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貧民街まで来ました

 愛梨が老人の額に手をかざす。そして彼女の手が緑色に発光した瞬間、老人の顔色は生気を取り戻し始めた。さっきまでいつ死んでもおかしくないほど荒い息を繰り返していたにもかかわらず、彼女はいとも簡単に回復させてしまった。改めてヒーラーという能力の恐ろしさを感じる。


「む? 体が軽い? 天にでも召されたのかのう……」


 起きるなり縁起の悪いことを言い始める老人。まぁいきなり体が軽くなったのが心底不思議なのは分からなくもないが。


「お爺ちゃん!!」


 と、俺の横から飛び出す影があった。俺たちが助けたあの少女である。少女はその勢いのまま老人に飛びついた。


「おお! リィンか!! そんなに泣きながらどうした? 怖い夢でも見たかの?」


 しばらくあやすように老人は少女、リィンの頭をなで続けていた。が、しばらくして俺たちの存在に気が付いたのか、


「はて、どちら様かのう?」


 寝ぼけ眼のままそんなことを聞いてきた。なので俺たちはこの町に来た理由、リィンを助けたこと、彼女から話を聞いてここに来たこと等々話した。


「成る程そうでしたか。儂だけにとどまらずうちの孫娘の命を助けていただいて本当にありがとうございます。このお礼はいつか必ずいたします」


 言いながら老人はこちらに深くお辞儀をしてくる。


「い、いえ! そんな!!」


 礼を言われた愛梨は思いっきりたじろいでいた。目上の人から礼をいわれるのには慣れていないのだろう。が、俺はそれよりも一つ気になっていたことがあった。


「あの、先程郊外と都市部ではかなり貧富の差が激しいとお聞きしたのですが、人口比は大体どれくらいなんですか? ここに来るまでの道中を見ても結構な数の人がここで暮らしていると思うのですが……」


 路上で生活している人も含めれば恐らく都市部の1.5倍は数がいるだろう。しかし、老人の答えは俺の予想をはるかに上回った。


「そうですなぁ……。最低でも8割はいるかと……」


「8……!?」


 隣で息を呑む音が聞こえたが、これには俺も戸惑いを隠せなかった。8割? 仮にここに来るまで人が少ない場所ばかりを通ってきていたとしても、都市部の二倍以上の場所が貧民街になっていなければそうはならない。それに何より、


「あの、それならなんで反抗しないんですか? 俺が戦ったようなレベルの兵士であれば、特別脅威でもないと思うのですが……」


 事実先日までいた村では奇襲戦法とはいえ、お世辞にも戦闘慣れしているとは言えないメンバーだけでかなりの人数差をひっくり返した。それが出来るということは逆に言えばそこまで兵としての練度自体は高くないということ、兵士全体と貧民街で戦える面々の比率を考えてもざっと5倍にはなると思われるし、勝ち目がない戦いではないはずだ。しかしそんな俺の問いに老人は静かに首を横に振り、


「いいえ、不可能です。何故なら向こうには太陽の石があるのですから」


 太陽の石? なんだそれは。少なくともあの村ではそんな話を聞かなかったが……。


「太陽の石というのはこの国の王が持つ魔道具、その効果は一定範囲内にいる騎士のステータスを2倍にするというもの。あくまで都市部を覆う程度の範囲にすぎませぬが、あれがある以上我々には攻め込む手立てがありませぬ」


 ふむ、確かにそんなものがあれば話は別だ。一人倒すのに何十人もの犠牲を払うと考えると、現状こちらの戦力はあまりに少なすぎる。


「やっぱり諦めるしかないよね……」


 と、それまで話を聞いていただけのリィンがぽつりと一言漏らした。諦める? 一体何をだろうか。


「私行くよ! じゃあね!!」


 そう言ってそのまま外に駆け出すリィン。先ほどから行動の意味がさっぱり分からない。だが、老人にはその意味が分かったらしい。


「リィン! 早まるな!!」


 そのまま老人は立ち上がろうとするも、足に力を入れるのが難しいのか前のめりに倒れ込んだ。


「ちょっとお爺さん!?」


 愛梨が即座に止めにかかったが、老人はなおも無理やり体を動かそうとする。誰の目から見てもただ事ではないのは明らかだった。


「放してくだされ! このままではあの子は……、あの子は国王の奴隷になってしまう!!」


 老人の唐突なカミングアウトに、俺たちは揃って顔を見合わせるのであった。




「ようやく腹が決まったようだな」


 私が都市部の入り口まで行くと、そこには先程とは別の騎士が立っていました。どうやらユーイチさん達が言っていたことは本当だったようです。ですが、私は今からそんな彼らの善意を無駄にします。


「煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。私はもう逃げる気も隠れる気もありません」


 始まりは私が国王の奴隷になることを拒んだ事でした。貧民街では毎年王に女性を献上するという慣習があり、この女性は王自ら指名することになっています。この指名は毎年決まった日、貧民街の女性全員を一か所に集め、そこで王が気に入った女性を一人指名されるのです。


 そして私はそこで選ばれてしまった、運が悪いことに私はあの王に選ばれてしまったのです。当然私は拒絶しようとしました。あの脂ぎった顔に下卑た笑みを貼り付けた王に身体を弄ばれるなど、想像しただけでも吐き気を催してしまいます。


 ですが私は行かなければなりません。だって私のせいでお爺ちゃんは毒に倒れることになったのですから。私をかばってしまったから。これ以上私が駄々をこねれば、私とお爺ちゃんの命を助けてくれた二人にまで危害が及びかねない。だから私は行くしかないんです。私にできることはそれしかないのですから。


 しかし私が一歩踏み出したその時、後ろから声が聞こえたのです。


「リィン! 門から離れろ!!」


 反射的に私が門から数歩下がると、次の瞬間何やら騎士たちが水に濡れていました。幸い水はこちらにかかりませんでしたが、何やら変なにおいがしてきました。何といえばいいのかは分かりませんが、とにかく強烈なにおい、少なくともいつまでも嗅いでいたい類のにおいではありません。


 しかし次の瞬間水をかけられた兵士たちは急に地面をのたうち回り始めたのです。太陽の石でステータスを強化された兵士たちが。


「ステータス制の割には塩酸もらっただけで倒れちゃうんだ。ちょっと意外かも」


「ゲームの世界じゃねぇし、頭ブチぬかれりゃ体力関係なく死ぬだろ。まぁ騎士共の元のステータスが貧弱過ぎるって可能性もあるけど」


 再び背後から聞こえてくる声。しかし私には信じられませんでした。だってその声の主はこんなところにいるはずがないのですから。けれど、


「愛梨、リィンは任せた。俺はちょっと行ってくるわ」


 そこにいたのは紛れもなく私を助けてくれた二人でした。彼らは私のことなど大して知らないはずなのに、わざわざ私のために危険を冒す必要などどこにも無いはずなのに。


「どう、して……?」


 お礼を言わなければならない場面であることくらいわかっています。ですが、それ以上に彼らの行動が不思議だったのです。しかし彼らはそんな私の疑問に不思議そうな顔をして、


「なんでって……、普通困ってる人がいたら助けるよね?」


 ああ、そうかと、この時になって私はようやくわかったのです。彼らにとっては人を助けることなど当たり前なのだと。そのためなら身体を張ることを厭わないのだと。


「んじゃあ他に質問も無いみてぇだし改めて行ってくるわ。そっちは任せた」


「うん、任された。行ってらっしゃい」


 駄目、いくらユーイチさんが強くても王国兵は並の強さではないのです。それに城の中には聖騎士と呼ばれる人理を超えた剣士たちもいます。一人で全員に立ち向かうなど正気の沙汰じゃありません。


 けれど、どうしてでしょう。危険なはずなのに、無謀なはずなのに、彼ならばやってくれるかもしれないと、彼の後ろ姿からはそう思えてしまうのです。そして私が止める間もなく彼は城に向かって歩いていきました。まるでお伽噺に出てくるヒーローのように。

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