恐れる理由
《サイド:不動幻夜》
(ふぅ…。どうにか無事に戻ってこれたな。)
共に六詠山を下山した私と八雲は、
特に寄り道などせずまっすぐに命神宮へと帰ってきた。
「さすがに今日は疲れたな。」
自室に帰るために戸を開いて中に入る。
その瞬間に。
(…うっ。)
寒気を感じて立ち止まってしまった。
(こ、この気配は…。)
開けた戸から逃げ出すべきかを一瞬考えたものの。
無駄な抵抗は危険と判断して、大人しく戸を閉めることにする。
「た、ただいま戻りました…。」
「よ、よう…。」
八雲共々恐れる理由。
それは目の前にいる人物にある。
(な、何だ…?)
いつもとは雰囲気が違うのだ。
明らかに怒りの表情がうかがえる。
「き、恭子様…?」
「今日は思ったより早かったわね。」
「は、はあ…。すみません。」
なんとか恭子の怒りを静めようと下手に出て様子を見てみた。
「あ、あの…。怒っているのですか?」
「ええ。少々気に入らないことがあったけれど、貴方達に対して怒ってる訳じゃないから気にしなくていいわ。」
(…そ、そうですか。)
恭子様の言葉を聞いてひとまず安堵のため息を漏らしてしまう。
「それでは何かあったのですか?」
「些細なことで口論しただけよ。」
口論?
恭子様と?
そんな勇気のある人物が神宮にいただろうか?
「相手はどなたですか?」
「事務連中よ。54名もの一級陰陽師達の葬儀を全て私に押し付けようとしてきたから断ったわ。今ごろ彼等は事務に忙殺されて苦しんでいるでしょうけど…。たまにはお灸を据えないと調子に乗りすぎるから扱うのに苦労するわね。まあ、反対に貴方達は行動が単純だから楽で良いけど。」
(…そ、そうですか。)
恭子様の愚痴を冷や汗を流しながら聞いていたのだが、最後の言葉を聞いてわずかに落ち込んでしまった。
自分ではそんなことはないと思っているのだが、
どうやら自分達が思っている以上に、恭子様はこちらの動向を予測しているらしい。
「…それはそうと葬儀とは?」
「ああ、そういえば貴方達はまだ知らなかったわね。」
「王城で殺害された者達のことですよね?」
「ええ、そうよ。昨夜、王城を守護していた陰陽師54名が全員殺されたことで葬儀を行う必要があるんだけど。教会からは他の死者の葬儀で手一杯だから、こっちで出来ることはこっちでしてほしいと頼んできたのよ。」
ああ、なるほど。
確かに教会の言い分は理解できる。
たった一晩で多くの者達が虐殺されたのだ。
一般の葬儀も通常通り行わなければならない状況で国王や王妃の葬儀まで請け負わなければならないことを考えれば、分けられる負担は分けたいと思っても仕方がない。
「54名もの葬儀となるとなかなかに大変ですね。」
「でしょうね。まあ、私がやるわけじゃないから苦労するのは事務連中だけど。それ相応の形式を整えようと思うと時間的にも資金的にも大変でしょうね。」
(………。)
まあ、それもそうだとは思う。
だがそれよりも恭子様はどうしてこんなにも落ち着いていられるのだろうか?
(…仮にも現場にいたのなら。)
亡くなった者達がどんな死に方をして、どんな最期を迎えたのかも知っているはずだ。
それこそ私が知る以上のことを知っているはず。
「恭子様は…。」
「私から言えることは何もないわ。知りたいことがあるのならお父様に尋ねてみることね。」
杞憂様に?
「帰って来たら部屋に来るように伝えてほしいと言われているから、何かしら話が聞けるんじゃないかしら?」
「…そ、そうですか。」
本心を言えばまだまだ聞きたいことがあるのだが、
おそらく恭子様は何も答えないだろう。
(…だとすれば素直に杞憂様に会いに行くか。)
ここで恭子様に睨まれるよりはマシだからな。
「行くぞ、八雲。」
「…だな。」
八雲も恭子様から離れたかったのだろうか。
声をかける前から歩き出していた。




