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開かずの間

 幼い頃住んでいた城には、いわゆる『開かずの間』があった。

 何代か前の城主が、領地に災い成す悪鬼だか悪霊だかを封じ込めたのだと言われていて、その扉は大きな鉄の錠前と呪術によって、今も厳重に閉じられている。

 ――そう、呪術によって。それが解るのが、紛れもない才能だった。


 ある晩、オレは姉に連れられて開かずの間の探検に向かった。扉の手前まで来ると、模様編みレースのような幕が一枚、廊下を遮るように垂れている。

 他の廊下にそんなものは無く、これは自分にしか見えないモノなのだと、その当時からオレには解っていた。

 城には所々に奇妙なモノ――無意味な柱とか、雑多なサイズの動く毛玉などがあったり居たりするのだが、家族や使用人たちは時々、それにつまずいたり頭に載せたりしていながら気付いていないらしいのだ。

 外から来る客の中には何かに怯える素振りをする者がいたが、それは城が古くて不気味だからだろう。何もなくても怖がっているんだから。

 ともあれ、それら変なモノの多くは人の生活とは無関係に存在するものだが、開かずの間のレース編みはそうではなかった。


 姉はレース編みの前で立ち止まったまま、一歩も先に進めなかった。

 怖がっているのではなく、ただ固まっているようだ。業を煮やしたオレが足を踏み出すと、パチッと静電気のような刺激に弾かれた。

 目を凝らすと、レース編みには誰かの思念――色や音や熱などあるがこのときは透明の糸状のもの――が絡んでいて、どうやら人を寄せつけないための仕掛けなのだと理解する。

 意図的に仕掛けられた呪術を見るのはこれが初めてで、ちょっと面白かった。

 直感に従って、込められた思念よりも強い意志を向けて引き剥がすと、レースは端からほどけて消えていった。 

 

 だがそれ故に、オレはたった五年の人生を、その日で終えることになる。

 なぜなら、呪術や異能力の類はこの世には無い、とされていて、異能者は見つかり次第処分されるからだ。


 まあ、別人として生きている訳だけど。



          ◆



 わたしの名前はマリー・コーダリー。森とぶどう畑が広がるこの美しいコーダリー州において『革命』以前から続く領主の家系に、理知的でハンサムな父様と、公平で愛情深い母様の娘として生まれ、育まれたことはわたしの誇り。

 だからこそ、それを鼻にかけたり傲慢にふるまったりなどした事はない。でも、学校ではなかなかお友達もできなくて…。

 仕方なく――というわけじゃないけれど、家に帰って勉強を終わらせた後はずっと弟と遊んであげている。五つ年下の弟はぼんやりしていて、こんなじゃ将来、領主を継げないんじゃないかって心配になるような子なんだもの。

 いざとなればわたしが頑張って、後継ぎになるしかないかもって考えることもある。


「マリーにこれ以上つらい思いをさせたくはない」


 ――眠る寸前、父様の声が聞こえた。


「でも…、せめて初等教育を終えてからではいけないの?」


 母様の声。ふたりは二階のリビングにまだいるはずなのに、すぐそばで話しているようにはっきりと聞こえる。

 弟が生まれて、わたしはひとりで子供部屋で寝ることになって、その頃からこういうことがたまにある。不思議に思いながらも、聞いているといつも安心して眠れるようになった。


「私は立場を退くことはできない。だが州議会はそれを、地位に固執するが故と断じている。ましてや悪霊を封印などというおとぎ話を信じる者は、最早いないだろう」

「いっそ本当のことを明かして、彼らに押し付けるってわけには…いきますまいね」


 これは主治医のケイオス先生?

 両親以外の声が聞こえるのは初めてだ。


「あれをどうにかできる程の力があれば良いのですが」

「それこそ災厄だよドクター」

「そうでした…お忘れを」

「彼に関しては円卓のほうへ掛け合おう。最初からそうするべきだったんだ。マリーは先に首都州の寄宿学校へ編入させる。だからエリーゼ、彼女の説得を頼んでいいかな?」

「ホネの折れることだと思うけれど…、仕方がないのね」


 ――何の話…?

 ふたり、いえ三人の会話の意味がぜんぜん解らない!

 学校でシカトされているからって他州に転校なんて、しかも寄宿学校って、わたしひとりで?!

 父様のお立場とかおとぎ話とか、それとこれと何の関係があるの?!――本当のことって何?!


 …そうか、

 お城には入ってはいけないお部屋がある。

 西側の棟の一番上、ご先祖様が悪霊を退治して封じたという言い伝えで、こわくて行ってみたことはないけれど、お城の北の森から見えるその部屋の窓がときどき開いているのをわたしは知ってる。

 窓の中にいるのは、きれいな白い王子様みたいなひとで、目が合って手を振り返してくれたこともあるし、お化けなんかじゃない。

 きっと複雑な事情があって、そのせいで父様たちは困っているんだと思う。

 彼に会って話を聞けば――


「起きてアルフォート!起きろってば!夜の探検に行くのよ!」


 はやる気持ちのまま弟を起こして連れ出した。こわいのも忘れて暗い廊下と階段をずんずん進む。角を曲がったつきあたりに大きな両開きのドアが見えてきた。

 けれどドアには、大きくて重そうな鎖と鍵が取り付けてあって、わたしは絶望して立ちつくしてしまった。

 それで…、どうしたのだっただろう…?

 

 そう、鍵も鎖も古かったのか、弟がさわると壊れて取れてしまって、ドアをノックしてみると中から王子様が開けてくれたのだった。

 

「だれ?」

「あっ、あの、わたしはマリー、こっちは弟のアル。あなたは?」

「シュガーだよ」

「夜分にごめんなさい、シュガー。わたしはあなたに――」


 ――何か言おうとした、ちょうどそのときに父様たちが駆けつけてきて、わたしたちは引き離された。

 きっとすごく叱られると覚悟したけれど、そのあと母様が倒れてしまわれて、それどころではなくなって…。

 弟はそのままケイオス先生のお宅にご厄介になることになったし、お葬式の後、わたしも結局、寄宿学校に行くことになった。

 

 家族はバラバラになってしまった。たぶん…わたしのせいで。



          ◆



 あれから十五年、今も彼はここに棲んでいる。


「だれ?ドクター?」


 コーダリー州旧領主の城の最上階北西角部屋。通風良し、バス、トイレ、サニタリーにミニキッチン、セキュリティー完備の豪華物件だ。

 掛け直されたレース編みの結界を解除すると、十五・六歳とみえる白い髪をした少年が扉を開けて、気だるげに顔を出した。

余談だが、でかい錠前等はフェイクである。


「父…先代ドクターケイオスは先日身まかりました。今後の業務は全て私…が引き継ぐこととなります。本日はご挨拶まで」

「…そう、しばらく来ないとは思ってたけど、残念だったね」


 彼は目を伏せて、小さく呟いた。

 少女漫画にしか存在しないフリルピラピラのブラウスにサッシュベルト、目とまつ毛は金色で、どうにもつくりもののような美少年だ。

 前に見たときと全く変わっていない。

 

「でもドクターに子供がいたなんて初耳だよ」

「オレは養子です」

「ふーん、じゃあ、まず新しい服」

「は?」

「こういう古臭いのはやめてよね?選びたいっていつも言ってんだけど。あと髪切りたいし、シリアルとミネラルウオーターと、ペイマネーの残高も減ってるから」

「…」


 我儘を並べたてるとそのガキはさっさと部屋に戻り、天蓋付きのベッドに仰向けに寝転んで、携帯電話(スマホ)でゲームを始めた。


 出直そう…。

 オレは煮えるはらわたを抑えながら静かにドアを閉め、その場をあとにした。


 思えばこの時、新たにセキュリティーを掛けておくのを忘れてしまったのだろう。

 開かずの間にはやはり、災厄が封じられていたというのに。

 





 












 



 



 

 

 

 

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