第一話『人類最強とライター』
特ダネを探して編集長から「通りすがりのヒーロー」の都市伝説を聞き、それを調べてみたらどうだと言われ面白そうだからと調べていた最中、俺は怪物に襲われた。
悲鳴をあげ逃げ纏う人々。あざ笑うように蹂躙していく怪物。
そんな怪物に襲われた俺を救ったのがセンだった。
怪物の手が俺に向かってきて、殴られて殺されるかと思った。
だが殴られたのは怪物のほうだ。いや、あれは足だったので蹴られたという方が正しいか。
いや、でも、あれは蹴り…というよりは…
何があったか簡単にまとめると、俺を襲おうとした怪物の眉間に向かって上空から飛んできたセンが飛び蹴りをかました。
威力とかわかんないけれど怪物は後ろにのけ反るを通り越して吹っ飛んでいたのでお察しいただきたい。
だがそれでも怪物は起き上がりまた襲い掛かってきたのだ。
けれどもセンは赤いマフラーと赤いブーツを振り回し怪物を蹴り砕いた。
あまりの鮮やかさに思わず言葉を失ったほどだ。
人は圧倒的なものを見ると時間が止まってしまう。
ハッと意識を戻しセンにお礼とあわよくば取材をさせてもらおうとしたがセンは「モンブラン食いに行きたいから」と人間離れした跳躍でその場を去っていった。
一般人ならばそれで終わりだろうが生憎俺はセンを探している記者だ。
実在するかわからない者が実在すると確信した俺はそれからセンを探した。
センの姿を写真に収めようと奮闘して、何度か入院しかけたが成功した。
写真だけではあれなのでスマホで動画なども撮ったりした。
何とかセンの姿を確認できる写真と動画を手に入れた日、家に帰るとなんとビックリ、センが部屋にいたのだ。
あれは本当に驚いた。アパートの二階で、窓にもドアにもちゃんと鍵をかけてたのに帰ったらベッドの上で普通にくつろいでた。
冷蔵庫に入れてあったジュースとプリン食べながら「おかえり」と言われて混乱したよ。それ俺のプリンだよなおいって。
「俺のプリンなんで食ってんだよ!?」
「小腹が減ったから。人のことこそこそ嗅ぎまわった上に写真勝手に撮ったんだからプリンぐらいいいだろ」
「プリンだけじゃなくてジュースまで!てかどうやって入った?」
「世の中にはピッキングっていう技術があるだろ?この安いアパートの鍵くらい手ごろな針金があれば侵入なんて朝飯前だ」
「不法侵入じゃねえか!警察呼ぶぞ!」
「肖像権の侵害とストーカーで訴えても良いなら呼べば」
そう言われるとこちらも何にも言えなくなって言葉を詰まらせてしまった。
なにせ取材といっても許可を取っておらず写真や動画も盗撮。
いくら相手が都市伝説とはいえ、肖像権が存在する以上それを出されてしまうとこちらの分が悪い。
センは食べたプリンをゴミ箱に捨ててパックのジュースを注ぎ口の直接口を付けゴクゴク飲む。やめろ。俺も飲むんだぞ。
「で、人のことこそこそ嗅ぎまわってなにしてたんだよ牧山瞬?」
「なんで俺の名前を!?」
「ゴミ箱に郵便物捨てる時はちゃんと消さないと大変なことになるぞ」
ヒラヒラと彼の手でゆらされてるそれは先月の公共料金の振り込み票。
「な!?お前!犯罪だろ!」
「記者だからって勝手に写真を撮るのも犯罪にできるぞ?」
ぐうの音も出ない。
言葉で勝つことは無理だと悟った俺はどうしてここに来たのか聞くことにした。
「お前がおれのことをこそこそ嗅ぎまわってるみたいだから、あえてこっちから接触してみた」
「でもどうやって俺の家知ったんだよ?後を付けたにしても俺より先に入るなんてできないだろ?」
「そりゃお前の家なんて一回二回ですまないほどに後を付けて知ってたからな」
おい聞き捨てならないことをサラッと言ったぞこいつ。
「お前がおれのこと探ってるの知ったあたりからまあこっちも調べてたからなお前のこと」
なんてこった…俺はこいつを調べようとしていたのに気づいてる可能性なんて全く考えてなかった。
「ニーチェも言ってただろ。「深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いてる」って」
「それはなんか違うような気がするんだけど…」
飲み終わったのか、ジュースの入っていたパックをゴミ箱に投げ捨てる。
リットルパックで未開封だったのに…いやダイレクトに口づけられた奴を中途半端に残されるのも嫌だけど……
いや、今はそれどころではない!今考えるべきは食べられたプリンでもダイレクトに投げ捨てられたジュースでもナチュラルにブーツのままベッドに腰かけていることでも…いやブーツは脱いでくれ!フローリングが汚れる!
(とにかく!まずはこの状況をどうにか打開せねば……)
「あ…」
あの、と続くはずだった言葉は出なかった。
出なかったし、出す暇も無かった。
話しかけようとした瞬間、センが俺の胸ぐらを掴んで引き寄せ、命乞いが脳裏をよぎり行使しようとした時、背後から爆音が響いた。
「なっ、えっ」
「危なかったな牧山瞬。おれがお前を引っ張ってなかったらお前の命はここで終わりだった」
胸ぐらから手を離され後ろを振り返ると俺の部屋は見るも無残な状態になっていた。
ベッドの反対側の壁に置かれていたテレビも本棚として使っていたカラーボックスと中の本もゲーム機もなんなら備え付けのキッチンも全部破壊されていた。
「い、いいいいいいいったいなにがどうっなって、え、え、あ」
「落ち着けって」
「落ち着けるかああああああ!」
落ち着けと言われても部屋が半壊…いや四分の三くらい吹っ飛んでるこの状況で落ち着けるわけがないだろう。
「でてこい人間共!この世界は俺達「紅き剣団」が支配してやる!!」
「おい見てみろ牧山瞬、あれがお前の部屋を半壊に追い込んだ奴だ」
外に向かって指さされた場所を見ると怪人がいた。
金色のゴツゴツした砲台を二つ肩に乗っけて歩く蜥蜴人のような怪人だ。
「紅き剣なのに赤くも無ければ剣でもないんだなあいつ」
「あいつのせいで俺の部屋が……」
「あの砲台からビーム砲がでたんだな。ちょっと行ってくるわ」
止める間もなくセンは壊れた壁から踏み込んで飛び込んで、半壊した足場から飛び込んだとは思えないほどの距離を跳んでいった。
むしろ今のでまた床が欠けた。
これ敷金とかどうなるのかな本当に……
「よお」
足場を駆使して着地の衝撃を和らげながら怪人の前に立つ。
「ああ?なんだてめえは」
「おれは見ての通り通りすがりのヒーローだ。お前らが平和を脅かすというならおれはお前を倒すだけ」
ブーツで地面を蹴りつけ目の前の敵に照準を合わせる。
「はっ!お前のようなちっぽけな人間が紅き剣団の精鋭であるキャノンドラッド様に歯向かうってのブゲラフォッ!!??」
「うるさい」
回し蹴りで的確に顎を狙い黙らせる。
ヒールが高いので一撃が重たいのが利点であるブーツの蹴りで相手は昏倒する。
「て、てめえ…話してる最中に殴るとか鬼か…」
「殴ってない、蹴りだ。大体人が住んでる場所にビーム砲撃ちこむ奴に鬼とか言われてもなー」
「そこを突くようなヒーローがいるか!」
敵のビーム砲乱射を避けながら距離を詰めていく。
「悪いけどお前らの組織はもう終わりだ。なぜならおれが終わりにするから」
ジャンプして高く高く跳ぶ。
これでもう終わり。
お前達がどんな組織だったかわからないけれど、平和を脅かすのならおれはそれを止めるだけ。
それがヒーローというものだ。
「セイヤー!!」
「ギャアアアアアアアアアァァァ!!こんなあっさりとおぉぉぉぉ!!!」
高いところからの威力を増したキックで敵を倒す。
「あーあ、準備運動にもならなかったぞ。さて、次は誰が来るんだろうな」
「おーい。大丈夫か?」
敵を倒してセンは部屋に戻ってきた。出ていった時と同じ窓だった場所から。
いや、玄関も壊れていて役割は果たせそうにもないのだが。
「いや、俺は大丈夫だ…でも」
先ほどの通り部屋は半壊。
大丈夫そうなものをサルベージしてみたがUSB数本といくつかのCDやDVDに多少焦げているが着れそうな服が何着か。
何よりこの部屋が住めそうにもない。
「これからどうするか……」
幸い財布と携帯もあるから何日かならビジネスホテルで…最悪職場で寝泊まりも……
「ふーん。じゃあおれんちに住むか?」
「…へっ?」
「一人で住むには広すぎてな、部屋が余ってるんだ」
正直この提案は願っても無いことだ。
俺は住むところを得られるし何より取材対象である相手の傍にいられる。
取材が無理でも最悪本当に住むところだけは欲しい。
だがあまりにもうまい上に相手にとってメリットが何かわからない。
大体提案というのは相互にメリットがあるか自分にメリットがあるからこそのものだ。
「家賃はこの辺りの相場ぐらいだけど家事してくれるなら半額にする」
「住みますありがとう人類最強!」
家賃は安いに越したことはない。家事をすることで半額になるならばお安い御用だ。
こうして、俺は測らずとも取材対象である人類最強と一緒に暮らすこととなった。
まさかこの決断が何れああなるとはだれが想像できようか―――