大王と大決戦の月曜日!(前編)
深夜。
都内の都有高校の人気の無い校庭。
水銀灯の光だけが辺りを照らすグラウンド。
その中央に立つのは、ヒトミ先輩。
白衣に緋袴の巫女装束を身に纏い、トレードマークの三つ編みをほどき、メガネもしていない姿でその時を待つ。
時計の針は、深夜午前0時を指す。
日付は変わって、2019年7月1日、月曜日。
にわかに空がかき曇り、雲の中を横雷が走る。
すると。
ドズーンッッ……!
はるか上空から雲を突き破り、インド人みたいに頭にターバンを巻いた、山のようにデカいおっさんが降ってきた!
「ぐははははっ! お前が『蛇井豪屋』の娘だな? 20年前の約定どおり、貰い受けに来たぞ!」
「……はい」
「どれ、近こう寄って顔を見せてみよ」
ヒトミ先輩は覚悟を決めたように、デカいインド人風のおっさんが差し伸べる手に近づいていく。
その時。
「『人身』先輩っ!」
そこへ颯爽と駆けつける1人の少年。
僕です。
「太郎くん……!」
「ヒトミ先輩は僕の彼女だ! お前には渡さないぞ!」
「何だ、貴様は? ワシを誰だと思っている?」
「知ってるぞ、お前はアンゴルモア! 20年前に世界を滅ぼそうとした『恐怖の大王』だろ!」
文献によるとこうだ。
今からちょうど20年前、1999年の7月1日。
ノストラダムスの大予言に記されていた『恐怖の大王アンゴルモア』が、本当に宇宙からやって来た。
よりによって、日本に。
予言書を信じていた神官『蛇井豪屋』の一族は、日本の霊能者を集って恐怖の大王に立ち向かったが、アンゴルモアの未知の力に全く対応する事が出来ず、あえなく破れ去った。
このままでは、世界は滅ぼされてしまう。
蛇井豪屋の唯一の生き残り、ヒトミ先輩のお父さんは一計を案じ、アンゴルモアとある取引を交わした。
『予知によると、再来年生まれる私の娘は霊能の力に優れ、顔も綺麗で、おっぱいもそれなりに大きくなり、20年後に18歳になる予定です。その娘を差し上げますから、ペロペロしてもらっても構いません。その代わり地球を滅ぼすのは勘弁して下さい』と。
根がエロいアンゴルモアはその条件を快諾し、人々から自分の記憶を消し去って、地球を離れた。
ノストラダムスの予言やアンゴルモアの事変は、何も起こらなかった物として忘れ去られて行く。
その後、アンゴルモアへの捧げ物として産まれた娘は、『人身御供』の『人身』と名付けられた……。
ひどい話だ。
「だが、そうはさせないぞ! ヒトミ先輩をペロペロするのはこの僕だ!」
「たかだか人間のくせに、小癪な事を……」
「このインドのおっさんは僕がなんとかします! 先輩は下がってて下さい!」
恐怖の大王は、僕に拳を振り下ろす。
天空から振り下ろされるそれは、まさに巨石が落ちてくるような衝撃。
だが、僕は大地に根を張るように踏ん張り、その豪腕を受け止めた。
「バカなっ!?」
「ふんがーっ!」
僕はアンゴルモアの拳を弾き返すと、間合いを取り直す。
「ふん……。チビのくせに、なかなかやるではないか。では、これではどうだ。『モーニングスター』!」
アンゴルモアが呪文を唱えると、空から大量のウニが降ってくる。
ウニのトゲトゲを明星の輝きに見立てた、じゅうたん爆撃。
ザクザクザクッ!
鋭い刺突音が響き、無情にも無数のイガイガが僕を刺し貫いた。
だが。
「効かーん!」
僕は雨に濡れた犬のように身体をブルブル振って、ウニを払い落とした。
「何だとーっ!?」
説明しよう!
人間の皮膚には感覚点というものがあり、感触・力・痛さ・温かさ・冷たさの5種類の刺激を感じる部分は別々にある。
僕は北海道の特訓で、痛みを感じる『痛点』を外してウニを受け止める技術を身につけていたのであった。
だけど、刺さったところが傷を負うのは変わらない。
僕は、持ってきていたバケツ一杯のヨードチンキを頭からかぶってケガを回復した。
「僕にウニは効かないぞ!」
「なら、これはどうだ、『ムーン・ドライ』!」
アンゴルモアが、タタミ何畳分かの掌を地面につけると、生物が存在しない月面のように大地が干上がって行く。
それは僕の足元を襲い、乾燥が僕から水分を奪い去った。
だが。
「なぜ、お前は干からびない? ミイラにならない?」
平然と立っている僕を見て、アンゴルモアは驚愕の表情を見せる。
その理由は僕がエロい事を考えて、生唾を飲み込んで乾きを癒しているからである。
これは、サハラ砂漠での特訓の成果。
常日頃、ヒトミ先輩でエロい事を考えてる僕にとって、泉のように生唾を湧き出すのは造作でもないのだ。
「常日頃、ヒトミ先輩でエロい事を考えてるのは伊達じゃないぞ!」
カッコ良く決めたつもりだが、アンゴルモアが何を言ってるんだコイツみたいな顔をしてるのと、ヒトミ先輩がもじもじいやんいやんしてるのはなんでだ?
「くっ、ならばこれは耐えれまい、『プロミネンス』ッ!!」
太陽から放たれたような紅い炎が僕を包む。推定温度6000度の灼熱が、僕の身体を容赦なく焼き尽くした。
と、思われたが。
「熱くない!」
僕が腕を払うと、周辺を取り巻いていた炎が舞い散る。
アンゴルモアは先ほどまでの傲然とした態度を失い、ひどく狼狽する。
「なぜだ! なぜ、人間ごときに太陽の炎を耐えきれる!?」
「『心頭滅却すれば、火もまた涼し!』」
「!?」
「雑念を廃して心を無にすれば、火の中でも涼しく感じる! お前の炎なんか屁でもないぞ!」
これこそ、インドでの修行の賜物!
ダルシム似のシムさんのヨガファイアを食らい続けた事で、無我の境地に達した僕が身につけた対炎防御。
さっきまでヒトミ先輩でエロい事を考えていた、僕が言っても説得力ないけど!
あと、恐そうなインド人にビビらなくなるという副次効果もあるみたいだ。
ついでに言うと、心頭滅却すれば服も燃えない。
とはいえ、さすがに無傷というわけにはいかないので、僕は大五郎の焼酎ボトル(4リットル)に準備していた、『赤チンキ』をグビグビと飲み干す。
口元から吸血鬼のように赤チンキを垂らし、ペットボトルを投げ捨てる僕に、さすがのヒトミ先輩も慌てる。
「太郎くん! それは塗る薬で、飲み薬ではないですよ!」
「いえ、僕には内服の方が効果が高いみたいです」
そう言ってる最中にも、身体中の火傷がシュウウと煙を上げながら、どんどんどどんと癒えていく。
良い子のみんなはマネしちゃいけないぞ!
「そ、そんなバカな事があるものか!」
「実際に目の当たりにしても、お前はそんな事が言えるのか?」
「……!」
恐怖の大王は恐怖を覚えながら、僕を踏み潰そうとする。トレーラーのような巨大な足の裏が迫る。
しかし!
「これは、ストーンヘンジの分!」
僕はがっちりそれを受け止めて、跳ね返す!
「くそがーっ!!」
アンゴルモアがドカンドカンと繰り出す巨足を、僕はちょこまかちょこまかと躱していく。
僕が図書館で読んだ文献のタイトルは『恐怖の大王、アンゴルモアの攻略本』。
そこには、アンゴルモアの攻撃手段、『ウニ』『乾燥』『紅炎』と、その対応策と訓練法が記されていた。
おそらくヒトミ先輩も、この文献をもとに僕に特訓を施してくれてたのだろう。
これなら、いける!
僕がそう確信した、その時。
「数多の星を滅ぼして来たワシをナメるなよ……」
ゴゴゴゴゴと、黒いオーラを纏うアンゴルモア。
「これは……?」
「さすがの貴様もこれには耐えれまい……。『ブラックホール』!!」
「うわああああああああああーーーーーっ!?」
アンゴルモアの目の前に黒い渦が現れ、ダイソンよりも強い吸引力で、僕は宇宙の深淵に飲み込まれた。