生死の行方
俺は戻ってきた入話さんから話を聞き終えて、目の前のイノシシを改めて見据える。
イノシシは以前こちらに突っ込む体制を維持したままだ。
恐らくさっきみたいにタイミングを計っているのだろう。
ここでもし、下がったり、背中を見せれば、すぐさま追ってきて今度こそあの角か牙で突き刺す気でいるに違いない。
しかしここで予想外のことが起きた。
目の前のイノシシが笑った。
いや、正しくは笑ったように見えるくらい口が大きく裂けた。
その奥に無数の牙が見える。
それは草や木の実をすりつぶす為の大臼歯ではなく、肉を引き裂くための犬歯だ。
見た目からイノシシと同じ雑食で木の実なんかを食べるのだと思ってたけど、完全に肉食だわ。このイノシシ・・・。
さすがにその光景に眼を大きく開き、驚きを隠せなかった。
やだ このイノシシ怖いです。
しかし逆に覚悟が決まった。
このイノシシは自衛のために俺を狙っているのではない。
元々俺を獲物と見て、襲ってきたのだ。
相手が殺す気で来ているのなら、俺もそれ相応の覚悟でいかなければと。
イノシシは俺に恐怖を与えるように裂けた口を大きく開き威嚇するために咆哮をあげる。
「プギャァアァア!!!」
それが開始の合図となり、イノシシが突っ込んでくる。
その速度は2度見た突撃よりも鋭く、速かった。
・・・だがその攻撃を俺は紙一重で回避して見せた。
俺の横をものすごい速度で駆け抜けたイノシシは急停止して俺を見た。
相変わらず牙だらけの恐ろしい口を開いたまま、何が起きたのか不思議そうな顔をしている。
何が起きたかわからないだろう。
けど次はもっとわからないだろう。
・・・このイノシシは見た目に反して頭がよく慎重だ。さっきまでのにらみ合いは俺との実力差を慎重に測っていたのだ。
俺の動きも観察し、逃がさないように、そして足も自分のほうが速いと理解している。
しかし俺が次にとった行動は・・・背を見せて、茂みに向かって駆け出すだった。
一瞬あっけに取られたようにそれを見ていたイノシシは、馬鹿にされたことに気がつき、再び咆哮をあげこちらに向かって突っ込んでくる。
さっき見たのと同じ全力の突進だ。
更にさっきよりも距離が開いていたので、充分に加速して迫ってくる。
それを背中で感じながら走る。
イノシシとの距離が縮まり、追いつかれそうになる。
俺は 大きく息を吸い込み振り返った。
イノシシは何をしようとしているのか理解し、笑みを深め口を大きく開き突っ込んでくる。
・・・そう、俺のブレスがたいしたことないと、思ってくれると思っていましたよ。
《マスター、今です》
ドゴォォオオオン!!
俺の吐き出した火の玉は突っ込んでくるイノシシの口の中に吸い込まれるように飛んで行き、口の中で大爆発を起こした。
「ブギャイイイイイイ!!!」
耐え切れず倒れるイノシシ。
爆発の衝撃で牙がほとんどが吹き飛び、口から大量の血を吐き出している。
何故これが出来たのか。理由はいたって簡単だった。
俺のスキル【ベビーブレス】を入話さんに解析してもらったのだ。
そしてこれが只のブレスではなく、魔法の一種だということがわかった。
それには、イメージが大きく関わってくる。
一発目のブレスは炎を吐くイメージと、映画さながらに爆発するイメージが偶然にも重なり、その結果が岩を吹き飛ばすあの威力につながった。
しかし、二発目に関して俺は火を吐くドラゴンしかイメージせず、炎自体の効果を考えなかった。
だから炎はでたが威力がなく、あのイノシシには傷ひとつつかなかった。
それを理解し、今度はしっかりとイメージしたブレスを叩き込んだのだ。
慎重なこいつが万が一にも回避できないくらいの速度で迫らせてから。
そして、もうひとつ・・・。
「ブギャアアアアアア!!!」
牙が折れ、大量の血を吐き出しながらもイノシシは再び立ち上がった。
息は荒く、立っているのもやっとな程の傷に見えるが、その眼は力強くこっちを睨んでいる。
前足を踏ん張り、突撃の構えを取る。
俺もそれに応じ、イノシシを睨み返した。
・・・不思議な感覚だった。
目の前のイノシシはこちらを睨んできているのに、さっきまでの恐怖がない。
むしろ、感謝にも似た感情が伝わってくる。
その眼には確かな“覚悟”があった。
俺もそれに応えよう、そんな気持ちになった。
「キュアアアアアアア!!!」
「ブゥギャアアアアア!!!」
二匹の咆哮が響き、同時に駆け出した。
ボロボロになりながらも、さっきまでと変わらない、それにも増した速度で迫ってくる。
咆哮の後、口を閉じ頭を下げ、残った最後の武器である角を俺に突きたてようとして迫ってくる。
それを俺はすれ違いざまに回避しようとするが、イノシシは6本の足で速度を保ったまま無理やり方向転換してくる。
そして首を振り上げ、俺を貫こうと迫る。
・・・だが。
俺は更に身を低くしてその角を回避する。
俺には、イノシシの動きが全部見えていた。
入話さんが言う通りすごくなっていた、[思考加速]その効果のおかげで俺の眼にはイノシシの動きがすごくゆっくりに見えていた。
更に、[並列思考]により、いままで解析にだけ力を注いでいた入話さんが相手の動きを計算し、次にどう動くかを予想してくれている。
つまり、俺の眼には相手がどう動くかわかっていて、尚且つゆっくり迫ってきているのだ。
そして、ブレスの仕組みもわかった時、勝負は決まった。
身を低くし、角をやり過ごす・・・完全に回避できたと思ったけど、背中の翼を角がかする。
その瞬間イノシシと眼が合う。
命のやり取りの最中だというのに、その眼はひどく穏やかだった。
俺は大きく息を吸い込み、下からイノシシの腹に向けてブレスを放った。
.......。
俺は瞳を閉じて横たわるイノシシを見ていた。
不思議と後味の悪さはなかったが、それでも命を奪ったことへの思いは少なからずある。
ただ、それでも俺はこいつに感謝の気持ちを感じていた。
ここでこいつと戦えたことはよかったと思っている。
この世界に来て一ヶ月、前世のことははっきりと覚えている。
だから実感はなかった。けど“決意”して、そして“覚悟”ができた。
俺はこの世界で生きていける、そんな実感をくれたこのイノシシに俺は心の中で精一杯の感謝を送った。
そして・・・
・・・入話さん
《はい、マスター》
・・・もう無理。
最初の突撃をくらってからの俺の意識はもう限界だった。
その場に倒れこみ、意識が薄れていくのを感じた。
ここで寝るのは危ないよね・・・けど、さすがに疲れたよ。
《問題ありません、近くに・・・・が・・しゃ・・ます》
ああ、だめだ入話さんの言葉すら途切れ途切れで・・・ね、眠い・・・。
薄れいく意識の中で大きな白い影がゆっくり近づいてくる気がした。
ああ・・・俺、がんばった・・・よ・・・。
そこで俺の意識は途絶えた。