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会合

「マリーの言う通り、ひとりっ子であったエリーゼ様は、跡取り娘としての自覚を早くからお持ちだったようです。その背景にはコーダリー家二代にわたる存続の危機がありました」


 ドクターが本でも朗読するように話し始め、皆が声の方へと目線を上げた。 


「先々代のビエネッタ奥様は、かつて流行り病がコーダリー州を襲った際に他のご兄弟を一度に亡くされ、それゆえ分家から婿をむかえて家督をお継ぎになりました。しかし、第一子であるエリーゼ様をご出産後に体調をくずされて、第二子以下は望めず、その上、エリーゼ様は先天性の心疾患を抱えておいでだったのです」


 そう、母は生まれつき心臓に穴が開いている病気で、手術をすれば治る見込みもあるけれど、万が一を考えると出来なかったそうだ。

 それ以前に祖母も只一人の跡取り娘だったなんて、今まで知らなかった。祖父母は別棟で暮らしていたし、あまり会うことも無かったから。


「ロアンヌ閣下のお話しの通り、大事をとって初等科学校にはあまり通えなかったエリーゼ様ですが、その後も通信課程や講師を招いての勉強と、医師の指導のもとでの体力づくりをお続けになりました。そうして十五歳におなりの頃には、州庁での事務方のアルバイトに、日々通えるほどになられた。そのような折、お父上の大公閣下があろうことか、自身の愛人と庶子の存在を明らかにしました」


「え……? ちょっと待って? そんなの聞いたこと無い……」

「てより、元はダブル不倫だったんだ。大公様の秘書だった私の母は、弟が生まれてすぐに父と別れて出て行ったからね」

「室長?!」


 リルベル室長がさらりと訳の分からない事を言う。あわてて閣下やドクターを見回してみれば、分かってないのはわたしだけのようだ。 


「庶子は当時十歳になる男子。それをビエネッタ奥様と養子縁組をして跡取りに、との旦那様の提案でした。結果的には呪医としてお仕えすることになったのですが」

「ほう、つまり、ソアン氏はエリーゼだけじゃなくてリルベルとも姉弟だと。何だそれ怖ぇよ偉い人!」

「まあな……。尤も私は親の離婚後、寄宿学校に入って一度も帰郷しなかったから、ずっと後になって知ったんだ。

そん時はもうとにかくムカついて、大公だか何だか知らんがボコボコにぶん殴ってやるつもりで官邸へ乗り込んだんだけどさ、その頃秘書官をしてたエリーゼに泣いて謝られちゃって」

「エリーゼ様も当初は傷つき、大変に憤慨なさっておいででした。私との関係においても多少の軋轢があったことは事実です。

それ故、私は疑っていました。エリーゼ様とロイス様が亡くなられたあの事故は、エリーゼ様の故意によるものではなかったかと」


 今まで話さずにいて申し訳ありません。と、ドクターがわたしに頭を下げた。

 突然知らされた複雑すぎる家庭の事情についてはまだ思考停止中だけど、最後のドクターの告白はわたしの疑惑と一致する。


「さっきもマリーとその事を話していたんだけどさ、君が言うからには単なる憶測ではなく何か根拠があってのことだろうね?」

「……事故の少し前からロイス様とエリーゼ様の間には、シュガルド様の処遇をめぐって意見の対立がありました。しかし――」


 ドクターは言葉を切って、タルトをつついているシュガー様に視線を向けた。


「だってさ、ロイスは僕をジーンベルツへ連れてって円卓会議で話し合うって言うんだよ? それじゃあ結局前みたく、弄りまわされたり切り売りされたりするに決まってるでしょ? そんなの絶対やだって言ったら、リゼは僕の味方になってくれたんだよ」

「じゃあ黒幕はてめぇかよ、シュガー」

「いいえ、御夫妻を殺害した犯人は、柊協会に属する数名の呪医。詳細は明かせませんがいずれもノーブル、つまり旧領主家と繋がりのある者たちでした」



「殺害か。言い切ったね」


 少しの沈黙を破って室長が息をつく。


「それで俺やリルベルまで呼ばれたってわけか」


 ロアンヌ閣下はお茶を一口飲んで、冷めていたのか眉をしかめた。


 円卓会議は四十九州の代表が集う世界の統括機関だけれど、ここ数百年のうちに多くの州で民主化が進み、州民の中から選出された代表者が多数を占めるようになっている。そんな中、帝国時代からの旧領主で今も代表を務めている方達は、自分達を『ノーブル』、それ以外の州代表を『コモン』と呼んで区別しているのだそうだ。

 その『ノーブル』の方々が両親の死に関係しているとの事で、ドクターと閣下と室長の間にはさっきから張り詰めた空気が漂っている。

 でもわたしはとても安堵していた。


 だって、居眠り事故や無理心中なんかじゃなかった……!!


「その者達の目的は最早不明ですが、少なくとも世界法の下でコーダリー州及びロアンヌ閣下に直接の手出しは出来ません。あるとすれば内乱の種を蒔くこと。――アルフォートを取り込み、両親殺害の罪を貴方にきせる。およそその様な筋書きだったかと」

「そいつを見破って阻止してくれたのか? んな親切じゃあないよな柊協会上層部」

「アルフォートが連れ去られた先で、その者達の記憶を見たのだそうです。私が見つけたとき、あの子は今のように意識を失い倒れていて、その場にいた他の人間は全て死亡していました」


 再びみんな黙り込む。

 今度こそ全員初耳、訳が分からないのはわたしだけじゃないはずだ。


「連れ去りって、死亡って、アルが? ……まさかころ」

「詳細不明です。当人も暫くは自失状態でしたし、今では何も思い出せないらしいので、聞き出そうとはしないでやって頂きたい」


 いつ何があったのかさえ、ドクターは話してくれない。

 ただそれ以来、アルフォートは人に触れると相手の記憶が見えると言い、ドクターが着替えや歯磨きやお風呂を手伝うのも嫌がるようになったそうだ。本来ならば、忌避するよりは修練を重ねて身に付けていくべきチカラなのだとか。


「ソアンばっかりずるいよ。僕もアルがちっちゃい頃から一緒にいたかったなー」


 反抗期の弟を想像していると、シュガー様が新しいお茶を淹れてきてくださった。恐縮しつつも、お茶の良い香りと温かさで心がじんわりと和んでいく。

 何故かドクターとロアンヌ閣下はイヤそうな顔で、それぞれあっちを向いているけれど……?


「話を戻しましょう。つまり同様の事は今後も起こり得る。そして仰る通り、我々はそれほど親切ではないのですよ。代表閣下」

「わかった、契約する」


 スッと、ロアンヌ閣下の強い視線がこちらへ向いた。


「マリー・トゥーレザン、君が困惑するのは承知の上で言う。

オレと結婚してほしい」


 ―――……? なんて言ったの?


 





 

  


 











 

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