四賢者
王城を出て大聖堂に向かう。
王都の通りは普段通りに見えるけれど、
大聖堂まで来てみると急激に人が増えたように感じられる。
(まあ、当然だろうね。)
町に被害はなかったとはいえ、
王城では多くの死者が出てしまったんだ。
亡くなってしまった彼等の親族が葬儀のためにここに集まるのは当然だし、
そうでなくても王城が襲撃されたことに不安を感じて神に祈りを捧げに来る人もいると思う。
(中はもっと人が多いのかな…。)
入口の周辺だけでも多くの人々がいるんだ。
大聖堂の中にはもっと沢山の人がいても不思議じゃない。
(あまり迷惑にならないように気を付けよう。)
周囲の人々をよけながら大聖堂に入る。
そして奥に向かって進んでいく。
その途中で目的の人物を捜そうと思っていたんだけど、
思っていたよりも簡単に見つけることが出来た。
(どうやら仕事中のようだけど…。)
せっかくここまで来たんだ。
邪魔にならないうちに話を終えて早めに出て行こう。
「お忙しいところ、申し訳ありません。」
「ふふっ。そんなに畏まらなくても大丈夫よ。」
司祭として人々の相談を受けている香澄様に話し掛けてみると、
香澄様はいつもと変わらない笑顔で対応してくれた。
(見た感じは大丈夫そうだね。)
心の中では悲しんでいるのかもしれないけれど。
表面上は笑顔を維持しているんだ。
(司祭という立場上、落ち込んでいる暇はないのかな…。)
香澄様は大聖堂の司祭だ。
悩みを抱える人々を導くという役目があることで、
無理にでも気丈に振る舞わなければいけないのかもしれない。
(…出来れば、僕としては休んでいてほしいんだけどね。)
おそらく渚も同じ考えだと思うけど、
そういうわけにはいかないようだ。
(せめて渚を帰してあげるべきだったかな?)
香澄様の娘だからね。
渚がいれば少しは香澄様の精神的な負担が減ると思う。
(まあ、渚に関しては唯の許可が必要なんだけどね…。)
今から16年ほど前に、香澄様は大聖堂に捨てられていた赤子を保護して育てることになった。
それが渚なんだけど。
唯が8歳の頃にここで渚と出会って仲良くなったんだ。
まあ、不動さんや香澄様に陰陽術を教わっていた頃だね。
それからは渚も王城を出入りするようになって、
渚が13歳の誕生日を迎えると同時に正式に唯の侍女になったという経緯があった。
だから渚の外出許可を出せるのは僕じゃなくて唯になるんだけどね。
その唯が今は亡くなった兵士達の親族への対応に追われていることで、
側近の渚に休暇を与える余裕はないだろうからすぐには大聖堂に戻れないだろうね。
まあ、渚の帰宅に関しては唯の判断に任せるしかないんだけど、
今でも渚の本当の両親が誰かは分からないままだ。
もしかしたら渚の両親はもうこの世にはいないのかもしれないし。
仮に生きていたとしても王都にはいない可能性があるからね。
無理に探そうとしたことはなかった。
だから渚にとっての母親は香澄様であって、誰よりも大切な家族のはずだ。
ただ、香澄様は渚の他にも行き場のない子を保護して大聖堂で育てているからね。
香澄様にとっては渚だけが家族というわけじゃない。
だけど僕の知る限り、香澄様から陰陽術を学んだのは渚だけじゃないかな?
基本的に保護した子供達は全員が修道士や修道女としての教えを受けるんだけど、
神官になることが強制というわけではないから比較的自由に育つ権利を与えられているんだ。
だから無理に宗教を学ぶ必要も陰陽術を身につける必要もない。
成長して大人になったらいつでも大聖堂を離れられるわけだからね。
わざわざ危険な道を進む子供はいないようなんだけど。
渚だけは香澄様から陰陽術を学ぶことにしたようだ。
まあ、そのきっかけは唯の影響かもしれないけどね。
唯と仲良くなった渚は、唯と一緒に陰陽術を学ぶ気になったのかもしれない。
実際にどうかは渚にしか分からないけれど、
香澄様の子供の中で陰陽術を扱えるのは渚だけのはずだ。
とは言え、大半の子供達は成人しても神官としての道を歩むことが多いらしい。
自分達が保護してもらったように、自分達も困った人達に手を差し伸べられる人になりたいと思うそうだ。
もちろん全く別の人生を歩む人達もいるみたいだけどね。
軍隊に入る者もいれば、商人になる者もいるらしい。
それでも彼らは決して大聖堂の事を悪く言ったりはしないようだ。
決して楽な生活ではないだろうけど、ここには多くの友人や優しい母がいるからね。
大聖堂こそが彼らにとって帰るべき家なんじゃないかな。
だから今でこそ王城で勤めている渚も帰るべき場所を1つ選ぶとすれば大聖堂のはず。
まあ、そういうこともあって香澄様は多くの人々から信頼を得ているんだ。
国王である父上と国内最高の剣士と謳われた葉漸師匠。
そして命神宮の杞憂宗徒様に大聖堂の朝倉香澄様の4名がアルバニア王国を代表する『四賢者』と呼ばれている。
(…現段階では父上も師匠も倒れたことで空白の称号だけどね。)
だけどそのうち新しい名前が加えられるんじゃないかな?
一応、兄上が国王になれば一つは確定するわけだから当分の間は三賢者になるのかもしれないけど。
まあ、少なくとも僕がそこに名前を連ねることはない。
それどころか国外退去の可能性が濃厚だから、
僕としては誰が賢者の地位に就くとしても興味はないからどうでもいいとさえ思ってる。
(それはまあ、本当にどうでも良いんだけど…。)
そんなことよりも今は香澄様との相談が優先だ。
葬儀の段取りに関して相談することにしよう。




