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小さな世界⑥

「帰りましょうアルフォート! 僕たちはだまされた! その人は僕の……テシオールの家族を襲った罪人です!」


 セトシオがエレベーターへ戻ろうとボタンを押すが、ドアは開かない。叫びながら何度も押して叩くけれど、広間に施された結界のせいだろうか、反応しなかった。

 これに似たものをアルフォートは見たことがある。宿舎の廊下に落とし穴のようなものがあって、そこから獲物を捕らえようとする誰かの意思が漂ってくるのだ。当然、避けて歩くに決まっている。

 しかし今は、エレベーターを出るとすでに結界の中だったので、まんまとはまってしまったのだ。それに、落とし穴ではなく登り穴ではないだろうか。そんなことを思っている間にも、広間の床に敷きつめられた絨毯からは粘液のような何かがしみ出していて、それが足首あたりまでまとい付いてくるような感じがする。


「きもちわるい」


 額がスウッと冷たくなって視界が暗くなり、とっさにしゃがみ込もうとしたが出来ず、頭から傾いでその場に倒れた。


「アルフォート?!」

「これはいけない、チェロ、パット、彼を別室へ。椅子に寝かせてあげなさい」


 「は」と短い返事をしてマルセロがアルフォートを抱き上げ、パトリシアは奥にある大きな扉を開けに行く。


「アルフォートに何かしたのですか?!」

「何か?するわけないだろう。 いや、転移か乗り物に酔ったのかもしれないな」


 リューズもパトリシアが開けている扉へ向かうが、セトシオはまだエレベーターの前から動かない。


「セトシオ、お前も来なさい」

「いやです! すぐに協会かドクターケイオスに連絡してむかえに来てもらってください!」

「ではそれまで彼を放って、そこに突っ立っているつもりかい?」

「ぐっ……」



 広間から廊下を挟んで向かいの部屋は待合室か休憩室のようで、応接セットがいくつか並んでいる。アルフォートが一番奥の大きな長椅子に下ろされると、すぐにセトシオが駆け寄って来た。


「大丈夫ですかアルフォート? むかえを頼んでもらうので、少し休んでいてください」

「……大丈夫」


 ねばねばした結界はこの部屋にも及んでいるが、どうやら床に触れていなければそれほど気持ち悪くないようだ。長椅子は座面が広く、横にならなくてもじゅうぶん足を投げ出せる。クッションに体を預けてあらためて見回すと、数々のめずらしいものが目に入った。

 長椅子の前にあるテーブルは黒くつやつやとして、虹色に輝く鳥や花の模様が浮かび上がっている。近くにある同じデザインの小卓の上には大きなつるつるとした壺がのっていて、それにはあざやかな大輪の花が絵画のように描かれていた。おそらくどれも高価なものに違いなく、アルフォートの実家の城にも豪華な家具はたくさんあったが、それらとは趣の異なる品ばかりである。

 家具だけでなく柱や天井にも様々な装飾があり、窓には花を浮き彫りにしたような複雑な形の格子がはまっている。部屋の片側にも格子の仕切りがあって、その向こうは続きの部屋になっているようだ。


「ここはテシオールの領事館です」


 隣に座ったセトシオがテーブルの鳥の模様をなでながら説明してくれる。


「こういった調度品はテシオールの伝統工芸で、領事だった叔母様が他州の人を招いたパーティーなどでアピールするためにそろえた、最高級品なのだそうです」

「パーティーはほぼ連日行われて、州の利益より使い潰す予算のほうが大きかった」


 そう言いながらリューズも向かいの席に腰を下ろした。隠者のようなローブではなく濃いグレーのスーツ姿で、腰まである白銀の髪を後ろでひとつに束ねている。落ち着いた雰囲気だが、ソアンより少し若いかもしれない。

 彼が片手をあげて合図をすると、続きの部屋からマルセロが飲み物の入ったグラスを持って入って来て三人の前に並べる。そのあとにパトリシアと、はじめて見る数人の男女がつづき、全員がリューズの後ろに整列した。残りの弟子一同だろうか。

 セトシオは姿勢を正して、まっすぐにリューズをにらみ据えた。 

 

「おじ上、もういちどおたずねします。なぜあなたがここにいるのですか」

「ああ、別に騙していたわけじゃないんだが。改めて自己紹介をすれば、私はランデンサガ公の呪医であり、現在のテシオール領事でもある」

「……まさか、そんな」

「私の役割は内乱によりテシオールの体制を覆し、テシオール州議会とランデンサガ公をつなぐことだ。公が直接他州の議会を動かす訳にはいかないからね」

「では、すべて公の命令だったというのですか?!」

「個人的な理由がない訳でもない」


 以前のテシオールは州代表をはじめ、ほとんどの権力を旧領主であるテシオール家が握っていた。州議会は世界法に定められているから存在するだけのもので、テシオール家の血族が奢侈や私欲に走り専横を極めようと、それを咎める力を持たなかった。リューズの母は地方都市から出た議員だったが、テシオール公の目にとまって無理やり妾にされたのだそうだ。

 話を聞くうち、セトシオは顔をこわばらせて俯いてしまった。


「そういった実情を嘆いた奥様は、兄である先代のランデンサガ公に何度も訴えておられたのだが」

「おばあ様が……?」

「他州の政治に口出しをして、もしも争いに発展すれば、世界法に触れて天罰が下る。広く知らされてはいないが、世界法とは帝国時代初期の皇帝が世界を縛るためにつくった、一種の呪術だそうだ。しかもそれは、皇帝のいない今の時代でも効力を失っていない」


 『革命』の後、円卓会議が『国』や『領』などの各領地の呼称を『州』に統一したさい、世界法の原典に記されている文言も、ひとりでに書き換わっていたという。同様に、新たな法を制定したり、条文の改正や削除を決定したときにも自動更新されるので、世界法が「活きて」いることは明らかである。

 ただ、天罰がどのようなときにどのように下るのか、詳しいことは分からない。伝えによれば、領地全土を金色の光が覆い、人も街も農地も何もかもを飲み込んで消え失せ、あとにはただ山や平地、川などの地形だけが残されたとのことだ。


「だから、問題は必ず円卓会議で話し合わないといけないんですよね?なのに大公はなぜそうしなかったのですか?」

「妹の嫁ぎ先とはいえ、ランデンサガが何らかの被害や迷惑を被った訳ではないからだろう。それよりもノーブルにとって重要な事は、コモンの州代表を増やさない、できれば排除することだ。そこで当代のランデンサガ公は、私を使ってテシオールで検証実験することを思い付かれた」

「それはどういう……」


 長い話がつまんなくなったアルフォートには、セトシオたちの声がだんだん遠く、聞こえなくなっていった。代わりに音楽とざわめきが近づき、辺りの様子が変わる。

 どこからか淡い人影がぽわぽわと現れ、続きの部屋へと入っていく。いつの間にか開いていた仕切りの向こうは広いパーティールームで、料理をのせた円テーブルがあり、バーカウンターがある。フロアにも、窓側に並ぶ座席にも人影が点々といて、さわさわと会話しているようだが言葉は何も聞き取れない。

 それらには顔も無かった。

 ふいにすぐ近くから、アルフォートのよく知る声がしてハッと振り向く。


「かあさま?」


 長椅子の隣にいるのはセトシオではなく母だった。

 事故にあって亡くなったと聞かされたけれど、違ったのだと思ってうれしくなった。

 膝に乗って甘えたい。けれど夢の中で歩こうとするときのように、思ったように動けない。


「かあさま、かあさま」


 呼びかけるけれど、母はこちらを見てくれない。

 対面にはリューズではなく、誰か別のおじさんが座って話をしているし、あまりしつこくすると怒られるだろう。

 リューズはおじさんの後ろに控えていて、弟子一同とセトシオはいなくなっていた。


「ええ本当に、つとめを果たせず申し訳ないと思っています。すべてわたくしの責任です」


 母の言葉ははっきりと聞こえる。


「ですからどうか、夫を殺してくださいませ」

 

 


 

  


 

 

 


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