輝きの次界②
「冗談ではないし、ハラスメントでもない。返事はいつまででも待つ。だからまずは聞いてくれ」
ジョー・ジャック・ロアンヌ氏(52)が先輩(25)にプロポーズした時点でオレは完全に目が覚めた。
ぐっすり失神していたはずなのに、あんまり眠れた気がしないのは、人がいっぱいいてうるさかったせいに違いない。何やら込み入った話をしてるのを、うつらうつらしながら聞くともなく聞いていたのだが……。
「二年前、秘書室の新人のなかにコーダリー家の息女がいると聞いてはいたが、それが君だとは知らなかった」
うす目を開けて見るに、さっきまでミーティングが行われていたソファーの所には、ロアンヌ氏と先輩の二人だけだ。先輩はポカーンとした顔で、今まさに口説かれつつあるのに気付いているのかいないのか。
少し離れたバルコニーの窓の前でシュガーさんと内緒話をしているのが、先輩の上司の秘書室長だろう。州代表の演説や会見の映像でチラッと見た記憶がある。
白いパンツスーツの似合うスレンダー美人で、お歳を感じさせないサラサラの長い黒髪は、ゴージャス金天パーの師匠のお姉さんとはとても思えない。
師匠はどちらかというと、もう一人の姉であるエリーゼによく似てるんだが、さすが先輩、やっぱり全く気付いてなかったようだ。
そして察しの良いオレは、この場はいわゆるお膳立て、「あとは若い(?)お二人で」というやつだろうと推測する。
何故、今、此処で、なのかは知らないが、さっきから本棚にもたれて気配を消している師匠がこっちを睨んでいるので、大人しく狸寝入りを続けたほうが良さそうである。
「にいさま、やっとおきた?」
あっちで目を閉じ、こっちで目を開けると、そこにはフーちゃんがいた。
キンキラした上も下も無いこの空間は、地脈とか気脈のようなものだろうか。実はよくわからない。寝ていたはずだが起きた瞬間、立ってる感覚に変わった。
思えば久しぶりに会った気がするフーちゃんは、最初に迷子になっていたときのような不安げな顔で、オレの指をちっちゃい両手でにぎっている。
ここではオレの嫌悪症は適用外だし、人間以外なら別に平気なのだがそんなことは今どうでもいい。
だって「にいさま」って!
弟とか弟子とかの属性しかなかったオレが「にいさま」って呼ばれましたよ?!
「フーちゃん……!」
「にいさま、わたしね? わたしがなんでいるのかわかったのです」
オレは感動のままにフーちゃんを抱きしめようとした。しかし彼女はオレの手をさらにギュッとにぎりしめて訴える。その真剣な様子に、オレの感動が少ししぼんだ。
「わたしはビエネッタのねがいにより、エリーゼを守るためにうまれました。なのに……、なんてふがいない神でしょう」
つたないながらも一生懸命に背伸びした言葉で、フーちゃんは話してくれる。
何代か前に他州からコーダリー家に嫁いで来た花嫁が持参したお人形、それが彼女の本来の姿だそうだ。
花嫁が幼い頃から大切にしていた人形だったため、その後も娘や嫁へと受け継がれ、ビエネッタばあちゃんも人形を自室に飾って日々話しかけたり、お祈りをしたりしていたらしい。
そして、体の弱いひとり娘の守り神になっておくれと願いを込めて、エリーゼに手渡した。
もともと特別な人形だったのか、異能力者が出やすい旧領主の家系ゆえなのか、とにかく彼女の意識は芽生えた。しかし、エリーゼがそれに気付くことは無かったのだろう。
「わたし、しばらくはぼんやりしてて、やっと目がさめたのは、にいさまがおじさまを館につれてきたときで、でも、もうビエネッタもエリーゼも、どこにもいなかったの……」
おじさまというのはウザオのことらしい。
なんと、フーちゃんの本体である人形は、ウザオのいる新館の、昔エリーゼが使っていた部屋にそのまま放置されているそうだ。
早急に保護する必要がある。
「それでね、エリーゼの子供であるにいさまはあのお方のものだし、マリーはもうすぐおよめにいくでしょ? わたし、あたらしい子供がうまれるまでにあのお方のもとで、えっと、しゅぎょー? をしたいのです」
「しゅぎょーって、修行?!」
「そう! もうお申しこみしたの! にいさまがもとに戻ったらおいでって! わたし、じゃなかった、わたくし、しっかりとしたまもり神になるために行ってまいります! にいさまありがとう!」
ぱあっと笑顔になったフーちゃんが、得意そうに言ってオレの首元にギュッと抱きついた。それからキラキラ光って手を振りながら、周囲の輝きと同化するように消えていく。
「フーちゃん?!」
あわてて手を伸ばしたときにはもう遅かった。
「フーちゃあああ――――――ん……!!」
叫びながら目を開けると、朝だった。




