死期
父上の無事を確認するために最上階へと急ぐ。
その途中で通過することになる謁見の前にたどり着くと、
反対側の入り口から一人の人物が姿をあらわすのが見えた。
「何者だっ!?」
何者かの姿を確認して即座に刀を手に取ったんだけど。
この場に現れたのは僕達も良く知る人物だったんだ。
「…ふむ。出来ることなら遭遇しないことを願っていたのだがな…。」
(…なっ!?どうして?)
どうして不動さんがここにいるのだろうか?
「やはり王族の血は絶やさねばならんのか…。」
(…え?)
僕達の姿を確認した不動さんは何故かため息を吐いている。
「これが運命だというのであれば、お前達にも死んでもらうしかないのか。」
(…う、運命?)
不動さんが何を言っているのかが理解できなかった。
だけど師匠は迷うことなく飛び出していったんだ。
「今、『お前達にも』と言ったな?まさか…武尊を殺したのか!?」
(…え?)
不動さんが?
父上を?
そんなはずがない。
不動さんと父上は親友のはずなんだ。
だから不動さんが父上を殺すはずがない。
それなのに。
不動さんは堂々とした態度で事実だけを答えようとしていた。
「国王と妃はすでに死んだ。困ったことに王子の一人は逃げ出して姿をくらましているがな。」
(…なっ!?)
父上と母上が死んだ?
ひとまず兄上は生きているようだけど。
不動さんの言葉が事実であれば、父上はすでに死んでいるということになる。
「許さんぞ!!!」
不動さんの発言によって師匠の表情が険しくなった。
瞬時に殺気が放たれて、鞘に収めたままの刀に手をかけながら一気に不動さんに踏み込んだんだ。
「死ねっ!!」
師匠が放つ最速の居合。
僕でさえ反応できないほどの居合切りが不動さんを捉えるはず…だったのに。
「…遅いな。」
あっさりと居合の間合いから抜けだした不動さんが右手を師匠に向けている。
そして黒い炎を生み出して師匠に向けて放ったんだ。
「地獄の業火を味わうがいい。」
「ふん!それがどうした!?この命に代えても貴様を討つまで!!」
師匠は怯むことなく炎の中に飛び込んで、不動さんに斬りかかっていった。
「武尊の仇はとる!」
「…ちっ!」
今回は師匠の一撃を回避しきなかったようで、
不動さんは突き出していた右手を斬られて後退していく。
(…どうする!?)
どうしてこうなったのかは分からない。
だけど不動さんが敵対していて、父上が殺されたのは事実のようだ。
(…とにかく不動さんを取り押さえるんだっ。)
「唯!渚!援護するぞ!」
「「はい!!」」
僕の指示によって、戸惑いを見せていた二人の表情が瞬時に切り替わっていく。
「神の名の下に!」
「法の名の下に!」
二人同時に生み出す光。
唯に続いて渚も攻撃を開始して不動さんに襲い掛かる。
「悪を滅ぼす光を!!」
「等しく裁きの光を!!」
「…ふん。小ざかしい!」
左手を光に向けた不動さんが何かの力を発動した。
「遮光。」
生まれたのは黒い壁だ。
光を遮る壁が防御結界となって、唯と渚の光を遮ってしまった。
(…だけどっ!)
今の攻防で不動さんの視界が遮られたのは事実だ。
「一閃!!」
光と壁が消失した瞬間に僕も全力で抜刀した。
ほぼ同時に飛び出した師匠も居合の構えを取っていて全力で刀を抜き放っていく。
「武尊の仇!!」
僕と師匠の居合がほぼ同時に不動さんを捉える。
『ズバンッ!!!』と響き渡る二つの斬撃音。
「ぐあああああああああっ!?」
僕達の攻撃から逃げることができなかった不動さんは左手を失ってしまい、わき腹も大きく切り裂かれた。
「ちぃっ!!!」
懸命に後退する不動さんだけど、
動きが鈍った今の状況なら十分に取り押さえられそうだ。
(…今のうちに!)
弱った不動さんに捕えるために休む暇を与えず動き出す。
そうして不動さんを捕獲しようとしたんだけど。
「地に沈めえっ!!」
不動さんは更なる力を解放して僕達の接近を阻んできたんだ。
(…なっ?)
「うわあああああぁぁぁっ!!」
不動さんの陰陽術が先に発動してしまい、
僕達は極度の重圧を受けて武器を落としてしまった。
そしてそのまま床に倒れて身動き1つ取れなくなってしまったんだ。
「はあっ…!はあっ…!」
不動さんは斬られたわき腹と左腕に力をこめて強引に止血している。
だけどそれでもまだ完全には止められないようで、
ふらつく足取りで僕達に歩み寄ってくる。
「まさか、これほどの力を持つとはな…。少々侮りすぎたか…。」
「くっ!ここまできて動けぬとはっ…!」
師匠は重圧から逃れるためにもがいているけれど、
どうやら指一本動かせないようだ。
その様子を見ていた不動さんは微かに笑みを浮かべていた。
「無駄だ。この呪縛から逃れることなど…な、何っ!?」
余裕を見せていたはずの不動さんの表情が一瞬にして驚愕に変わる。
その理由はおそらく一つ。
僕だけは動くことが出来たからだ。
「負けはしない…っ!」
僕の実力では不動さんの術は破れない。
だけど僕には強力な味方がいるんだ。
(…この手に秘宝がある限りっ!)
「この程度の力で屈したりはしない!!」
重圧に耐えながら再び剣を構えてみせた。
「次は逃がしません!」
「…なっ?ま、まさかお前は…天と交わったのか!?」
(…は?天と?)
「どういう意味かは知りませんが、父上を殺した貴方を許すつもりはありません!!」
「…は、ははっ。そうか。まだなのだな。ははははっ!!ならば尚更都合がいい、今ここでお前の命を絶つ!我が力に抵抗できるほどの力を生かしておいては必ず脅威となるからな。その力が育つ前に死んでもらうぞ!!」
「その前に貴方を捕えます!!」
右手で剣を構えて、左手で秘宝を握りしめる。
「秘宝『原始の瞳』。この力を使って捕獲します!!」
「なっ!?秘宝だとっ!?」
秘宝を目にした不動さんの表情が引きつった。
「使い魔に回収させるつもりで命令を出していたのだが、まさか一足先に確保されてしまうとはなっ。」
(…え?使い魔に回収?)
どういう意味かは分からないけれど。
どうやら不動さんも秘宝を手に入れるつもりでいたらしい。
「ちっ!秘宝を回収できなかったのは痛いが、俺にはまだやるべきことがあるのだ。こんなところで敗北するなど断じて認めん!!」
どうやら不動さんは秘宝の力を警戒しているようだ。
本当のことを言えば僕自身まだ秘宝の使い方を分かっていないんだけど。
それでも力を解放した不動さんは自らの体を黒き霧で覆っていった。
そして霧が晴れるとそこにはすでに不動さんの姿がなかったんだ。
(…逃げたのか?)
不動さんなら僕一人くらいは易々と対応できそうだけど、
今は僕の手に秘宝があることで安全策を取ったのかもしれない。
その結果として不動さんが姿を消したことで、僕達は呪縛から開放されたんだ。
「唯様…ご無事ですか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、渚。」
唯と渚は互いに支えあいながら立ち上がっている。
(…ひとまず二人は大丈夫そうだね。)
だけど師匠だけは今でも動けないようだった。
「…師匠っ!」
唯と渚の無事を確認した僕は急いで師匠に駆け寄ることにした。
「大丈夫ですか!?葉漸師匠!!」
「…あやつには逃げられたか。」
「え、ええ。悔しいですが…捕えることは出来ませんでした。」
「仕方あるまい。あやつが相手では…な。」
師匠はため息交じりに呟いてからそっと目を閉じてしまう。
「…涼よ。」
「はい。」
師匠の体を抱き起こして師匠の言葉に耳を傾ける。
「成長するお前の姿をもっと長く見ていたかった…。武尊ではないが、できることならお前と唯の幸せな姿を…見届けたかったものだ。」
「…し、師匠?な、何を言っているのですか!?」
徐々に弱々しくなっていく師匠の言葉にあせりを感じてしまう。
(…ま、まさか。)
このまま師匠が?
国内最強の剣士と呼ばれた師匠が死んでしまう?
「よ、葉漸師匠っ!!」
「…ふふっ。死を迎える瞬間というのはこういうものなのだろうな。結果はともかくとして、お前に抱かれて死ねるのならば悔いはない。」
「な、何を弱気なことを…そんな言葉は師匠らしくないですよ?」
師匠の死期を察して涙を流してしまう。
その滴は僕の頬を伝い、師匠の手に落ちた。
「師匠…っ!」
「………。」
動けない師匠に必死に呼びかける。
その間に唯と渚の二人がお互いに支えあいながら師匠の傍に近付いてきた。
「葉漸様…。」
「渚か…。お前にも随分と世話になったな。」
「そ、そんな…っ。」
渚の目にも涙が浮かんでいる。
そしてそれは…唯も同じだった。
「葉漸様…っ。」
「唯か…お前も幸せであってくれ。ただそれだけを切に願う。」
「い、嫌ですっ。葉漸様、生きて…生きて御傍にいてください!」
唯はあふれ出る涙をこらえきれずにいくつもの雫をこぼしていた。
…だけど。
どれだけ願っても、師匠はもう助からないんだ。
悔しいけれど。
悲しいけれど。
死の運命だけは誰にも変えられない。
「…涼よ。」
「は、はいっ。」
「良い人生であった。わしの死を悲しんでくれる者達がいるのだからな。実に良い人生であった…。」
「し、師匠…っ。」
「お前は…行くのだな?全てから開放された今、お前をこの地にとどめるものは何もない。」
僕は…。
「悔いのないように生きよ。お前の幸せが武尊の幸せであり、わしの幸せとなるのだからな。」
「…は、はい。」
ありがとうございます。
その言葉がもらえただけで、師匠と出会えたことを何よりも嬉しく思えたんだ。
「良い…人生で、あった…。」
「…し、師匠?」
師匠は最後の言葉と共に息を引き取ってしまった。
今ではもう呼吸すらしていない。
そしてすでにもう…心臓の鼓動すら感じられなかったんだ。
「葉漸様ぁぁぁ!!」
唯は師匠の体に抱きついて、何もかもを否定するかのように泣き叫んでいる。
だけど僕達の戦いはまだ終わってなんかいないんだ。
(…事実を確認するまでは。)
足を止めるわけにはいかない。
「渚、悪いけど唯を頼む。」
「りょ、涼様は…?」
「父上を…。」
「あ…っ。はい…。」
全てを言葉にできずに言葉を詰まらせたまま、
僕は一人で謁見の間を離れることにした。




