王宮の亡骸 ~ハイリンダの青春録~
曇り空の合間から覗く太陽の陽を浴びて、夜露に濡れた草花が光を取り戻す。まだ覚めきれぬ夜明けと共にハイリンダは丘の上にそびえ立つ城の城壁沿いを散歩していた。
「~♪」
白や黄色の草花に囲まれ、爽やかな風がハイリンダの髪を弄ぶ。蝶が舞いてんとう虫が指先に止まり、ハイリンダは開け放たれたままの城門から中へと入っていく。
麗らかな芝、威厳在る古城、そしてのどかな死体、煌びやかな血の跡。全てが春を謳っており、ハイリンダは季節の移ろいを感じていた。
春の風に乗り、鉄の匂いと腐敗臭が辺りを取り囲む。清々しい程に死屍累々の城内を口笛を吹きながら踏み歩く。自由気ままな散歩もたまには悪くは無い。
城内から外を見渡すと辺り一面草原となっており、世界は広いのだとハイリンダは感じた。だからこそ足下に転がる名も無き城兵を哀れみ、軽く頭を蹴飛ばすとそれはいとも容易く外れてしまいコロコロと転がり壁にぶつかり止まった。
「いつになっても人間は人間のままね……ある意味羨ましいわ」
何もかも失った栄光ある王家の威光は、もう姿形も見当たらない。全て奪われ不必要な物だけが残された。いや、要らないのは王家か威光か……ハイリンダは床に落ちていた城兵の兜を拾い上げると、クスクスと笑ってそれを被った。
王室は酷く荒らされており、王の椅子は跡形も無く破壊されていた。椅子の前にはやけに細切れにされた死体があり、量的に二人分かとハイリンダは察した。と、いうのも頭部は残されておらず手足はおろか部位を特定出来る大きさの物すら残されていないほどにグチャグチャになったそれは、どのような終わりを迎えたのかすら分からない有様だった。
「…………」
ちょっとした気まぐれでそれを復活させようかと思ったハイリンダであった。
「たまに、他人の死の感触を聞いてみたくなるのよね。きっと私と同じかしら?」
「……?」
ハイリンダの耳に赤子の泣き声の様なものが微かに聞こえた。何も残されておらぬ城からそれが聞こえるとしたら下からしか考えられず、ハイリンダは落ちていた槍を逆さに持ち、床をトントンと叩きながら歩き始めた。
―――コン
―――コン
―――コン
―――コン
その間にも赤子の声は聞こえ続けている。その声が一番良く聞こえる部屋へと辿り着くと、ハイリンダは床に転がる城兵を引きずり出し、床を叩く。
―――コン
―――コン
―――コン
―――カツッ
部屋の隅のタイルは叩くと他とは違う音が鳴り、探るとしたらここであろうとハイリンダは思った。その思惑通り、隅のタイルは容易く外れ、下へと続く狭い階段が見つかった。
「……ちょっとワクワクしてきたわね」
ハイリンダが階段を降りると、細い通路が奥まで続いており、血の跡が点々と連なっていた。
―――カチッ
ハイリンダが踏んだそれは罠の様で、後方より飛んできた矢がハイリンダの後頭部に突き刺さる。
「…………痛い」
矢を引き抜き手で矢の刺さった箇所を押さえ止血する。服が血で汚れるのは嫌なのだ。ある程度血が収まったハイリンダは再び奥へと歩き出す。
―――カチッ
再びハイリンダの後頭部に矢が突き刺さった。
「…………だから痛いって」
あと何回刺さるか分からないハイリンダは矢を抜かずそのまま歩き出す。際奥へ付く頃にはハイリンダの頭はハリネズミになっていた。
「…………」
際奥の小部屋には、泣きじゃくる赤子を抱えた息の無い女性が壁に寄りかかる様にして座っていた。女性の服は血に塗れ、床には多くの血の跡が残されていた。その傍らには王冠と王直筆の書簡が置かれており、その書簡によると赤子は唯一残された王家の威光であった。
「オギャアア……」
赤子は衰弱しており、最早泣く力もあまり残されていない。
「今は水しか無いわよ?」
ハイリンダは持ち合わせていた水筒を赤子の口へと運ぶ。クピクピと水を飲む赤子を見てハイリンダは少し安心した。
「飲む力は残ってるみたいね……」
―――ボッ!
書簡を燃やし、兜を外して王冠を頭に乗せたハイリンダ。赤子を女性の手から受け取ると、来た道を戻ろうと足を進め……様として止まった。
「ちょっと待っててね」
女性の手に赤子を戻すと、ハイリンダは来た道を走って戻り、階段へと辿り着くともう一度小部屋まで走った。ハイリンダの身体には矢が何本か増えていた。
「多分これで全部な筈よ」
赤子を再び抱え、ハイリンダは来た道をゆっくりと戻る。赤子はいつの間にか眠っていた。
(……ところで赤ちゃんってどうやって育てるのかしら?)
ハイリンダはまだまだ知らない事が沢山あるな、と自分の無知を悟った。
呼んで頂きましてありがとうございました!