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小さな世界①

 セトシオはアルフォートの二つ上で、研究所の子供たちの中では最も歳が近かった。幼いながら自分の身の回りのことは一人で出来、礼儀正しく大人びた物言いをする。

 そのよそよそしい感じに、アルフォートは何故か親しみを覚えていたけれど、ほんのひと月程で宿舎を出ることになったため、大して仲良くもなれなかった。


「あ、そうか、ドクターに似てるんだ」


 生家の侍医であり、近く師となり養父となる予定のソアン・ケイオスに連れられ故郷に戻るとき、アルフォートはふとそう思って口に出した。

 問うてくる目に答える。


「同じ部屋にいた子だよ。他の二人は大きいし、マリーみたいにえらそうなんだ。やっぱ、だれとも友達にはなれなそうだと思って」

「初等科に通うのとは違うと言ったでしょう? 気を許さない、手の内は見せない、話し方はきちんと。貴方はその子を見習うといいでしょうよ」

「えー」

「返事をするならはい、もしくは承知しましたと言いなさい」

「ハイ、モシクハショーチしました」

「……わざと言っているのでしょうか? そうでないなら少し程度を下げて教えなければ」

「わざとです!ごめんなさい!承知しました!」


 違った。セトシオはたぶんこんなにうるさくない。と、アルフォートは考えを改めた。



 年にゼロから数名が見い出される、異能力を持つ子供たち。彼らはまず、首都州州都ジーンベルツにある柊協会本部の研究所に集められ、初等科教育のかたわら呪術の初歩を学ぶ。

 その後は師について呪医として独り立ちを目指すか、そうでなければ協会職員として呪術の継承と研究、後進の教育、事務作業などに従事するかのどちらかであろう。

 彼らを呪医と呼称するのは、祖先である皇帝の一族が戦乱の世にあって世界をめぐり、独自に調合した薬を売り、あるいは呪術による治療行為を提供していたゆえであるという。


 アルフォートの場合、既に進路は決まっている上、母親が息子を取り戻そうと暗躍して各方面に迷惑が及んだこともあって、早々に師の元へ引き渡されることになったのである。


「さて、これからは日々研究所へ通うことになりますが、何らかの転移の術は習得していますか?」

「まだなんにも習ってません」

「では、こちらの符を二枚の紙か板に写し、一方を此処に、もう一方を」

「ぼくはまだ五つだから、ドクターが送りむかえしてください」

「……………………」

「そんなにイヤなんですか?!」


 彼には、他者には見えざるものを見るチカラがある。自覚しながら親や姉にも黙っていたが、いざ発覚してみると彼の世界は拡がった。

 何か大きな力で街ごと覆われている感じのするジーンベルツ、複雑な結界がいくつも仕掛けられている柊協会。円卓議場とその周辺にも面白そうなものが無数にある。

 何より、自分はただお化けが見えるだけではない。もっと様々なことが出来るようになるのだ。


 一日はあっという間で、ひと月もすぐに過ぎる。けれど一年間は、前よりもずっと長く感じられた。

 やがて、一般の子供が初等科学校に通い始める年齢である六歳になり、送り迎えの必要が無くなった頃、アルフォートはセトシオから突然の念話を受けた。


『アルフォート、きみと二人だけで話したい』


          ◇


 ドキドキしながらアルフォートが講義室を出ると、少し先で待っていたセトシオが横に並ぶ。


「ランフォアの弟子入り先が決まって、今朝移動して行きました。部屋替えがあるまで僕ひとりなので宿舎で話しましょう」

「ランフォアが? じゃあコタも?」

「コタは研究員として残るので、個室に移りました。聞いていませんか? ドクターケイオスに志願してお断りされたこと」


 ランフォアとコタは当初同室だった子たちである。年長の彼らには講義で会うこともほとんどなく、宿舎を出たアルフォートとは接点がなくなっていた。そうでなくともアルフォートには友人がいないのだが。

 なので彼らの状況の変化もさりながら、そこに師の名前が出たことにも驚いてしまった。


「し、知りません、デシタ」


 本部一階ロビーのたくさんあるドアのひとつが、別の場所に建つ宿舎に通じている。

 このドアが自宅にあればと思うところだが、通勤通学の利便と引き換えるには面倒くさすぎる呪術が使われていて個人向けではないそうだ。


 アルフォートは少しだけ懐かしい子供部屋を見回す。居室の床はふかふかのマットが敷きつめられているので、前室で靴を脱ぐ決まりなのを思い出した。

 広い部屋は青空と樹木と星空の描かれたパネルで三つに仕切ってあり、それぞれ勉強部屋、プレイルーム、寝室となっている。机やベッドが五つずつ並んでいるが、使われているのは一組だけだ。


 セトシオが途中、食堂でもらってきたジュースをトレイごとプレイルームのマットの上に置き、転がっていたカラフルなクッションを引き寄せてアルフォートを招いた。


「ドクターケイオスはコーダリー家の受け皿で、今はきみがいるから外から弟子は取らないと聞きました。けれどコーダリーは……」

「ん、気にしないでいい、デスヨ?」


 セトシオが言葉をにごしたのはアルフォートの両親であるコーダリー夫妻が昨年、事故でこの世を去ったからであろう。

 パパママっ子の姉マリーは暫くショック状態だったそうだが、アルフォートは葬儀にも出ていない。何故なら彼のほうが先に死んだことになっているからで、柊協会にいる者は皆、同じようにして家族と別れている。セトシオもそうだろう。


「ひょっとしてセトシオもウチの師匠に弟子入りしたいの?」

「えっ?……ええまぁ、優れた術者であるドクターケイオスに師事したい人は多いでしょう」

「そうなんだ」

「けれど、契約先を失ったまま、新しい弟子も入れないのなら、引退を考えておられるのかも知れません。アルフォート、きみは将来どうするつもりですか?」

「えーと、まだ別に……」


 何も考えていないふうを装って、アルフォートはズルズルとジュースを飲み干した。

 何も考えていないのは事実だが、先のことは決まっている。ただ、開かずの間とその住人に関しては口外不可なのだ。

 その僅かな隔意を感じ取ったのか、セトシオは視線を落とした。


「すみません。ぶしつけなことを訊きました」

「あっ、あのさ、実はぼく、師匠からきみを見習えって言われてて、でも言われるとスナオにやりたくないっていうか、そのう……。

本当は友達になりたかったんだ……です」

「あ……」


 人生初の恥ずかしい場面に、地脈にもぐりこんで帰りたいアルフォートだったが、宿舎の結界にそれを阻まれる。

 さいわいセトシオは年上の余裕を見せて、彼の告白を受け入れてくれた。

 翌日からは、朝会ったときに「おはよう」と言える間柄になったのである。

 


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