政治手腕
《サイド:御神涼》
(はぁ…。今日もこの場所なのか…。)
出来ることならあまり近づきたくはないんだけどね。
杞憂様が来られる以上は嫌だなんて言えないようだ。
(でもまあ、今更かな…。)
あとのことを考えると気持ちが重くなってしまうものの。
一度座ってしまったら二度も三度も結果は同じだ。
だったら今は王座に座って杞憂様を出迎えよう。
「毎日、御足労頂いて申し訳ありません。」
「ははははっ。何を仰られますか。こうして謁見させていただくのが臣下の務め。当然のことをしているまでです。」
(…うーん。)
僕としては臣下としてではなくて、一人の仲間として接してほしいんだけど。
やっぱり今日も形式を崩すことは出来ない様子だね。
(…もうこうなったら仕方がないか。)
すでに始めてしまったことを後悔しても仕方がない。
それよりも今は不動さんに対する今後の方針を話し合ったほうがいい。
ひとまず今日は僕と唯と香澄様に杞憂様と幻弥さんの5人で会議を行うつもりでいるんだけど、
杞憂様と香澄様の意向によって今日も王座に座ることになってしまった僕の隣に唯が立ってくれている状況になる。
「ふふっ。昨日はご苦労様でした。」
「いえいえ、これも僕の役目ですから。」
香澄様に労われたことで苦笑してしまう。
その理由は昨日一日を事後処理に忙殺されていたからだ。
不動さんとの戦いにおける死者の弔い。
死亡した兵士達の家族への謝罪。
そして王城の復旧作業。
それらの手続きを行いつつ王族葬儀のための費用の確保を行う。
さらには財政の立て直しと数日後に行われるはずの兄上の国王就任の段取り。
その後の引継ぎの準備もふくめてやることが多かったんだけど。
国王の日々の職務である内政も忘れることは出来なかった。
(これが思っていた以上に大変なんだよね…。)
今まで直接関わることのなかった政治。
足りない知識での慣れない作業は想像以上に辛かった。
何より国王が死亡した噂はあっという間に国中に広まってしまったからね。
当然、他国にも知れ渡っているはずだ。
国王が暗殺されると言う緊急事態によって近隣諸国がどう動き出すか分からないという不安に同盟国からの使者への対応と敵対国の監視も必要で、
内政が不安定な現状でも国境の警備は優先的に維持しなければならない。
だけどそんな複雑な判断を僕が一人で行うわけにはいかないし、
唯や兄上に相談する必要があるんだよね。
それなのに肝心の兄上が話を聞いてくれないから上手く話がまとまらないんだ。
(こうなると一日でも早く兄上に復帰してもらいたいんだけど…。)
まだまだ退院の報告はないから後退がいつになるのかが分からないままになる。
(それでも今は香澄様がいてくれるからありがたいかな。)
僕一人の裁量ではどうしても限界があるせいで、
戦争を恐れる人々の不安を少しでも和らげようと香澄様も町の各所で活躍してくれていたんだ。
例えそれが一時的な処置だったとしても香澄様が動いてくれたことによって僕の負担が大きく減ったのは事実になる。
だから感謝の気持ちを忘れるつもりはなかった。
(…本当に有難いな。)
香澄様にとって僕は妹の子であると同時に血の繋がったただ一人の家族だからか、
息子同然ように接してくれているんだ。
そして僕のために大聖堂の司祭として多くの神官や僧侶を総動員して国内の不安を治めてくれている。
その手腕は父上に匹敵するほどで、
国王が不在の現状でも国民の支持が高い香澄様のおかげで人々が必要以上に混乱することはなかった。
まあ、城内では大臣達や貴族達が慌てふためいているけどね。
ひとまず国民は僕と香澄様の努力によって表面上は安定しているようだ。
それに今は唯も積極的に働いてくれていて、
使者の葬儀に家族への謝罪などを自ら赴いて活動したことによって特に不満の声があがることはなかったらしい。
もちろんまだまだ全てが解決したわけではないけれど。
唯の活躍によって王族への信頼が増したのは事実かもしれない。
そういう意味でも国内の混乱を収めたのは唯の存在も大きかったんじゃないかな。
みんなのおかげで不慣れな政治でも全ての事務を一日がかりで片付けることが出来たんだ。
「今になってようやく父上の苦労がわかったような気がします。」
「ふふっ。」
「ははっ。」
素直な気持ちを言ってみると、香澄様も杞憂様も苦笑していた。
「上に立つというのは大変なことですから。」
ええ、そうですね。
杞憂様に言われて素直に頷くしかなかった。
「今まで自分がどれだけ楽をしていたのかを痛感します。」
「「「「………。」」」」
(…あれ?)
僕としては素直な気持ちを言ってみたつもりなんだけど、
何故かみんな黙り込んでしまったんだ。
(…何か言い間違えたかな?)
みんなを困らせることでも言ってしまったのかと思ったんだけど。
どうやらそういうことではないらしい。
「お兄様…。」
唯が悲しそうな表情で首を左右に振っている。
この表情とこの態度。
唯がこういう仕草を見せるときは僕を慰めようとしてくれている時だ。
(…と言うことは?)
改めてみんなを見てみると、
杞憂様も香澄様も幻夜さんでさえも苦笑いを浮かべていた。
(…あえて何も言わない感じかな。)
兄上の圧力による制限のかかった生活をみんなは知っているからね。
僕が楽をしていたとは思ってはいない様子だった。
(まあ、それでも苦労ばかりしてたわけではないんだけどね。)
今回、香澄様が僕のために行動してくれていたように、
僕は僕で父上の役に立てるように陰ながら協力していたつもりだ。
だからこそ『王族として何不自由ない生活』があるとしたら、
それは兄上のための言葉かもしれない。
僕は決して裕福な環境で育ったわけじゃないからだ。
他の人々に比べれば恵まれた環境だったとは思うけれど。
それを当たり前だと思ったことは一度もなかった。
出来る限り自分のことは自分の力で解決しようと考えていたからね。
城内にいる間は唯が気を遣って手配してくれたりもするけれど、
基本的には城下に出て自分で稼いだお金で食事をするよう心がけていたんだ。
(…その理由はいつでもここを出ていけるように、だけどね。)
王都で仕事を捜してお金を稼ぐ。
その方法として盗賊を捕縛したこともあるし、
何度か狩猟に参加したこともある。
もちろん戦いだけじゃない。
町の建築に参加することもあるし、大聖堂で働くこともあった。
お祭りがある時は準備を手伝いもするし、人々に混じって参加することもある。
それに武道大会や剣術大会には必ずと言っていいほど参加していた。
まあ、師匠には勝てなかったから一度も優勝したことはないんだけどね。
それでも城の外で行動していたおかげで今では誰もが僕の顔を知っているし、兄上よりも有名になってしまったかもしれない。
そのせいで余計に兄上の反感を買ってしまうわけだけど。
実際問題として王族としてあるべき姿ではないだろうね。
だけど国民としては普段から関わりのある僕が国王になることを望む人は多いようだ。
その事実が余計に兄上の負担になって僕を憎むようになってしまっている理由だとも思う。
だから、かな。
僕に課せられる制限は日増しに大きくなっていって自由を束縛されてしまうんだ。
その辺りの事情は他の誰よりも唯が一番理解してくれているわけだけどね。
傍に居てくれる唯が何かを言いかけようとしたところで、
別行動をとっていた様子の渚が謁見の間に入ってくる姿が見えた。




