狩ってみた。
突然の爆発音が鳴り響き、茂みから姿を現したのは軽自動車ぐらいはありそうな大きさのイノシシだった。
ただ、俺の知ってるイノシシには足は6本もなかったし、前方に突き出したトリケラトプスみたいな角もなかった…
その姿をみて、白龍ママンの言っていた森豚という単語を思い出す。
母さん…名前が完全に詐欺なわけで…。
イノシシはフゴフゴいいながら辺りの匂いを嗅いでいる。
俺はというと、さっき取得したばかりの【隠密】を使い、岩の破片の陰に隠れていた。
うまく使えたけど、どれだけ、効果が発揮できてるのかわからない。
気づかれてはいないみたいだけど、隠れた岩も俺の身体をギリギリ隠す程度のサイズしかないので、いつ気づかれるかと気が気じゃない。
どうせ出てくるなら岩を砕く前に出てくればいいのに...いや、砕いたから来たのか?
イノシシはゆっくりと6本の足でこっちに近づいてくる。
いや、こなくていい… できればそのまま帰っていただきたい…
そんな俺の願いが届くはずもなく、イノシシは俺が隠れている岩の破片のところへとどんどん近づいてくる。
やがて、岩をはさんですぐのところまで近づいた。
イノシシはその岩の中心で何かを探すように匂いを嗅いでいる。
よし、このまま見つからなければ・・・みつからなければ・・・あれ、これってチャンスかも?
イノシシは爆発の中心に興味をもっていて、いまだに俺には気がついていないのかこっちには目もくれない。
今の俺にはブレスという攻撃手段がある、威力もさっき確認済みだ。
イノシシと俺との力の差はわからないけど、岩をふっとばすほどの威力だ、不意をつけばなんとかなるだろう…
俺は音を出さないために心の中で何度も深呼吸する。
決意はさっきもうした、今更考えることじゃない。
この世界で生きていくために、この世界の母さんにその力があることを証明するため、ザダハレアとの約束を果たすため…
最後に大きく息を吸って、俺は岩陰から飛び出した!
イノシシはすぐにこちらに気がついたが、居ると思わなかった俺の出現に緊張して固まっている。
俺は、さっきの岩のときと同じようにイメージを頭に描く、
炎を吐くかっこいいドラゴン!
炎を吐くかっこいいドラゴン!
そしてスキルを発動させた!
「キュアア!!(【ベビーブレス】)」
俺の口からさっきと同じ火の玉が飛び出した。
完全に不意をついたことで、イノシシはろくな反応もできないまま、炎のブレスの直撃をモロに受けた。
だが・・・。
爆発しない!?
さっきと効果が違うことにも驚いたが、直撃を喰らったはずのイノシシはまったくの無傷で、不意をつかれたことに腹を立てたのか、こちらをものすごい眼でにらんでいる。
前足二本で土をかいて、今にもこっちに突撃してきそうだ。
対する俺はさっきと違う効果になったブレスのことと、奇襲の失敗にパニック状態だ。
とにかく、一回距離を取らないと…!
そう思って、俺が一歩下がった瞬間
「プギィィィィィ!!」
こっちがひるんだと思ったのかイノシシが雄たけびを上げ突進してくる。
想像以上の速度に一瞬で距離が縮まる。
はや!!
動揺から回復しきっていなかった俺はよけきれないと感じ、なんとか角と牙には当たらないように身をひねる。
その数瞬後に前世でも味わったことがない衝撃が全身を襲った。
「ギャフ!」
衝撃に意識が持っていかれそうになり、肺の空気が全部吐き出される感じがした。
鳴き声も満足に出せず、俺の身体はゴムでできたボールのように軽々と吹っ飛ばされる。
けど、俺の身体はどこかの海賊…のようにゴムではないので、地面に叩きつけられると同時に激しい痛みが襲ってきた。
痛みのおかげで飛びそうだった意識がはっきりしてくるが、それでもズキズキと痛む身体が重い。
イノシシは俺をふっとばした位置でこちらの様子を伺っているのか、動かない。
ここで追撃をうけたら厳しかったので、この状況はありがたかった。
俺はイノシシを警戒させないように、ゆっくりと起き上がり、にらみ合いの体裁を保つことにした。
正直、気を抜くと倒れそうだけど、キレイな攻撃をもらって逆に冷静になれた。
とにかく今の状態を確認しないと、そう思い、頭の中にステータスをイメージする。
名前『』
HP:37/100
MP:999999/999999
う、半分以上のHPを持っていかれた・・・これってかなり重症なのかな、見た目には出てないけど、内出血とかもしてるかもしれない。
MPは相変わらずだ、全然減ってない。
ということはさっきのブレスは失敗だったのだろうか。
さっきの攻防で反省点は多くあるが、なにより、ブレスの効果が違っていたことだ。
明らかに岩を吹っ飛ばしたときのような威力が感じられなかった。
状況はかなり悪い、こっちから仕掛けといてなんだけど、ホントに帰ってほしいけど帰らないですよねぇ…
.......茂みに隠れて【隠密】を使えれば、もう一度奇襲を狙えるかもしれないし、やり過ごして逃げることくらいはできるだろう。
一瞬茂みに視線を向ける、吹っ飛ばされたことでさっきよりは距離が近くなっている。
イノシシと視線を外さないようにしながら、茂みへ足を向けようとした時だった。
「プギィイイ!」
「!!」
再度、雄たけびとともにイノシシが突っ込んでくる。
俺は茂みと反対側に全力で駆け出し、イノシシの突進を回避した。
こいつ、俺が逃げようとしたことに気づいてるね。
イノシシはわざと俺がよけれそうな速度で茂みの方向に突っ込んで来た。
少し期待してたんだけど逃がしてくれる気はなさそうだ。
・・・それでも諦めるわけにはいかない...この世界で生きていくために。
《マスター、お伝えしたいことがあります》
今!!??
と、ここで突然、入話さんがお伺いをたてて話しかけてきた。
なんかちょっと久しぶりだったからビクッとしてしまった。
タイミングよ…
イノシシは俺の様子を伺っている、ふぅ今来られたら避けられなかった・・・。
そこでまた唐突に頭の中にイメージとシステム音が流れる。
『スキル【叡智】がレベル3になりました。また、以下の能力が追加されました
[思考加速] [並列思考]』
...なにかしたっけ?
《【叡智】の解析により、スキルのレベルアップに成功しました。それによらマスターへの支援が行えます。最適化を行いますか?》
いやいやいや、その前になにしてるんですか。
しかも【叡智】って自分のことでしょ?
え、スキルって自分でスキルレベル上げられるの?
というか一気に3って2はどこいったの?
《マスターからの要望を満たすためにスキルの解析を行いました、その際に能力をすべてスキルの解析に当てていたため話すことが出来ませんでした》
...そんなこといいましたっけ?
ー回想ー
...話す以外はできないの?
《...承知いたしました。》
ー回想終わりー
あれですか!?
確かにあれから全然喋らなかったですね、そういえば・・・。
《[思考加速]により、マスターの知覚領域を引き伸ばし、また、[並列思考]を取得した為、情報解析と並行してマスターの支援を行えるようになりました》
...なんかファンタジーよりSFっぽくなった気がするけど、凄くなったのかな?
《...すごくなったんです》
気のせいか、入話さんの声に呆れと悲しみが混ざったような感じがするな。
《気のせいです》
尋ねる前に否定された。
けど、これは大きくこっちに状況が傾きましたね。
俺は帰ってきた入話さんにあることを頼んだ。
そしてその答えはすぐに返ってきた。
《・・・以上です、現状、マスターの力でこの状況を解決できる可能性は・・・》
そこまで聞ければ十分だ。
俺はもう一度イノシシを睨み返す。
俺にはもう目の前のイノシシが今夜の食卓に上がる光景が見えていた。
今夜はイノシシ鍋ですね・・・鍋ないけど。