわからないのよね。廊下は真っ暗だし、トイレだって我慢して――っきゃあっ!!」


 ドアの手前でそわそわしていた先輩が、突然とび退ってオレの後ろに隠れる。


「先輩、べつにお化けなんか…(出るけどさ)」


 真っ暗な廊下に目をやると、眩しく白い光がひとつ、ゆらゆらと此方へ近付いて来るところだった。


「あれ?君たち、何か用?」


 それは、スマホのフラッシュライトを掲げたシュガルドさんであった。


         


 


       






 


          

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 



 

 

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