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削除された世界

 宿舎スタッフのリリアがリューズの弟子だったことはすぐに分かり、尋ねてみれば彼女はすんなりと師の居場所を答えた。そうでなければテシオール領事館など、すぐにはたどり着けなかっただろう。

 だがそれでも少し、遅かった。

ソアンが見つけたとき、アルフォートは意識を失い倒れていて、その場にいた他の人間は全て死亡していた。


 いや、もう一人いたのだが、それが人間であるはずはない。

淡く光を帯びた人影は長い黒髪で黒衣をまとい、背には大きく黒い、鳥のような翼があった。

翡翠の魔女という名がよぎったが、その声は低くつめたく、女性のようではなかった。


「あんたに来てもらったのは保護者としてだ。治癒は必要ない。ひどいありさまだが、まだ確定したわけじゃないからな」

「あなたは……」


 何者なのか、訊こうとしたが止めた。

床にのびていたアルフォートを抱き上げて椅子に寝かせてくれている。不機嫌なもの言いとは逆に、やさしい仕草だった。

光や翼は彼がこちらを向くまでに消えてしまったが、ソアンは思わず膝をついた。


「おそれながら、確定していないとは……」

「俺はただの使い走りだ。おそれ入る必要はない」


 そう言って『御使い』はアルフォートの寝ている長椅子の肘に腰を掛ける。


「この子供は我が主君の監視下にあって、先ほどチカラの暴走を感知したので解離したそうだ。たぶんこの辺りの空間は本来の時間の流れからは切り離されている。細かいことはきくな」


「ちょうど良く結界があったので利用したのだが、どうやらこれが原因のひとつだ」


 どこからか声がして、御使いのそばに新たな人影が現れた。

裾を引く黒いマントに全身をつつみ、深く下ろしたフードによって顔も見えないが、その人は眠っているアルフォートを見てニコリと笑った。

――ような気がした。


「結界って、このわずらわしい罠みたいなやつか?」

「彼のものだろう。結界というよりはポータルを得手としているようだな」


 フードの人は、ソファーに座したままこときれているリューズに視線を向け、さらにゆっくりと周りを見回していく。

彼が『主君』だと思われるが、それにしては御使いの態度がぞんざいだ。


「この子はこの罠を通して過去を垣間見てしまった。それ以前にも直接何人も覗いているが、暴走に至ったのは、事故が母親の意図であったと知ったがゆえであろうか」

「なら復讐ってわけでもないのか」

「自身を含め、この場にいた全ての者の心臓に文字通り穴を開けている。近似のものを抽出して一度に加工するイメージだ」

「はぁ? なんでこんな子供にそんなことができるんだよ?!――おい保護者!どういう教育をしている!」


 御使いに睨まれソアンの心臓も止まるかと思われたが、主君はおだやかに続ける。


「周囲を巻き込んだ自死、あるいは癇癪か。どちらにせよあと少し遅ければ、私はまた全てを失っていたかも知れない。チカラには実は限りが無いということを、この子の魂は知っているのだろう」


 なぜか嬉しげに言う主君に、御使いは渋面を向けた。


「そーですか。さすがは貴方のかわいい弟人形だ。じゃあ、さっさと無かったことにして帰りましょう。俺だって忙しいんで」

「人形ではないし、みんなかわいいランブレッタの子孫たちだよ」


 主君がマントを広げる。

黒いマントの中に人の姿はなく、金色の輝きがあふれ出しては全てを染めていく。


「アルフォート……!」

「案ずるな。この子には余人がみだりに触れぬよう呪いを掛けるが、消滅した事象は記憶に残らない。我々の他には」


 金色に飲み込まれていくアルフォートに駆け寄ろうとするも、ソアンの足下にはもう床が無かった。

主君の声は遙か上方へと遠ざかっていく。


「つかまれ。ここには上も下もない。落ちると思えば際限なく落ちるぞ」


 腕をとって引き上げられ見上げると、御使いの背には再び黒翼が現れていた。上も下もないところを移動するためのものなのか。


「御使いよ、私はどうすれば……」

「決まってるだろう? チカラの暴走を防いでやれ。どれだけ才能があったとしてもまだ自己調整力もない子供だろうに。まったく、贔屓の引き倒しってああいうことだろ……」


 各種理解が追いつかないままに輝きは眩しさを増し、無情にも御使いの姿は影のように消えてしまった。



 目を閉じて再び開くと、ソアンはさっきまでいた部屋の外の廊下に立っていた。部屋の引き戸が開け放たれていて、話し声が聞こえる。

安堵感と焦燥感が同時にこみ上げ、ノックをするのももどかしい。


「おかしいというなら、皇帝の血を色濃く継いでいるために排除された私たちが、何のチカラも持たない出来損ないどもに何故そのチカラを利用されなきゃならないのか。

――そうは思わないかい?」


 こちらを向いたリューズは笑顔で、生きている。それがなぜか非常に腹立たしかった。




 


  



 


 


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