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すり合わせ

 カウチソファーに寝たまま天井に向かって空しく手を伸ばしたオレを、シュガーさんが覗き込んでいる。

 金糸混じりの白い髪に陽光が射していて、もう夜が明けているのがわかった。


「フーちゃんて誰? 女?」


 そんな、浮気をとがめるような言い方をされる謂れはない。


「フーちゃんは半人前の女神様だから、一丁前になるために習い事に行ってしまったんです……」

「ふーん。ところで昨夜君が意識不明になっちゃったから、マリーに電話してソアンを呼んだんだ。昔の出来事が原因でケッペキ症なんだってね。ごめんね?」


 「ふーん」で流された。潔癖症じゃないし。

 ムッとして起き上がると先輩たちはもういなくて、室内はきちんと片付けられていた。寝起きであやふやな記憶を回復しながら見回していると、盛大に腹が鳴った。


「タルトとプリン、君の分は残ってるよ。それとキッシュとかあるけど?」


 誘導されるままリビングのソファーに移動するとササッと軽食が並べられ、カフェオレをすすりながら昨夜の話を聞く。



「リルベルによるとね、ジャックはマリーがエリーゼの娘とは知らずにひと目惚れしたんだってさ。

昔からおっぱいの小さい子が好きなんだよ、彼は。リゼは大人になったらそれなりにアレだったけど、マリーは全然つるぺただもんね」

「見たんですか?」

「大体わかるでしょ」


 大体わかるらしい。

 重役が座るようなごてごてした肘掛け椅子に、深く背を預けているシュガーさんから大物感がただよう。

 

「で、さすがに諦めるつもりだったジャックをリルベルがたきつけて、何度かゴハンに誘ったり職権乱用したりしてみた。んだけど、マリーはただの冗談だと思ってたみたいでさ。

進展の無さにリルベルがヤキモキしてたら偶然ソアンを見かけて、ぶっちゃけて相談したんだって」

「偶然師匠を見かけるってのは結構レアな事ですが」


 師匠はオレの面倒を見に来るついでに、リルベル女史の要望に応えて縁談をまとめ、しっかり州代表との新規契約まで取りつけていた。

 先輩の返事は「結婚はお付き合いしてから考える」との事で、ひとまず付き合うことになったようだが、「もうすぐおよめにいく」と、女神様のお墨付きがある。

 親子ほどの歳の差とか前州代表の娘とか、騒がれる要素は多いので師匠の守りがあれば安心だ。たとえ先輩が生涯独身でも陰ながら守る、という父ロイスとの契約もあったはずだし。


「そういや、あんたはロアンヌ氏とも昔からの知り合いだったんですね」

「前は僕、お城の奥の庭と北の森までなら出歩いても良かったから、そこでたまたまね」


 プロジェクト準備室で会ったとき、ロアンヌ氏は開かずの間のことは知らなかったはずだが、しらばっくれていたようだ。


「でもソアンがドクターになってからはずっと外出禁止だけどね。ここ十年ほとんど放置した上、死んだふりされたけどね」

「そのせつは」

「だから信じらんないんだよ! アルはお熱を出すと肌が荒れる体質で、毎日ソアンが保湿クリームをぬってあげてた、なんてさ!」

「……なぜそれを」

「マリーから聞いた。彼女は寄宿学校の面会日に、君の日常報告ばかり聞かされてウンザリしてたんだって」

「あぁ、先輩には聞かせられない事が多々あるもので」

「それって……」


 シュガーさんは、重役椅子の背からおもむろに身体を起こし、真顔で言う。


「エッチなこと?」

「違います」


 「な〜んだ」と、再び椅子にふんぞり返り、脚を組み直すしぐさが無駄にカッコいい。


「例えば、オレが誘拐されかけて、その首謀者がエリーゼだったとか」

「リゼが……?」


 柊協会には見習い呪医の教育を兼ねた研究所があって、オレも最初はそこへ放り込まれていた。結界があって関係者以外立ち入り不可能なそこで、オレは何度か連れ去られそうになったのだ。

 調べたところ、息子が不当に略取されたと主張するエリーゼが、親交のある旧領主家から契約呪医を借りてオレを取り戻そうとしていたそうだ。

 その時は、母親だから仕方がないと父が不問にしたらしいが――。


「これは師匠も知らないことだけど、事故を装って父を排除しようと考えたのもエリーゼだよ。後に別件でかどわかされたときに、何人かリーディングした記憶が一致してた」


 『過去のリーディング』はモノや場所にまつわるイワク、インネンを読み取る技能で、オレの得意分野のひとつである。

 直接触れることで人の記憶も読み取る、というより『視る』ことができる。

 直接、触れる、ことで。


「ただし、計画を実行して二人とも始末したのは他の誰かで、それを特定する前に意識がなくなった」


 師匠の過去はリーディング済みだったし、少なくとも『他の誰か』は師匠ではない。しかし詰めが甘いと怒られるのも嫌なので、あんまり覚えてないことにしといたのだ。


 

「……きっとリゼは、どうかしてたんだよ。ほんとに、みんなに優しくて頑張り屋さんだったんだ」


 しばらくして小さく呟いたシュガーさんに、そっとプリンの権利を譲ってみる。


「心配しなくても、マリーにも言ったりしないよ」


 ちゃっかり受け取った彼に無言を返しながら、オレは昔のことを考えていた。

 あの時、プリンのタルトの上にかかったカラメルソースが、やけに苦かったこと。





 

 


 






とっちらかっておりますね。


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