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小さな世界③

「それで師匠、宿舎ではおやつが出たんです」

「……何ですか?」

「おやつ」


 アルフォートの小さな世界は、また少し拡がった。

 宿舎の部屋替えでセトシオの部屋には新しく四名が入った。といっても、みな顔見知りの先輩たちであり、しかもそこにアルフォートを加えた六名が、いま研究所にいる男の子全員である。

 今日は六人とも同じ講義だったので、そのままアルフォートも皆が宿舎へ帰るのについて行き、一緒に課題を済ませてきたのだと自慢げに語っている。


「そういえば、君も本来ならまだ宿舎ですごしていたはずですから、供給を受ける権利はあるのでしょうね」

「じゃあどうして、うちではおやつ出ないんですか?」

「宿舎で出るからでしょう」

「そんな……!」


 アルフォートの師であるソアンの自宅は、コーダリー州都ブランチュールにある高級マンションで、もともと旧領主コーダリー家の侍医として拝領したものである。

 その職を辞した後も引き続き居住しているのは、ひとえに、研究所での教育を終えて弟子となる子供を受け入れるのに最適であると判断したためだ。

 なにしろ高級なマンションなので、ハウスキーパーとクリーニングサービスは当然付いている。別棟にはレストランやカフェがあり、宅配での利用も可能。生活上の面倒は何ひとつないはずだった。

 ところが実際は、まだ教育も終えないうちに引き取るはめになり、このように、おやつだとか送り迎えだとか予定外の面倒事ばかり持ち込んでくる。


 そもそも、みかけによらず資質に恵まれた弟子である。

 彼があっさり解呪してくれた『開かずの間』の封印は、コーダリー家の呪医歴代で維持してきたものであり、『念』をよりあわせた不可視の糸で術印そのものを編み上げるという超難度の術である。ソアンには全く再現できそうにない。

 さらには、送り迎えのために転移の術を行えば、彼はその場で体得してみせた。

 たとえて言えば地中を流れる川に安全な舟を浮かべる、というような術なのだが、『地脈』と呼ばれるその「流れ」をソアンは知覚できないし、発動すればすぐ完了するので何を見る間もない。

 しかしアルフォートには地脈が見えるらしい。

「ちょっと目をそらすだけ」だと本人は言うが、なるほど、以前から目の焦点が合っていないボーっとした子供だと思っていたのは、何処か別の世界を見ていたからなのか。



「弟子よ、交流も結構ですが、私が最初に言ったことを忘れてはいないでしょうね?」

「はい、わすれてません」

「何のことか言えますか?」

「気をゆるさず、手のうちをみせず、きちんと話すです」

「よろしい。それから、移動の際は必ず呪符なり呪言を使うこと。なくても出来るといって疎かにしていると、思わぬ事故やチカラの暴走をまねくおそれがあります」

「はい、承知しました」


 言い付け通りの返事だが、見るからにうわのそらで、まだ何か言いたそうにそわそわしている。

 ソアンはひとまず頷いて席を立った。


「あの! 師匠!」

「何ですか」

「休みの日のぶんのおやつはどうしたらいいですか? 宿舎に行ってもいいですか? できればうちでも食べたいです!」

「……」


 その後、ダイニングのテーブルから居間に場所を移して、長い説教の夜が更けていった。



          ◇



「オレもう、こっちに戻ってこようと思うんだ」


 翌日、宿舎の食堂で、アルフォートはセトシオに愚痴をたれていた。

 おやつはカヌレと、甘くて温めのミルクティー。順次講義を終えて帰ってきた子供たちが、思い思いにティータイムをすごしている。

 年長のルームメイト達は隣接する大ホールでゲームに興じているらしく、ときおり歓声と、静かにしてと怒鳴る女の子達の声が聞こえる。


「だってさ、きみはいったい何を聞いていたのですかって言うけど、話を聞いてくれないのは師匠のほうだし! それに、食器が気になってチラッと見ただけなのに、よそ見するとは何事かって!

でもすぐに流しに持って行かないと汚れが落ちにくくなってハウスキーパーさんに迷惑なのに、いっつもほったらかしのままなんだよ! この前なんか床にこぼした水をバスタオルでふいてそれをソファーに」

「まあ落ち着いて……」


 一般に、徒弟とは師のために様々な雑用をこなすこともあると、セトシオは聞き知っていた。

 しかしアルフォートの訴えるところによると、ソアン・ケイオス師は横のものを縦にもしない怠惰な生活者であるにもかかわらず、弟子に対しては厳しい要求をする矛盾した人物であるらしい。

 彼は師を信頼できないのだろうと思われる。


「やっぱ決めた! 今日からどっか空き部屋に閉じこもる! そんで師匠にバレても帰んないことにする!」

「えっ?……ちょっと、アルフォート?!」


 勝手に宣言して駆けだしていくアルフォートを、セトシオはあわてて追いかけた。

 カウンターでトレイを返し、食堂からホールへと出る。


「空き部屋っていったって、勝手に使えないでしょう? きっと鍵もかかっています」

「大丈夫! オレそういうのとくいだから!」


 広いホールの壁際の一角には背の低い本棚が設えてあって、その周りにはクッション付きのベンチもある。そこを占領していた女子が一斉にこちらを睨んだ。たぶん男子は追い出されて部屋に戻ったのだろう。

 食堂の左右に通路があり、向かって左が女子、右が男子の部屋の並びである。二人は急いで右側の通路に逃げ込んだ。


 男子部屋は全部で五つ。いちばん手前がセトシオ達の部屋で、アルフォートはそこにしか入ったことがないが、三つめまでは同じ造りの五人部屋、あとの二つは三人部屋だそうだ。

 その二つ目から奥に向かって一つずつ、ドアの取っ手を引いたり押したりしてみるが、やはり施錠されていて開かない。

 ただ不思議な事に、ドアには鍵穴もテンキーも付いていない。あると思っていた結界などの呪術の形跡も見当たらなかった。


「去年、セキュリティの不備とかで関係のない人が迷い込んだことがあったでしょう? あのあと、小ホールのドアだけじゃなく僕たちの部屋も、消灯時間になったら自動的に鍵がかかるようになったんです。

事務室で制御しているので、緊急のときはインターフォンで呼び出して開けてもらうことになってます」


 まさかのハイテク。

 しかも、そうなった理由には心当たりがある。

 もみ消されているようだが、昨年、アルフォートを連れ出しにきた者達は、例の研究所とつながるドア――それは大ホールに付随する小部屋にあるのだが、そこから堂々と入ってきたのだ。


「あの……、もしかしてハッキングが得意とかじゃないですよね?」


 取っ手を握ったまま固まってしまったアルフォートに、セトシオは声をひそめて訊ねてみた。


「ハッキングってなに?」


 くるりと振り向いたアルフォートが、普通の声で聞き返す。


「いえ、とにかくです。宿舎に戻るのを希望するなら、まずお師匠様に話をして許可をいただくべきではないでしょうか」

「そんなのどうせダメだって! またお説教されるだけだもん!」


 頑なな態度に戻ったアルフォートはドアの取っ手の上部に触れる。そこは手前にスライドする蓋になっていて、開いた所に二つの四角いボタンがあった。

 それを、左右左右左左右右両方、と押すと―――


 カチャリと軽く、ドアは開いた。

 

 

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