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ドールハウス

 寄宿学校での生活は、思っていたより嫌じゃなかった。

 カレン女子学院は、自立した女性の育成を理念に掲げ、伝統あるキュージーン学院によって新設された全寮制の学校であり、すでに百年近い歴史を持っている。

 その古さのわりには校舎も宿舎もきれいで、こぢんまりとしていて、なんだかドールハウスみたいだと思っていたら、本当にドールハウスっていう愛称で呼ばれているそうだ。


 学校の課程は十二歳までの「予科」と、十三歳からの「本科」に分かれていて、予科では基本的な座学を、本科生になれば幅広い選択肢から自由に選んで学ぶ。

 実習科目は共通で、お料理お裁縫から剣術や護身柔術、各種運転技術など、こちらも幅広い。

 寄宿舎は、基本的に本科生と予科生が二人ずつの四人ひと部屋で、同室の生徒は疑似的な姉妹として生活し、お互いを思いやる心を育むのだそう。

 けれど本科生のほうが人数が多いので、わたしの振り分けられたお部屋には、予科生はわたしひとりだけだった。


 正直を言うと途中編入なんて、また無視されたり意地悪されたらどうしようって不安しかなかったけれど、同室のお姉様たちは、わたしが来て嬉しいと言ってくださったし、同級生たちも気安く接してくれて、というより遠慮が無さ過ぎて、いっぺんに大人数の姉妹ができてしまったみたい。

 みんなで試験勉強と称して夜中までおしゃべりしてたり、月に一度の外出日前には、買ってくるお菓子や雑誌の担当を決める会議をしたり、閉塞した中でも精一杯賑やかで楽し気な生活。

 わたしたちはみんなひとりだから、きっと同じ気持ちになるんだと思う。


 ふた月ほどして新しい環境にも慣れた頃、母様からお手紙が届いた。

 こちらからの手紙はもう何通か出していたけれど、お忙しい父様の状況などをおもんぱかってご報告だけとしておいた。だからお返事が来たということは、きっと母様の体調も回復され、すべてが良くなったにちがいない。

 そう思って嬉しく開いたそのお手紙は、ちょっと意味がわからないものだった。


『愛するマリー

あなたをひとりきりにする事、胸が痛みます。けれど善き隣人、お友達に恵まれていると聞き、少し安らぎました。

スカーレット様の、ここで夢を見つけて将来を切り開きたいという志しはとても立派ですね。クレア様のように、憧れのジーンベルツに暮らしたいだけというのも、素敵な理由だとおもいますよ。

でもマリー、あなたは必ず我が家へ帰らなくてはなりません。アルフォートを奪われた今、コーダリー家の次の当主となる者は、あなたをおいて他にいないのですから。

お父様がお立場を退かれたとはいえ、当家にはまだ大切なお役目があります。それらの事はドクターに託してありますが、ドクターをあまり信頼してはいけません。

シュガルド様にはあなたも一度会っているはずですね。何かあれば彼に直接お尋ねするとよいでしょう。

あの方は我が家の至宝であり、お父様から地位を奪った者などに、決して渡してはなりません。

くどくど書いてごめんなさい。以上のことは、ただ心に留め置き、今は学校のお勉強をがんばる時ですね。

次のお便りと、また逢える日を楽しみにしています。

          お母様より』


 母様は生まれつきの心臓のご病気で、小さい頃は学校にもあまり通えなかったそうで、わたしや弟が健やかにお勉強できるのがとても幸せなのだとおっしゃっていた。

 だからわたしは母様の言うとおり、しっかりお勉強しなければ。

 そう、思っていたのに……。


 お手紙から、まだひと月もたたないうちに、わたしは家に帰って来た。

 お葬式のために。

 父様と母様が乗った自動車が事故にあって、おふたりとも亡くなってしまったから。

 なんで…どうして…?

 ……。


「――も、何てことを。ロイスがあれを円卓に引き渡そうとなどしなければ、こんな」


 なぜかドクターの声が聞こえた。


          ◇


 お葬式は二度目だった。

 棺を荼毘にふし、小さな陶製の器に遺灰を入れて、金糸の縁飾りをつけた緋色のびろうどの布で丁寧にくるんで墓所に納める。両親の隣に弟の器もあるけれど、一度目は嘘だから、それは空っぽ。

 参列したのは父方の伯父夫妻とドクター、州代表閣下の代理の秘書と数名の州議会議員。

 それが終わると、父の生家であるトゥーレザンの伯父の家へ「帰る」。わたしの家はもう、あの城ではなかった。


 喪が明けるまでのひと月、わたしはずっと考え続けた。

 葬儀の日に聞いたドクターの言葉は、どういう意味だったのか。

 あの母の手紙は何かを予見して書かれたものではなかったか。例えば、コーダリー家を疎む誰かが、父と母を事故に見せかけて殺すというような…。

 でもそうやって考えるほどに苦しく、うまく言葉にして誰かに言うこともできず、どうかもう一度、かつてのように両親の声が聞こえてきてわたしを安心させてくれないかと、ただ黙って耳をすませていた。


 けれど期待したことは何も起こらず、わたしは寄宿学校へ戻った。

 ドールハウスというのは多忙な親が子供を遊ばせておくために与えるものだというが、わたしにとっては両親が最後に用意してくれた避難場所だ。


 今は心に留め置き、いつか必ず両親の死の真相を突き止める。

 わたしはそう、強く決意した。

 





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