陰陽師『不動時雨』
「…ふむ。まあ、良い。それよりもせっかく来たのだ。先に友人を紹介しておこうか。」
「あ、はい。お願いします。」
本当はさっきからずっと気になっていたんだ。
(何だろう?この感じは…。)
上手く言葉に出来ない何かを感じてしまうんだ。
父上の古くからの友人という人物。
この人から感じる雰囲気は今まで出会った誰よりも穏やかで、瞳から感じられる優しさは父上に勝るとも劣らない不思議な光を放っている。
「彼はわしが幼少の頃からの親友でな。名は『不動時雨』と言い、この国において最強と呼ばれる超一流の陰陽師でもあるのだ。」
(…え?超一流の陰陽師?)
今まで数え切れないほどの陰陽師を見てきたけれど。
確かに、この人は他とは違うのかもしれない。
不動さんから感じる威圧感に近い覇気は他の誰よりも圧倒しているように感じられるからだ。
「何だか不思議な気配を感じます…。」
「ほう。分かるのか?」
何気なく呟いてみた言葉が気になったのだろうか?
不動さんは楽しそうに微笑んでくれていた。
「俺の力が感じられるのであれば陰陽師としての素質があるのかもしれないな。」
「えっ?ぼ、僕がですか?」
「ああ。目には見えない『存在』を感じ取れるというのはそれ自体が一種の才能だからな。努力と才能次第では一人前の陰陽師として活躍することも出来るだろう。」
僕が陰陽師に?
王家の一員としての生涯。
そんな漠然とした未来しか持てなかった僕にとって、不動さんの言葉には心惹かれる響きがあった。
「僕も陰陽師になれるのですか?」
「ははははっ。それはどうかやってみなければ分からないが、陰陽師とは一種の職業だからな。努力次第で成ることは出来る。もちろんどこまで大成出来るかは本人の努力次第だがな。」
(………。)
僕の努力次第で僕自身の未来が変わる?
王家の人間として定められた人生ではなくて、
僕自身の意志で僕の人生を変えることが出来るのだろうか。
「興味があるか?」
「あ、い、いえ…。僕には、そんな…。」
そんな自由が認めてもらえるわけがない。
今でさえ行動に制限がかかっている状況なのに。
陰陽師の修練なんて受けられるわけがないんだ。
「ぼ、僕は…。」
「…ふむ。」
言い淀んでしまう僕を見ていた不動さんは、
少し考えるようなそぶりを見せてから何かを思いついたかのように語り出した。
「この世には光と闇がある。光差すところに影が在り、影現すところに光が在る。」
(…え?)
「陰と陽の調和の元に、光と影は対をなし、善と悪は対をなし、生と死は対をなす。」
(…な、何を?)
「天には空が、地には世界が、全ての物が対をなし、表があれば裏があり、裏があれば表がある。」
表と裏?
「全てのものに平等に命があり、全てのものに平等に死がある。」
平等?
「それ以上でもそれ以下でもなく、天地神明、森羅万象の全ての理は表裏一体なり。」
表裏、一体。
「闇の力、必ずしも魔にあらず。光の力、必ずしも聖にあらず。陰陽道の極意、それすなわち太極なり。」
(………。)
「この意味が分かるか?」
「い、いえ…。」
「…だろうな。だがこれらは陰陽道の極意であると同時に、人生においての真理でもあるのだ。」
「人生の真理?」
「そう。真理だ。自らが望む未来を願え。そのために出来うる全ての努力を示せ。それが生きるということであり、希望へと至る唯一の手段になるのだからな。」
(…希望へと、至る?)
「お前は何を願う?」
「僕は…僕は…。」
どうしたいのだろうか?
「お前は何を求める?」
「僕は…僕が求めるモノは…。」
何だろうか?
「お前は何のために生きる?」
「僕の…生きる理由…?」
そんなことを。
そんなことを考えても良いのだろうか。
「他人が決めた人生も悪くはない。だが自らが求める人生にこそ価値が生まれるものだ。お前が求める未来は何だ?お前が求める人生は何だ?」
僕が求める人生。
「自らの想いを隠すな。望むべき想いを叫べ。それが生きるということだ。」
生きるということ?
本当にそうなのだろうか?
分からない。
(…だけど。)
もしも自由に選べるのなら。
もしも僕にも選択することが出来るのなら。
「僕は…生きたいです。僕が僕であるために。そして僕を必要としてくれる人のために!」
「…ふふっ。」
「ははははっ!!」
(…え?)
思わず叫んでしまった言葉。
僕の想いを聞いてくれた父上と不動さんは、
まるでこの瞬間を待っていたかのように楽しそうに笑い出したんだ。