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不確かな幼女

「祖父がお城の庭園を手掛ける庭師だったのでね。私も子供の頃は、日々手伝いに来ていたものだよ」


 脚立のかげからオレ達のいる長机に移動してきたジョー・ジャック・ロアンヌ氏(52)は、よく響くバリトンボイスで語り始めた。

 強い意志を感じさせる濃灰色の目と短く刈った銀髪はがんこ庭師の血筋を思わせ、高そうなスーツに包んだ長身は脱いでも凄そうな引退アスリート風。

 というかなんか全体的に圧がスゴい。

 

「君達のお父上とは初等科時代の同級生でもある。実のところ、あいつに出来るなら私にだって出来るだろう、というのが州議を志したきっかけだった」

 

 コーダリー州では貴族制廃止後も旧領主家が州代表の地位を継承してきたが、先代ロイス・コーダリーの退任によって初の民選州代表が立つこととなった。

 それが当時三十七歳の改革派州議会議員だったロアンヌ氏。現在三期目を務めるニューリーダーである。


「長いこと忘れていた気がするが、それも封印のなせるわざということか…。

 そして君が当代のドクターケイオスだね?お会いできて光栄だ」

「こちらこそ。はじめまして、アルフォートです」


 分厚い手のひらと握手する。

 さすがに偉いだけあってオレのことも知っているか。


「ではアルフォート君、城に悪霊が憑いているとのことだが、その件数と各個の情報、及び対処法は?」

「それはー…、長い間把握せずに封印だけしていたようです」

「なるほど。トゥーレザン君、現在の作業の進捗は?」

「はい。前庭の整備と外壁等の点検が進行中です。しかしほぼ問題無しとみて本日より建物内部の調査も」

「それはいけない。先に悪霊払いをしなければ」

「「え?!」」


 RRRRR…


「ふむ、時間だ。では、よろしく頼んだよ」


 先輩とハモったのと同時に電子音のアラームが鳴り、ケータイを確認したロアンヌ氏は颯爽とテントを出て行った。

 革新派リーダーはオカルト否定派ではないらしい。


「知りもしないで…今さら」

「――先輩?」

「やだもー急な変更!お払いって今すぐ始めていつまでかかるの?!」

「はい?」

「メールでいいから今日中にわたしに連絡して!必ずよ?!

 はいコレ、業者さん用の腕章とヘルメット!じゃあ!!」


 長机にあったグッズをオレに押し付け、タブレットを片手に先輩も飛び出して行ってしまった。

 取り残されるオレ。

 

 オレは業者じゃなく呪医だし、その手の気休めは神殿とかに頼んでほしい。

 そもそも、悪霊払いなんて必要ない。

 彼らは既にこの世のものではないのだから。


          ◇


 城門から一直線にのびる広い石畳の道に立ち、オレは改めて周囲を見渡した。左右対称に配置された庭園の樹木はキレイに刈り込まれ、落ち葉も雑草も完全に取り除かれている。

 幾つもある脇道を横目に真っ直ぐ進むと、やがて噴水のある広場に出る。積み上げた岩の上に神様の像が立っていて、その足元から水が流れ出る仕掛けだったが、まだ水は止まったままだ。

 噴水広場から幅の広い階段を上がった所が城のエントランス前広場で、数名の警備の人が立っている以外、城の外には誰もいない。


 腕章があるので止められることもなく、片側が開け放された玄関扉をくぐると、ちょうど同じ腕章とヘルメットの一団が出て行くのとすれ違った。

 エントランスホールは吹き抜けになっていて、はるか上のドーム型をした天井からステンドグラス越しの光がぼんやりと入っているが、照明が点いていなくて薄暗い。

 正面左右に二階ホールへ上がる階段、その中央に彫像か何かが以前はあったが取り払われて、奥に見える扉はたしか中庭に面したサンルームの前室と、使用人の待機部屋だったか。

 ホール側面にも幾つかの扉と、小机や椅子が置かれているだけでこれといった調度品はなく、床には靴跡がつくくらいのホコリが積もっている。


 その靴跡にまとわりつく毛玉。

 天井からの光を浴びて立ち、上の方が曖昧になった数本の柱。

 二階ホールのシャンデリアにからまってほどけなくなった感じの糸状の何か。

 それと、階段下の暗がりにみっしり詰まっている鳥っぽいやつ。あれはちょっと初めて見る。

 こいつらはどうやら古い建物に集まってしまうようで、普通は見えないし大した影響もないはずだ。

 厄介なのは椅子に座ってこっちを見ている女の子だろうか。


「だあれ?」


 見ないふり。


「ねえ、だあれ?」


 知らんぷり。


「ねえったら!あたしはだあれ?!」


 そっちかい!


 彼らを見たり具合悪くなったりするのは常に生者の側の資質やタイミングによるもので、逆に何かを呪いつつ死んで悪霊になれたとしても、思い通りに対象を害せるとは限らない。

 そんな不確かな存在だ。


「こたえてよう!うわぁぁぁぁぁん!!」

「あーもう…うるさいなあ」


 子供ってのは泣けばどうにかしてもらえると思っているのか。

 ここは大人としてビシッと言ってやらねばなるまい。


「いいかねお嬢ちゃん、もうわかってると思うけど、君は誰にも見えないし聞こえない。あそこにいるトリみたいに、ここでじっとしてるしかない」

「ひくっ…いやあぁぁぁぁ」

「イヤなら泣かずにオレについてきな?」

「!…うん!」


 不確かな幼女の霊は椅子からピョンととび降りて、オレの差し出した手につかまるとスーッと消えていった。

 といっても、ひとまずこの場から離れさせただけで、しかもオレが幼女憑きになってしまったのだが……まあいいか。

 本来の目的に立ちかえり開かずの間に向かうべく振り返ると、さっき出て行った一団のひとりがホールに戻って来ていた。 

 

「何やってんですか師匠?」

「何してるはこちらのセリフです。不詳の弟子よ」


 ヘルメットを取るとゴージャスな金髪巻き毛が背中までぶわっと広がる。

 霊となった師匠、ではなく実は生きている師匠である。


          ◇


 壁際の長椅子に場所を移して説教が始まる。

 死んだことにして転身を図るのは我々の常套手段というやつで、師匠は現在、呪医の互助組織である『柊協会』という所で要職に就いているらしい。

 オレの給料はその柊協会から出るので、今は上司というべきか。

 

「君が何かやらかしてはいないかと見に来たのですが案の定でした。相変わらず君はチカラにあぐらをかいて、詰めが甘いし堪え性も無い。それで潔癖症だなんて聞いてあきれますね」

「師匠、潔癖症と完璧主義は違います」

「口答えは不可」


「しかしまあ、せっかくなのでロアンヌ閣下の依頼に関しては協力してさしあげるのも良いのでは?」

「どうでもいいんですね」

「先程、シュガルド様にはお会いしてきましてね。ここをお出になる御意志はないそうですよ。

 ですので彼のお部屋のみ、再度結界を施術し直して下さい。これは柊協会の決定です」

「ハイ、ワカリマシタ」


 シュガルド様っていうのは、件の開かずの間のあの人が多分そんなような名前だった。


「それと師匠、先輩には彼を移転させるって言ったそうですが?」

「ええ、マリーには封印が効かなかったので、余計な詮索をされないためにです。君も注意を払うように。

 あの子はまだ、両親の死に囚われている」

「……はい」


 師匠を見送り、オレはシュガルドサマのお部屋に向かう、…のは後でもいいんじゃないだろうか。出て行かないって言ってるんだし。

 もう今日はこれ以上、面倒な人に会いたくはない。


 

 

 

 

 

 

 



 

 

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