ものは言いよう
《サイド:不動幻夜》
(…ん?もう朝か?)
目が覚めてすぐに窓の外に視線を向けてみたのだが、
今日は久々にのんびりと眠ってしまったようで、太陽はすでに頂点に昇ろうとしていた。
(もう昼か…。)
昨夜は父との戦いに備えて八雲と二人で今後の計画を話し合ったために眠りについたのが遅かったこともあり、予定していた時間を大幅に過ぎてから目覚めることになってしまった。
「…さすがに今日は置いてないな。」
部屋を出ていつもの場所を見てみたのだが、恭子様の弁当箱は用意されていなかった。
「もうすぐお昼だからな。さすがに片付けたか?」
「いいえ。」
(…なっ!?)
突然背後から声をかけられたことに驚いてわずかに体を振るわせてしまう。
(全く気付かなかったぞ!?)
「き、恭子様…。」
「おはよう。」
「は、はい。おはようございます。」
ゆっくりと歩み寄ってきた恭子様が手にしている弁当箱を差し出してくる。
「昨日は遅くまで起きているようだったから今朝はおきるのが遅くなると思って今持ってきたのよ。」
(…そ、そうだったのか。)
「ありがとうございます。」
「ふふっ。」
(………。)
一体どこまで行動が読まれているのだろうか?
自分でもわからない予定を完全を読まれていることにあせってしまうのだが、
ここはひとまず恭子様から弁当箱を受け取ることにした。
「ありがたく頂きます。」
「素直なのは良いことね。まあ、珍しくこの時間まで部屋にいるのなら一緒に昼食でもと思ったんだけど。残念なことに今日は外に出かけないといけなくなったからお弁当を用意したんだけど…文句はないわよね?」
「え、ええ。もちろんです。」
特にこだわりがないということもあるが、
恭子様と長時間関わるのは精神的に疲れるからな。
「用意していただいたことに感謝しても不満なんてありません。」
「ふふっ。ものは言いようね。」
(………。)
どういうことだろうか。
まさか個人的な考えまで見通されているのだろうか?
(…これは敵わないな。)
どうにも相性が悪い。
そんなふうに感じてしまう。
(…まあ、杞憂様の代理として神宮をまとめている方だからな。)
多くの者達と接する機会が多いことで自然と他者の考えが読み取れるようになったのだろう。
(…それに陰陽師としても杞憂様に次ぐ実力者だからな。)
おそらく恭子様と力比べと言うことにでもなれば、
良くて互角か僅かに劣る結果になってしまうだろう。
もちろん全ての陰陽師の実力を把握しているわけではないが、
現時点で把握している範囲で考えると父が最上位で次に杞憂様になる。
そして恭子様の次に自分が入り、八雲に続くと考えている。
涼様や仁様も陰陽師としては十分に優秀なのだが、
まだまだ上位に食い込めるほどではないだろう。
ただ、朝倉司教様は相当な実力者だと聞いているので、もしかすると順位が変動する可能性があるかもしれない。
(…まあ、実際に見たことがないから何とも言えないが。)
ひとまず父と杞憂様と恭子様に自分と八雲の5人が最上位だろうか。
さすがに他国までは分からないが、
王都近辺で言えば候補はかなり絞られてくるからな。
…とは言え、だ。
アルバニア王国は陰陽師の聖地であり、他国の追随を許さない強国でもある。
その中でも中心に位置する王都での上位となれば世界に通用する実力と言えるはずだ。
(…過信は禁物だがな。)
どれほどの実力があっても死の危険性は常にある。
王城に配備されていた一級陰陽師達が父の手によって全滅したように、
歴史に名を連ねるほどの実力者と言えども勝利は絶対ではないからだ。
(…だからこそ、父の行動は問題になる。)
この国では陰陽師は王族貴族に継ぐ権力を認められているからな。
どんな田舎の人間であっても、陰陽師になれば人並み以上の生活が保障される。
もちろん幸福の代償としてある程度の義務を請け負うことになるのだが、それを差し引いても陰陽師になるのは価値があることだろう。
とは言え誰もが陰陽師になれるものではない。
実際にはどれほどの修練を積もうとも成果の出ない者が大半なのだ。
この命神宮においても数え切れないほどの人々が入門して次々と脱落している。
そうして残ったごく少数の者だけが陰陽師を名乗れるのだが、その確立は数百人に一人といった割合だろうか。
そのせいでほとんどの陰陽師は自分達を天才だと思いこんで他者を見下す態度をとる傾向にある。
特に今回の戦いで死亡した一級陰陽師達は高位の陰陽師としてかなり大きな権力を与えられていたのだ。
それらも死んでしまっては意味がないのだが…。
基本的には陰陽師としての力を認められたものが三級陰陽師となり、
式神を扱えるようになってようやく二級陰陽師と呼ばれて、ある程度の権力を与えられるようになる。
その後、二級の中で実力を認められれば一級となれるのだが、
二級と一級の壁はかなり大きいために並みの努力ではたどり着けないと言われている。
数百人に一人の陰陽師の中にあって、さらに百人に一人、ごく一部の人間だけが一級を名乗れる割合となるからだ。
だからこそ自分の力を過信して格下の陰陽師や一般の人達を見下す傾向になってしまうのだが、
そんな傲慢な態度が気に入らないということもあって恭子様は苦労しているようだ。
そのせいで一級陰陽師筆頭としての立場にいる恭子様とは普段関わることがない。
せいぜい食事の時だけだろうか。
そんな人がどうして食事の用意をしてくれるのかは知らないが、
こういう機会でもなければそうそう会う機会のない人物とも言える。
(…それでも用意していただいたものだからな。)
「ありがたく頂きます。」
素直に受け取ることで、恭子様は優しく微笑んでくれていた。
「それじゃあ、しばらく留守にするけれど。日が暮れるまでには帰ってこれると思うわ。」
「はい。わかりました。」
「ええ、またあとでね。」
背を向けて立ち去っていく。
そんな恭子様を見送ってから、
受け取った弁当箱を鞄に詰め込んだ。




