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自称行為  作者: オノマトペ
2/5

 *5

 1年前を回想してから部屋を見渡すと、この部屋も随分変わり果てた姿になったなぁとカズルは思わず鼻で笑った。山積みになっているのは灰皿だけでなく、その部屋自体もゴミで溢れ返っていた。


「最後に掃除したのは、、、いつだ?」


 カズルは斜め上の天井を見ながら、今さっきまで回想していた中では一度も掃除をした情景がなかった事に気付いた。


 「そうか、、、一度も掃除してなかったか。」と、笑うしかないというような顔で椅子に腰掛け、ひとまずパソコンの電源を入れた。時刻は6時前、好きなアニメの放送時間まであと少しだった。


 夢中になってアニメを見た後はすでに掃除をしようと思っていた事など忘れていた。足でゴミを掻き分けながらトイレへと向かった。トイレの中にも山盛りの灰皿とトイレットペーパーの芯が転がっていた。

 トイレを出てもう一度気付く、部屋が汚い。


 「俺は本当ダメ人間だな、掃除もろくに出来ないで。」とまた自らを嘲笑してみたが、手に取ったのは財布と玄関の鍵。カズルはゴミ屋敷を背にスーパーに向かった。


 起きたのが夕方5時なので、カズルにとっては“朝ごはん”と言った方がしっくりくるのかもしれないが、一般的に見た時間の動きに従って、スーパーの弁当や総菜は半額のシールを付けていた。料理をしないカズルの食事は、コンビニかスーパーで済ませる事がほとんどだった。そうしてその残骸がまたゴミ屋敷を構築していくというサイクルである。


 買った弁当の蓋を開けた時、珍しく携帯に着信があった。母親だった。カズルは少しの間戸惑ったが、少し油でべたついた手をシャツで拭うと意を決して電話を取った。


「、、、もしもし?」


「カズル?お母さんだけど。久しぶり。元気にしてる?」


 約1年ぶりに聞いた母親の声は、入学したてでワクワクしていた頃に聞いたそれと全く同じだった。


「、、、うん、元気。」


「いつぶり?去年の4月頃?ゴールデンウィークもお盆もお正月も帰って来なかったじゃないの。」


「、、、そうだね。」

 カズルはそう答える以外に何も思いつかなかった。


「大学の勉強はどう?」

「部活?サークルって言うの?そういうのはやってるの?」

「もうウチを出てから1年経つわね。あっという間ね。」


 次から次へと繰り出される質問に頭がぐらぐらと揺れるような、みぞおちのあたりがグチャグチャと掻き回されるような感覚になりながらも「うん」とか「ううん」とかの返答でなんとか耐えていた。なんとか耐えてはいたが、心の底ではもう何も聞いて来るな、もうやめろとしきりに叫んでいた。


「彼女とか、いるんじゃないの?」

 

 この質問が飛んで来た時、無意識のうちにカズルは電話を切っていた。そうしてブルブルと震えていた。弁当の上から、変に割られた竹の箸が床に落ちた。この時の感情を、カズルは知っているようで知らなかった。頭の揺れと胸の攪拌はなおも続いていた。


 カズルは落ち着かない目で辺りを見回した。

 点けっぱなしのパソコンの画面には好きなアニメに出てくるお気に入りの女の子が笑っている。そしてその子と自分を取り囲むように、ゴミが散らばっている。いつの間にか膝の上に置いてあった弁当も箸を追うように床に落ちていた。


 カズルは吐き気を催してトイレに急いだ。トイレの中に染み付いたタバコの臭いがとどめとなった。


 カズルは口をゆすいだ後、まるで死んだようにベッドに倒れた。時計は8時過ぎを指していただろうが、視界が滲んで良く見えなかった。







 

*6

 再び目を覚ましたのは夜中の0時だった。目を覚ましてすぐに空腹に気付いたが、食欲は無かった。


 4時間も経ったのでカズルはいくらか落ち着いていた。それでも頭の中はぐるぐると忙しかった。そしてあの時の感情は今になってもよく分かっていなかった。後悔だったのか、恥ずかしさだったのか、怒りだったのか、後ろめたさだったのか、それともそのすべてだったのか。


 そもそもカズルが母からの電話を取る前に躊躇ったのも、母親からの質問を予知しての事だった。予知と言わなくとも、1年も会っていない息子に色々と聞きたくなるのは当然の事だ。そしてカズルはそれが嫌だった。それも当然の事だ。


 母親が知っている、あるいは思い描いているカズルの姿というのは、意気揚々と大学に通い勉強にサークルに勤しむ姿であり、また不自由のない交友関係をもっている姿であることは言わずもがなだ。

 ところが実際のカズルはほとんどひきこもりのような生活で、たまに大学に行ってもマスクとイヤフォンで外部との接触を遮断している有様だ。それどころか自分で作り上げた王国の中でゴミに囲まれながら「地獄のクズぼっち」として楽しく生きている。


 カズルは母親から現実を突きつけられたような気がした。


 それもそのはずだった。カズル自身、今の現状が間違っている事に薄々と、だが当然気付いていた。しかし、細かい所まで目を向ける勇気はカズルには無かった。現状をハッキリさせるのが怖かったのだ。



 自分から“友達を作る”という行動も起こさなかったくせに、友達がいない原因を周囲の環境に押し付ける。入学当初にカズルが起こした行動といえば、廊下で故意に他人にぶつかるとか、ペンを落とすとか、学食でグループの隣に座るとか、あくまで相手のアクションに「期待」しているだけの他力本願な行動で、“友達を作る”という目的にはあまりに遠回りだ。

 そうして思わしい反応をしてくれない他人への不満を募らせ、勝手にその間に壁を作り拒絶した。あるいは、拒絶されているような気になっていた。

 一度募らせたそういった負の感情はひとりでに大きくなった。そしてそれに反発する気持ちも同時に大きくなり、どんどんと周囲との距離を引き離した。心がそうなってしまうと他人の目や言動の全てが気になってしまう。きっと誰もが自分の悪口を言っているのだと、カズルも勝手に被害者意識を持ち始めていた。しかしそれはあくまで“憶測の域”を越えていなかった。

 被害妄想から他人を遠ざけ、逃げるように自分の世界へ入り込んだ。アパートの部屋の中。好きなゲームやアニメに囲まれながら好きな事を誰の目も気にせず行える自分独りのための世界を、カーテンでもって外の世界から隔離した。

 その世界では当然自分は王様になれた。全ての決定権は自分であり、全てのルールは自分であった。王様になると当然気も大きくなった。自分の事を変な目で見ていた“ような”周囲の大学生達の事も平気で見下せた。あるいは“自分自身の事”も平気で見下せた。


「何をやっても上手くいかない、自分はダメ人間だ。」


 そうは言うものの、自分自身のダメな部分など分かってはいなかった。「友達がいない」とか「アニメとゲームで1日を過ごす」という表面的な事に、勝手に“世間目線”で後ろめたさを感じていたに過ぎなかった。

 インターネットの中では活発に行われていた“外交”に際しては、そんな自分の“ダメな部分”を売りにするほどに開き直っていた。同じ様な仲間と、不幸せアピールをするうちに開き直りは活性化し、独自の持論を展開できるまでになった。


「自分の人生なんだから他人にとやかく言われる筋合いはない。社会のしがらみにしばられずに好きな事をして生きる事の何が悪いんだ。1人でも寂しくないし、むしろ誰にも邪魔されずに済むから快適だ。」


 そんな主張をインターネットの中で文字でもって吠えているカズルの後ろに山積みになっているゴミは、カズルが抱える自分自身の問題点と同様に目を背けられてきた。



 ゴミの中で高らかに吠える王様は、過去の寂しさを武器にしているが、今こうして挙げてきたように全ては彼の“被害妄想”であった。誰にも何もされていないのである。しかし当の本人は、それに気付かない。あるいは気付こうとしないのかもしれない、気付きたくないのかもしれない。それで、正体不明のモヤモヤに頭と腹をぐるぐると掻き回されるのであった。

 カズルは、途中だったゲームの中に、母親から逃げるように、入っていった。






*7

 今までカズルは頭のどこかで、家族は最後の命綱だと思っていた。しかしもうその綱をカズルは切る事に決めた。動画投稿で収入を得られるようになった今、仕送りが無くても平気なので、その旨を母親に簡単な謝罪と共に伝えた。母親からは「了解しました」とだけ返事が来た。

 

 どれだけ友達がいなくても、どれだけ部屋が汚くても、どれだけ人間として間違った生き方をしているとしても、家族だけは味方であると思っていたが、思わぬ形で自らその手を振り払ってしまった。また母親の一言に苦しめられる事があると思うと、こうすることがカズルにとっては最善の選択だった。



 新年度になって初めて大学に行ってみた。アパートから大学までの道は思っていたよりも桜が綺麗に咲いていた。桜を見ると自動的に1年前を思い出してしまうが、カズルはその度に今の情けない現状が笑えてきた。母親の一言で感じたショックは大きかったものの、カズルはまた元に戻った。ゲームの効能だ。カズルはいつでもこうしてゲームの中に身を隠す事で自分を保ってきた。


 学校に着くと、前回来た時よりも活気があるように感じられた。きっと新大学生たちの期待感がそれを産んでいるのだとカズルは察した。

 お昼になって学食に顔を出してみるとそれはより一層際立った。心なしか見たことのない顔ばかりだった。と思った直後に、そもそも人の顔を見ないように過ごして来た自分に気付いて可笑しくなった。

 新大学生達を見ていてカズルは動画を撮る事を思い立った。この新大学生達が話しかけてくるかどうかの検証動画だ。その直後に、それよりも動画を生配信する事を思いついた。これは新しい試みだった。さっそくツイッターで呼びかけた。知らないうちにツイッターのフォロワーの数も激増していた。それをカズルは“ファン”として数えていた。


 食券を買って昼食のカレーを受け取ると一番端っこの席に向かった。後ろで何か声がしたがイヤフォンをしていたのでなんだかよくわからなかった。

 席に着くと、カズルは鞄を目の前に置きそこに携帯を立て掛けた。充電は十分にある。カズルは躊躇することなくライブカメラを起動させた、とその時、スプーンを取り忘れている事に気付いた。カメラを放置したままそそくさとカウンターへスプーンを取りに行った。そこで働いているおばちゃんの視線をカウンター越しに感じた。


「あ、さっきの声は僕を呼び止めていたのかもしれない。」

「気付かなかったなら肩を叩きに来てくれてもいいじゃないか。」


 カズルはその視線と自分の目を一度も合わせることなくまた席に戻った。なんとなく学食中の視線を浴びているような気にもなって少し速足になった。



 自分の首から下を映したライブ配信画面にはすでにコメントが流れていた。


『どこいってんだよwww』

『幽霊配信www』

『ぼっちも極まると姿も消せるのか』


 目についたコメントから順番にいくつか小声で返事を返してから「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。


『いただきますちゃんと言うとか偉いww』

「やっぱ、いただきますとかね、そういう挨拶が出来ない人って人間的にクソだよなって、自分思うんで、そこは。」


『新入生の視線はどう?w』

「どう、って別に普通っすね。まぁ新入生ってだけで別に普通の人だし、視線は感じるけど、、まぁそもそも自分、イヤフォンしてるんでね。なんか言われてても聞こえないんで。」


 画面の向こう側の“仲間”と“会話”をしながらカレーを食べ進める。周りの学生たちはすでにカズルの行動に変な興味を持っていた。


「独り言?」「ユーチューバー?」

 

 そういった声もカズルの耳には届いていなかった。本来、カメラに向かって1人で喋りながらご飯を食べるなど正常な行動ではないが、時代の流れの後押しもありそれほど嘲笑する学生もいなかった。


「いやーこのカレーめっちゃうまいんすよ。なんか、辛過ぎず、甘過ぎず、コンビニ弁当ばっかり食べてるような自分からすると、おふくろの味っつーか、めっちゃうまいんすよね。」


『語彙力www』

『結局どういう味なんかわからんwww』


匿名同士であるインターネットでは、ストレートにこうツッコミを入れてくる人が多いのが好きだ、とカズルは常々思っていた。自分の言動に反応があるという事が嬉しかった。


「ごちそうさまでした。」


 カズルは有名ユーチューバーのように空になったお皿をカメラに一度見せてから、手を合わせて挨拶をした。


「じゃあ、今日の配信はここまでということで。結局ね、新入生だろうとなんだろうとね、ぼっちの奴には近付いてこないと、いう結果でしたね。まぁ分かってましたけどね、分かってましたよ。こんな、1人でイヤフォンしてカメラに喋りながらカレー食って、そんな、変人に、変人オーラ出てる人に普通ね、話しかけてきませんよ、うん。それでは、終わります。」


 自らを嘲笑しながら配信を切り鞄を背負い、今日は午後の授業が無いので、お皿を返却するあしでそのまま帰路へ向かった。初めての生配信に、カズルは手応えを感じていた。少し気分のいい帰り道だった。

 電車の中でツイッターを開くと多くの反応が返って来ていた。


『学食でぼっち飯配信とか神www』

『まじ勇者www』


 そういったメッセージが今ではカズルのエネルギー源と言っても過言ではなかった。そればかりか、他人との繋がりも強く感じる事が出来た。カズルはその度に「1人じゃない」と自分に言い聞かせた。


 その日の夜、買っておいたスーパーのカレー弁当を温めて食べた。結局、そのカレーも同じくらい美味しかった。











*8

 以前のカズルは「カンヌキカズル」である時と「地獄のクズぼっち」である時という、2つの“自分”を持っていた。大学で授業を受けている時は当然「カンヌキカズル」であったし、部屋に帰れば「地獄のクズぼっち」であり、そこは自分だけの世界であった。


 ところが最近になってカズルは生活時間のほとんど全てを「地獄のクズぼっち」として過ごすようになっていた。もちろん意識しているわけではない。「地獄のクズぼっち」としての自分が全身にしみ込んできたのである。

 それはすなわちどういう事かと言うと、単にいつでも「動画撮影」に頭を巡らせているという事ではない。そうではなく、部屋の中だけで出していた素性を外にも持ち出し始めている、つまり自分の世界の中だけで王様だったのがいよいよ外の世界にも進出し始めていると言うのが正しく思える。独自のルールと価値観で動くようになったのだ。


 電車の中、大学の構内、道路上でもまるで部屋にいるかのように過ごし始めた。


 昔であればひた隠していた趣味のアニメやゲームと言ったものも臆することなく人前で楽しむようになったカズルは、例えば電車の中、イヤフォンから音漏れするほどの大音量でアニメを見て、それどころか感想などの思った事を小声で喋る癖もついていた。まさに動画を撮影している時の感覚のままである。当然周囲の人間からは白い目で見られたが、当の本人には届いていなかった。

 電車の中でもそうだが、お店の中でもそう言った振る舞いは見られた。

 「クズぼっちが独りでラーメン屋に行ってみた」という動画を撮影していた時だ。

 公共の場でカメラを回す事への抵抗がなくなっていた。それどころか、周囲の視線であったりという感じる“イタさ”に心地良ささえ覚え始めていたのだ。その日もラーメンを注文してから食べ終わるまで、カメラからほとんど目を離さずに喋り続けていた。時折店員と言葉を交わす時は、カメラに向かった時と比べ物にならないほど小さい声でボソッと呟くように言うだけだった。

 カウンター席で店員との距離も近い中でラーメンの寸評をしていたが、カズルの中ではそれがスリルに感じられた。そして、そういった非常識じみた行動をしている自分に興奮を覚え、インターネット上の“仲間”の反応が楽しみだった。


 カズルの頭の中は“自分の事”だけになっていた。



 カズルはそれらを“自分らしさ”だと信じていた。大学に入学したが友達が出来ず挫折を感じ、その寂しさを糧に作り上げた“自分らしさ”だと。

 しかし、“勝手な憶測による被害妄想が産んだ挫折によって、独り善がりに、自分に都合のいいように作り上げられた世界の王様”である自覚は未だに無かった。


 そもそも自分を守るために他人との接触を避けて大学生活を過ごして来たカズルは、最初から自分の価値観や思想しか持ち併せていなかった。その価値観は、カズルが他者の目に、手に触れないように大切に守ってきたものであった。

 もちろん育ててはいた。ゲームやアニメで覚えた事や、インターネットで見聞きしたことの影響は十分に栄養になっていた。そしてカズル自身が感じた寂しさや“挫折”も少なからず栄養になっていた。

 しかしいくら考えてみても、カズルが価値観を育てて来た経緯の中に登場人物はカズルただ1人だけであった。物語や映画に例えて考えてみると幾らか分かりやすい。登場人物が1人だけで進んでいくストーリーでどこまで面白い話が作れるだろうか。カズルはきっと無意識にそれを察したが、その問題の解消のために無理やり登場人物を増やしたのだ。それがカズルの“勝手な憶測の被害意識”であった。


 無理やりに悪役を拵え、自分の物語に展開をもたらそうとしたのだろう。と、こんな言い方をしたがカズルはその強引なやり口で成功している。「地獄のクズぼっち」として顔も名前もあらわにしない姿で沢山の“観客”を獲得しているのは事実だ。そしてその最大の理由は、“共感性”であった。




 学生や社会人が帰宅する時間にカズルもその道を歩いていた。手にはカメラ、動画を撮影していた。

 独りで喋りながら歩いているカズルを、小学生や中学生から大人まで見ている。しかし誰1人不思議がる様子はなかった。

 

 いつの間にか森は出来、その中にいつの間にか木は隠されていくのである。









*9

 目が外に向くようになったカズルはあることにようやく気付いた。


「さすがに部屋が汚いな。」


 嘲笑したついでに、片付けの様子を動画にする事を思いついた。


「はいどーも、地獄のクズぼっちです。今日はね、さすがに部屋がヤバいってことで片付けていきたいと思います。もう本当ね、自分、片付けが苦手なんすよ、本当に。本当ダメなんですけどね、今日は、約1年ぶりに、この部屋をキレイにしようって事で、それでは、やっていきます。」


 手慣れて来た挨拶を終え、片付けようと意気込んだはいいものの、何処から手を付けたらいいのかがまるで分らなかった。そんな事をカメラを意識して喋り、とりあえずキッチンの引き出しから新しいゴミ袋を1枚取り出して来た。


「まずは、大きい、もう明らかにゴミだって分かるものをね、この袋に、突っ込んでいきたいと思います。」


 ここで言う大きいゴミとは、弁当の空き箱やお菓子の袋等の事で、自称している通り片付けが出来ないカズルは、食事で出たゴミを置きっぱなしにする癖があった。1週間分の弁当のゴミがあった。時々、ゴミ袋を引っ張り出してきてゴミを入れる所まではしているのだが、そのゴミ袋を置きっぱなしにするのだ。


 それが済み、続いて、いるものといらないものの分別を始めた。とは言ってもほとんどの物がいらないものではあったが、中には忘れていたような大事なものもあったりして、宝探しをしている気分になった。いつ着て、いつ脱いだのか分からなくなっている衣類もいくつかあった。


 3時間くらい経って、ようやく掃除が終わった。1年以上ぶりに本来の床を見た。大量に出たゴミ袋はひとまずベランダに出しておくことにした。まるで生まれ変わった部屋の姿に、カズルの気持ちは清々しくなった。


「はい、という事でね、なんとか、片付け終わりました。いやー、本当ね、やっぱ、部屋がきれいになると、気持ちいいっすね、はい。これからはね、まぁ、定期的に、掃除して、いけたらなーと、はい、思います。では。」


 カズルは床の上に寝転んでみた。懐かしさに似た新鮮さがあった。それによって引き起こされかけた、初めてこの部屋に来た時の気持ちを、カズルは無理やりに掻き消し、体を起こすと椅子に座ってパソコンに向かい始めた。何となく誰かに伝えたい類の喜びを感じていた。誰かに。誰でもよかった。


 ツイッターで素っ気無くも喜びを呟くと、そのまま編集作業に入った。撮ったビデオを見直すと、片付ける前の部屋の汚さにゾッとした。そして綺麗に片付いた部屋をもう一度見渡し、満足感と達成感に包まれた。


 夜中の1時まで編集作業が続き、パソコンを閉じた後、カズルはベッドに入った。今までの自分とは違うような“生まれ変わった”ような気分にもなった。ただ、掃除をしただけでありカズルはカズルのままであるはずなのに、何かいい事が起こるような気持ちになっていた。


「明日は普通に大学行くか。」


 カズルは、心なしか綺麗になったような部屋の空気を一度思い切り吸ってから眠った。



 翌日、目を覚ますと、珍しく朝食を食べた。トーストにマーガリンを塗っただけだが、これも部屋を片付けた影響である。やはり、どことなく心が軽かった。強くなったような、無敵になったような気がして、勢いそのままにいつもよりも早めに家を出た。

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