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小さな世界⑦

     …………


 火事から逃げようとする人々は、廊下にある落とし穴に気付かず次々と落ちていった。彼らを避難誘導していたパトリシアは最後の部屋を開け、誰もいないのを確認するとその場で呪符を破る。すると、勢いよく広がりつつあった災や煙が嘘のように消え失せた。

     …………     


 マルセロは続々と転移されてくる人々を一通り拘束していく。拘束された者たちは、仮面をつけた数人の仲間によって衝立で仕切られた部屋の奥へと連行されていった。

部屋の奥には、ひとりだけ仮面をしていない男が立っている。男は長い銀髪を後ろで括り、仕立ての良い濃紺のスリーピースに身を包んで、手には抜き身の剣を下げていた。

連れて来られた者たちの多くは激しく怒ってわめき、罵り、なかには泣きながら赦しを乞う者もいたが、男は表情も無く、彼らの胸に剣を突き立てた。


     …………


樹木に囲まれ緩やかにカーブした道の先、雑木林の中で燃え上がる炎を、リリアは見ている。

少し前、白のセダンがハイウェイを走るような速度で突然路上に現れ走り去った。その運転席と助手席にいた人物を、彼女はハイスピードカメラのように記憶していた。

確かに、先のコーダリー公ロイスと夫人のエリーゼだった。


     …………


 手をつないでのぞき見した記憶はいつも以上にぼやけて断片的ではあったけれど、セトシオの家族ばかりかアルフォートの両親の死にまでリューズと弟子たちが関与している事を示していた。

 でも、この光景は何だろう。


「どうか夫を殺してくださいませ」


 母が話をしているのは知らないおじさんだが、その後ろにリューズがいることから察するに、うわさのランデンサガ公だろうか。テシオール内乱の黒幕だといってたけれど、薄茶色の髪がセトシオによく似た、優しそうな紳士だ。


「しかし公女、それで本当によろしいのか?確かに、ノーブルとしては何かと不都合なご夫君であっただろうが、名門たるコーダリーにはまだ……」

「いいえ。この上、娘に重責を背負わせるつもりはございません。それだけはわたくしたち夫婦の一致した意見ですわ。それにもちろん、当主であるわたくしも夫とともに参ります」


 エリーゼは優雅な笑みを紳士に向け、そのまま彼の背後へ視線を移す。

 とたんにグラリと目眩がして視界が変わり、アルフォートはリューズの「中」からエリーゼを見ていた。


「そうですね、事故が良いでしょう。夫はこのところ車の運転を始めたのですけれど、ずっと自分で運転なんてしていないものだからすごく危なっかしくてハラハラしますのよ。ですからきっと、当家の呪医も疑わないでしょう。――出来ますかしら?」


 見下されたと「彼」は感じた。

 微笑みの内側にあるのはよく知っている蔑みの目だ。

 湖泥を掻き乱すように、降り積もっていたものが湧き上がり、広がっていく。

 殺意が。


          ◆


 ソアンはマリーを寮へ送ってから柊協会本部へ向かった。

 もともと今日は、マリーの面会を終えたらアルフォートを回収しに行くつもりだったが、行ったところで帰らないと言いだしたら一体どうすればいいのか分からない。分からないといって放っておくわけにもいかず、重い足取りで裏口からロビーに入ると、そこに停滞していたお年寄りたちに囲まれた。


「やあ、ケイオス先生。何だいその格好は?デートかい?」

「ふふふ。わかっているのよ。どうせあの小っちゃな弟子っこちゃんの案件でしょう?」

「……」


 職場ではいつも白衣姿のソアンだが、今日は参観日用に、黒サテンのボウタイブラウスと白のパンツ、黒地に紅く大きな花柄のロングジャケット、というシックな服装である。

 だがアルフォート案件といわれれば、それも否定できない。


「弟子っこちゃん、さっき来ていたわ。休みなのに変ねって思ったら、すぐ出て行っちゃって……ねぇ?」


 小柄でおっとりとした老女が意味ありげに首をかしげ、となりの老人に同意を求める。


「そうとも。どこの弟子かは知らんがこう、ちちの大きい娘と手をつないでな」


 スカーフェイスに白いあご髭の老人はジェスチャーで巨乳を表現しながら状況を語る。


「彼女はリューズの弟子でパトリシア。ルーベラ州の元公女だね。それからもうひとり、前テシオール公の孫のセトシオだ」


 スラリとした長身で片眼鏡の老人がタブレットを操作しながら説明を加えた。


「……そうですか」


 どうやらアルフォートは連れ出されたらしい。以前の誘拐未遂とは違う意図で、まんまと丸め込まれでもしてついて行ったのだろう。

 ランデンサガ家の契約呪医であるリューズは多数の弟子を抱えているが、特に旧領主家出身の者を多く集めている。それは円卓会議の一部における勢力争いに、彼らを利用するためだとみられているが……。

 少し考えて、ソアンはお年寄りたちを見回した。


「休日のところ大変恐縮なのですが、全員、通常待機をお願いします。場合により御助力いただくかも知れません」

「よしきた!」

「承知しましたよ」


 バサリと白い布がひるがえり、お年寄りたちが白衣をまとう。

 彼らは現役を退いた呪医である。しかし、体力はともかく過酷な運命を生き抜いたそのチカラは未だ衰えてはいない。

 ケアハウスの入居者にして柊協会最高幹部。それこそが彼らの真の姿なのだ。


          ◆


「まず、内乱で天罰を受けることは無い。領主家の跡取り争いで血を見ることなどは大昔から頻繁に行われてきたし、そうでなければ、この世はもう存在していないだろう」

「あ、そうか。皇帝を討って帝国時代を終わらせた『革命』は、内乱にあたるからですね」


 セトシオの答えにリューズは頷いて、ハーブティーをひとくち含む。


「初期の皇帝陛下はそれを危惧されなかったのか、それとも世界の存続を優先されたか……。

それはさておき、通常なら柊協会へ送られるときに抹消されるはずの私の戸籍は今もテシオールにある。正しくいえばテロリストとして処刑された後で別人になっているが、そのあたりはコーダリーの例を参考にした処置だ。もっとも、コーダリーが何のために呪医に戸籍を与えているのかは不明なんだが」


 視線を向けた先、具合の悪そうだったアルフォートは先程から眠ってしまっている。

 呪術的な罠やドアロックのコマンドを見破る彼のチカラを阻害する目的で結界を敷いてみたが、危害を加えるつもりはなかった。想定外に効果が出てしまったっだけである。

 もちろん協会に連絡などしていない。


「……でも、ノーブルの方々の目的がコモンの排除というなら、それではおかしいです。おじ上が新しい州代表になるならまだしも」

「言っただろう? 私の役目はランデンサガ公とテシオール州議会をつなぐことだと。今やテシオールは傀儡政権。つまりランデンサガは州同士の争いという禁を犯すことなく、テシオールを侵略したんだよ」

「侵略……なのですか」

「さてね、テシオール家に関しては保護された子供らで再興するのも可能だろうし、天罰が下っていない以上は正しい方法だったといえる。同じように、コモンが治める州も次々と傀儡にすれば、ノーブルの主導する世界の再構築も叶うだろう」


 たとえばコーダリーの場合、とリューズは続ける。

 先代の州代表夫妻は今の州代表に暗殺されたのだと流布し、アルフォートを現体制打倒の旗印とするなど、名目さえあれば対抗勢力などは何処にでも潜在しているものだそうだ。


「そんな、でも、でも公は、正当な御領主から領地を奪った不当な者たちを懲らしめて、世界の歪みを正すのだと」

「セトシオ。お前は州民の支持を得た新しい体制を歪みと言い、他州に内乱をもたらすことが本当に世界を正すことだと思うかい?」

「おじ上……?」


 混乱するセトシオに、なおも問いかける。


「おかしいというなら、皇帝の血を色濃く継いでいるために排除された私たちが、何のチカラも持たない出来損ないどもに何故そのチカラを利用されなきゃならないのか。

そうは思わないかい?!」


 そう言ってリューズは後ろを振り返った。

 並んで立っている弟子たちのさらに後方、つられて視線を上げたセトシオの目に派手な人物が映る。


 ソアンは開けっ放しの部屋の入口で、横にスライドするタイプのドアの、どこをノックすべきか迷っていた。

 


 




 







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