命をかけてでも
《サイド:不動幻夜》
(…ん?)
何だ?
王城の近くまで来たところで、邪悪な気配を感じて歩みを止めてしまった。
異様な気配を感じてしまう。
おぞましき力を持つ何者かが近づいてきているのだ。
(…一体、何が?)
周囲に気を配りながら、逃げ出すように走り出す。
「まさかとは思うが…。」
もしもこの気配が父だとすれば?
急がなければならないかもしれないと思ったのだが、
先を急ごうとした道中で不意に現れた人影に道を遮られてしまった。
(…誰だ?)
「やはり来ましたか…。」
(…えっ!?)
「あ、貴女は…!」
目の前に立つ人物が誰かを認識すると同時に困惑してしまう。
…どうしてここに?
こんな真夜中のこんな場所にいるはずがない人物なのだ。
…何故だ?
何故、杞憂様のご息女である恭子様がいるのかが分からない。
「どうして恭子様がここに…?」
「………。」
尋ねるために声をかけてみると、恭子様はため息混じりに問い返してきた。
「聞くまでもないけれど、どこに向かうつもりなのかしら?」
「そ、それよりも恭子様こそ…どうしてこんな所に?」
「…今はまだ、知る必要のないことよ。」
(………。)
恭子様は答えを避けながら視線を合わせてくる。
そして厳しい表情で再び尋ねてくるのだ。
「それで?どこに向かうつもりなのかしら?」
「わ、私は…これから王城に向かうところです。」
「何のために?」
「そ、それは…極秘です。」
僅かに気後れしながら答えてしまう。
突然現れた恭子様に驚いたのも事実なのだが、それ以前に恭子様が苦手だったからだ。
(…どうにもやりにくいな。)
恭子様とは命神宮に預けられてからの付き合いなのだが、
何故か私や八雲の幼少時代のことも知っているという話だった。
その理由を問かけても答えてもらえたことは一度もないまま今に至るのだが、
どうやら恭子様は私達のことを以前から知っていたらしい。
だが、こちらとしてはどれほど記憶をさかのぼっても思い出せないどころか面識さえないと思っている。
それでも相手は一方的に情報を握る存在なのだ。
そんな恭子様が自然と苦手になってしまうのは仕方がないだろう。
とは言え、命神宮で顔を合わせてからは毎日のように私達の様子を気にかけてくれているので文句は言えない。
日々の食事もそうだ。
どういう理由かは分からないが、
俺と八雲の食事は恭子様が用意してくれているらしい。
いつもどんな時でも、だ。
この数年間において恭子様が準備を怠ったことは一度もない。
その理由さえも不明なままなのだが、
自然と姉のような母のような存在になっていた。
だからこそ恭子様は頭のあがらない存在に思えてしまうのだ。
(…これはまずいな。)
恩を感じるほど尊敬する相手である恭子様に意見をすることは出来ない。
義を重んじて礼を心得る相手に恩を仇で返すことは出来ないからな。
例え極秘情報だとしても、恭子様に尋ねられれば、それは絶対に答えなければならないことになるのだ。
(…どうする?)
なぜ恭子様がここにいるのかよりも、どうやってここを通り抜けるかを心の中で考えてみる。
だが恭子様は一歩も引くことなく睨み付けるように見つめてくるのだ。
(…これはもう無理か。)
恭子様の無言の圧力に負けてしまったことで、大人しく答えることにした。
「失踪した父が王都の内部で暗躍している可能性があるのです。」
「ふ~ん。それで?」
(………。)
恭子様は驚くことなく聞き返してきた。
「だから、何なの?」
「…あくまでも可能性の問題なのですが、万が一の状況を考えて国王の守護を行うために王城に向かう途中でした。」
「ああ、そう。大変なのね。」
(………。)
恭子様は興味がないと言わんばかりにあっさりと呟いている。
一体、何を考えているのだろうか?
全く予想もつかない。
恭子様の目的も。
恭子様の考えも。
何もかもが不明なのだ。
「それよりも恭子様はなぜここに?」
「…見届けるためによ。今はそれだけを答えておくわ。」
見届ける?
その意味すら分からないのだが、
恭子様は僅かに視線を落としながら答えてくれた。
そして再び顔を上げてから問いかけてきたのだ。
「貴方には命をかけてでも手に入れたいものはあるかしら?」
(…えっ?)
突然の質問に言葉を詰まらせてしまった。
そしてそのまま戸惑う私を見て、恭子様は再びため息を吐いていた。
「血塗られた宿命が幻想であれば…と、何度願ったことか…。」
「き、恭子様…?」
「………。」
恭子様の態度に戸惑ってしまうのだが、それ以上の説明を聞けそうにはなかった。
「ああ、そうそう、これから王城に向かうのよね?死に急ぐのであれば止めはしないけど…半刻ほど待ってからのほうがいいかもしれないわね。」
半刻?
「そ、それはどうしてですか?」
「………。」
言葉の意味が理解できなくて問い返してしまったのだが、
恭子様はちらりと王城に視線を向けて呟くだけだった。
「今のあなたでは何も出来ないからよ。悲しいことではあるけれど。同時に…私にとっては希望でもあるわ。」
希望?
恭子様は何を求めているのだろうか?
「まあ、私の忠告を聞き入れるかどうかは貴方次第よ。自分の道は自分で切り開くしかないわけだしね。」
(………。)
こちらの様子など気に留めることもないまま、恭子様は王城に向かって歩き出してしまう。
「ま、待ってください!」
去りゆく背中に呼びかけてみたのだが、恭子様は立ち止まることなく歩き続けていく。
(…どうする?)
追いかけるのはたやすいだろう。
だが何故かそれが出来なかった。
そうして立ち止まったままで立ち去る恭子様を見送ってしまったのだ。
(これで良かったのか?)
分からない。
分からないが、恭子様に半刻待つように言われたのだ。
それがどういう意味かは分からないが、何の意味もなく伝えたとは思えない。
(何か意味があるはずだ。)
恭子様は先を見通すかのように常に私達を思慮深く見守ってくれている。
だから今の言葉にも大きな意味があるはずなのだ。
(…半刻待つか。)
それで全てが分かるのなら異論はない。
まだまだ急ぎたい気持ちはあるものの。
ひとまずこの場で半刻が過ぎるのを待つことにした。




