卵と森と狼と
あれからどのぐらい経ったのか。
目が覚めた。
いや、既に覚めていた。
というほうが感覚的には近いかもしれないが、とにかく意識は覚醒した。
曖昧な表現に聞こえるだろう。
でも、仕方ない。
何故なら、目も開かないし、うまく身体が動かせないから。
さっきまでと違って、身体の感覚はあるし、全方向同時に見えるなんてこともない。
むしろ、何も見えないので、真っ暗。
身じろぎ位はできるが、とにかく狭い。
しかも、水の中にいる感覚。
不思議と呼吸は苦しくないんだけど、体験したことない不思議な感覚だった。
そこでふと、さっき見たステータスの事を思い出した。
階級:卵
…階級ってのがよくわからないけど、多分これ卵の中ですよね。
今の現状をなんとなく理解できた俺は、ため息をつきたかったけど、それも出来なかった。
ところで、外からなにかの音がするけど、もしかして親龍とかいるのかな?
たしか、龍人とかって言ってたけど、卵から産まれるのか…。
産まれたらどんな姿なんだろう。
イメージ的にはゲームとかで見たことあるリザードマンみたいな顔だけトカゲの顔をした人型のモンスターって感じだが…うーん。
まぁ、百聞は一見にしかずといいますよね。
…だから、なんにも見えないんだっつの。
出口のない思考に、現状に不安を感じはじめたころ、何度も聞いたあの声が聞こえた。
『"魂"の定着が完了しました。』
『条件を満たしました。クラスチェンジを開始します』
‥‥転生前に一瞬感情のこもった声を聞いた気がしたけど。
今、聞いた声は最初に聞いた時と同じ、淡々と告げるだけの機械音声のままだった。
ビキッ
...クラスチェンジって、卵が割れるってこと??
あぁ、そういえば、さっき階級が卵とかってなってた気が、じゃなくていきなりすぎる。
心の準備もできてないんだが…
そんな心の叫びもガン無視でヒビがどんどん広がる音がする。
で…出る…かも…。
遂に卵が割れた。
卵の中に押し込められてた身体がそのまま外に投げ出され、咄嗟に受け身を取ろうとしたが、上手くいかず、そのまま顔から地面にダイブした。
...普通に痛い。
どこからか吹いてくる風を感じる。
それを受けて、ゆっくりと目を開けてみると、そこは青白い光が満ちた、大きな空洞だった。
起き上がって、周りを見ようと思ったけど、力が上手く入らない。
生まれたてだからだろうか?
ゲームみたいなステータスとかあるのに、しっかり現実的なとこがあるな。
仕方が無いので、視線だけ動かしてみる。
...ほんとに違う世界に生まれ変わったんだなぁ。
そこで見たのはこの青白い光の正体だ。
光っていたのは、周りの壁そのものだったのだ。
それもどうやら触れた感触や匂いでこれが木だいうことがわかる。
虫とかが原因で光るとかはテレビで見たことあるけど、木が自分で青く光るなんてのは聞いたことがなかった。
綺麗だなぁ。
現実とは思えない後継に思わず感動していると、また、一つ風が吹いてきた。
ふと、未練はない筈の前の世界のことを思い出した。
もう戻れないと思うと何故か少しだけ、寂しく、後悔にも似た気持ちが沸いた気がした。
...気にしてばかりもいられないか。
そう思って、気を取り直したところで、また風が吹いた。
...おかしい。
身体がうまくうごかせないので、卵から出た時から視線は動いていない。
そして、その視線の先には出入口らしき大きな穴が見える。
穴の向こうは、暗くてよく見えない。
けど、問題はそこではなく、さっきから吹いてくる風がその出入口からじゃなくて、真上から吹いていることだ。
けど、なにもおかしいことはない。
なぜなら、卵の傍にいる存在といえば、それを守るものか食べるものしかいない。
...後者だったら既に命はないので、大丈夫な筈だ。
とはいえ、いつまでもこのままというのもなんなので、俺は渾身の力を込めて!
寝返りをうった。
ふぅ、やりとげた。
そこでまた、目の前の光景に目を奪われた。
そこにはいたのは白く美しい毛並みをした狼だった。
いや、狼というにはおかしいかもしれない。
まず、3~4メートルはありそうな大きさの狼なんて、ジ〇リ映画でしか見たことない。
さらには鼻の辺りからねじれた形で頭の上まで伸びた角がある。
毛の色よりも更に白いそれは、周囲の蒼い光を受けて美しく輝いている。
両の瞳は蒼く、深い色を称えたまま、俺をじっと見つめていた。
しかし、その時の俺はといえば、今の状況を理解する前に、目の前の白狼の美しさに目を奪われ、そして、その瞳に映る自分の姿に…
な、な、なっ…
「キュイイイイイ!(なんだこれはぁ!?)」
突然の俺の雄叫びに白狼?...龍っぽいから白龍狼か?も目を丸くする。
本当に驚いたのかはわからないけど、俺はもっと驚いていた。
それは、生まれたばかりだからじゃなく、まして、今出した、変な鳴き声のせいでもない、いや、それもあるが獣の目に写った俺の姿はどう見ても、人間のそれではない…
ドラゴンだった。それも子供の、短い手足をした生まれたばかりの赤ん坊だ。
額に1本の真っ直ぐな角を持った、ドラゴンだった。
慌てて、首を巡らして、体を見る。肌は黒に近い灰色をしていて、鱗はなく、爬虫類のようなザラザラした肌感があった。
背中には翼があったが、まだ小さくとても飛べそうにはない。手の先には短い爪があり、先端は丸く、戦闘力は皆無だろう。
いや、そんな事はいまはどうでもいい。あの時、俺は神龍人と、言われて人型なんだと安心してたのに、どういうことか。
これでは、ただのずんぐりとした羽の生えたトカゲだ。
…詐欺だ…成長と共に二足歩行になるのだろうか…殻が割れた時のようにクラスチェンジがまだ待っているのか?その可能性の方が高い。そう思いたい…。
生前に読んだ異世界モノの小説には、すんなりと現実を受け入れる主人公がいるが、これは、想像以上の衝撃だ…彼等の精神力の高さに改めて感嘆する。
「キュウゥ…」
そして、この鳴き声…ずいぶんと可愛らしく、ドラゴンにしては情けない声だった…とにかく、落ち着こう…ところで、なにか忘れてるような。
「…」
あ、そうでしたね。あなた様がいましたね。これは失礼しました。
再び、白竜狼(?)と目が合った。相変わらず白竜狼はこちらをじっと見つめたままだ。
「きゅ、きゅう~?(は、はろ~?)」
声?を掛けてみるが微動だにしない白龍狼。
デスヨネー...どうしたらいいんだ。
再び、悶え出すチビドラゴンこと俺。それを首を傾げながら見つめる白竜狼。やがて、狼は腰を降ろし、暫く悶え続ける俺を眺めて、鼻を近づけ・・・
べろんっと、俺の顔を舐めてきた。そのまま、体を屈め、俺を腕の間に置いて、毛繕いをするように舐め続けた。
そこに、俺を害する感情など、一切感じられない。
...やっぱり、母親なのか。
目を細め、優しく腕の中に抱きながら、白竜狼は俺を舌で綺麗にしていく。
似ても似つかないが、これしか考えつかない。
どうやら、この白狼が俺の母親のようだ。
しばらく、俺を舐めまわしたあと、白竜狼は俺を見つめる。
その目を見ていると、不思議と落ち着いた。
大丈夫だと、何も心配はいらないと、そう言われてる気がした。
《【念話】を取得可能になりました、取得しますか?》
頭のなかにシステム音が聞こえる、だがいつもの声とはまた違うような。
反射的に「はい」と頭の中で考えると今度はいつものシステム音が聞こえた。
『《念話》Lv:1を習得しました。』
これでよかったのか、無事にスキルを手に入れたらしい。
それと同時に、頭の中にイメージが伝わってくる。
それは目の前の白竜狼からとすぐに理解した。
(歓喜..心配...幸福)
(...愛情)
隠すこともないまっすぐな、感情に、俺の心は今にも泣きそうなほど嬉しかった。
けど、こんな時、どうすればいいかはわからないからとにかく俺は短く。
「キュイ!」
元気よく、返事した。
ごめんよ、スキルの使い方がわからないんだ。これが精一杯だから、許して欲しい。
なにはともあれ、初めまして、母さん。
初めまして、新しい世界。