宝物庫の鍵
父上と話をするために部屋の前まで移動した。
(…さて、と。)
扉の前に立って扉を叩くと、『コンコン』と響く音が周囲に広がっていく。
そのあとすぐに父上の返事が返ってきた。
「涼か、鍵は開いておる。入ってくるが良い。」
(…え?あれ?)
まだ何も言っていないのに、どうして分かったのだろうか?
「すみません、父上…。失礼します。」
ゆっくり扉を開いて入ってみると、父上は微笑みながら話しかけてきてくれた。
「やはり涼であったな。」
「どうしてお分かりになったのですか?」
「ははっ。たいした理由ではないがな。なんとなくそう感じただけだ。お前には優しい風が吹いておる。今思えば小春にも…いつも優しい風が吹いておったな。」
(…優しい風?)
それは比喩でも何でもなく、
本当に風が吹いているという意味だろうか?
「父上は風の流れが読めるのですか?」
「いやいや、そういう意味ではない。そうではなく、気の流れが読めるというべきか。」
気の流れ?
それはそれですごいように思える。
「不思議なものだ。一目見ただけで…いや、近くに寄る者達の全ての気持ちが流れ込んでくるのだからな。」
(…うーん。)
気持ちが流れ込んでくる?
ということは?
「父上は他人の考えが分かるということですか?」
「いやいや、そこまで便利なものではない。」
(…違うのか。)
どうやらそういうことではないようだ。
「喜怒哀楽の感情、あるいは雰囲気と言うべきか…。そういったものを感じる程度でしかないからな。他人の考えなど知る由もない。」
ああ、なるほど。
感情や雰囲気か。
それでも十分に凄いと思うんだけど。
父上も陰陽師としての修練を受けているだけあって周囲の気の流れを読み取ることが出来るようだった。
(…僕はまだそこまで極めてないけどね。)
いつか僕も父上のようになれるだろうか?
「まあ、そんなことはどうでもよい。それよりも、だ。」
父上はお茶の用意をしてから僕に差し出してくる。
「まずは用件を聞こうか。」
「あ、はい。」
そうだね。
まずはここへ来た理由を伝えよう。
上手く鍵を借りられるかどうかは分からないけれど、ちゃんと話し合うべきだ。
「申し訳ありませんが、父上が持っている地下宝物庫の鍵を貸していただけないでしょうか?」
「………。」
正直に目的を伝えたのが良くなかったのだろうか。
父上は沈黙してしまった。
やっぱり無理があったのかもしれないね。
だけどここで諦めるわけにはいかないんだ。
「秘宝『原始の瞳』が必要なのです。」
「…ふむ。涼よ。お前の見た夢が神のお告げか否か、それを疑うつもりはない。」
(………。)
「だがな。アレは封印されたモノだ。誰であろうと持ち出すことを許すわけにはいかん。実際に国中に化け物が現れるのであれば対抗手段は必要かも知れんが、アレは使い方次第では化け物以上に危険な代物なのだからな。万が一にも悪人の手に渡ろうものなら、この国どころか世界中が危険にさらされることになるだろう。」
ええ、分かっています。
アレがどういったものなのか。
あくまでも資料から得た知識しかないけれど、どれほど危険なものなのかは分かっているつもりなんだ。
「それでも何もせずにただ時が流れるのを待つわけにはいかないのです。父上と母上が愛したこの国を失いたくはないのです。」
原始の瞳を手にすることで、どんな処罰を受けることになっても後悔はしない。
だけど何もせずにあとで後悔するのは嫌なんだ。
「お願いです。この国を守るために宝物庫の鍵を貸していただけないでしょうか?」
「秘宝を手にすることを仁が知ればただではすむまい。国を守るために全てを失う覚悟を持てるのか?」
(…ええ。)
全て覚悟の上だ。
もちろん人は誰でも自分自身の幸福を願うものだとは思うから、僕だって失うことに対する恐怖は感じている。
だけどそれでも、もう二度とあの日と同じ過ちを繰り返したくはないんだ。
「いかなる理由があるとしても秘宝を持ち出したとなれば兄上は容赦なく僕を拘留するでしょう。王子の地位の剥奪、そして秘宝略奪の汚名を負っての国外退去…。おそらく二度とこの地に戻ることは許されないと思います。」
「それが分かっていながらも秘宝を求めるのか?他人の幸せのために自分を犠牲にしてまで…。」
「…はい。」
王族の一人として国を守ろうと思うんだ。
だけどそれ以上に守りたいモノもある。
「どうしても守りたい人がいるんです。」
「…あの子のことを思うのならば、その身に罪を背負うことはあるまい?」
「僕が動かなくても唯は…そして父上も戦いの場に向かうはずです。」
「………。」
「民を守るために。大切な人が苦しむ姿なんて見たくありません。」
僕が罪を背負うことで大切な人達を守ることが出来るなら、全てを受け入れることが出来るんだ。
「父上…。」
「………。」
「お願いします。」
「………。」
ただただ頭を下げることしか出来ない僕を見ていた父上は、
大きくため息をつきながらも一つの鍵を取り出して机の上に置いてくれた。
「これが宝物庫の鍵だ。持っていくがいい。ただ、分かっているであろうが毎朝6時には仁が城内の見回りを行っているからな。それまでに宝物庫を出て私の手元に鍵が戻らなければ即拘留となるだろう。良いか?決して遅れてはならんぞ?」
「はい。分かっています。」
もしも兄上に気付かれたらその時点で僕の自由は奪われる。
そして秘宝を取り上げられた上に投獄されてしまうだろう。
「一刻も早く戻ってこれるように努力します。」
父上から預かった鍵を手にして大事に仕舞い込んだ。
そうして僕が鍵を手にしたのを確認してから、父上は僅かに視線を落としながら話を続けてくれた。
「この国の宝を守る宝物庫に向かう以上、その道中には数々の罠が仕掛けられているであろう。」
「…はい。」
「残念だがそれらを乗り越える術は伝え聞いておらん。先代の王は何も言わずに生を終えてしまったからな。そして今まで興味もなかったために宝物庫へ行こうとも思わなかったが…お前は向かうのだな。」
「…はい。」
「その命を懸けて…か。涼よ、お前を止めることはせん。お前が望むのであれば、どんな願いも叶えて見せよう。お前には辛い思いばかりさせてきたからな。」
「い、いえ…。」
父上は僕を憐れんでくれるけれど、
僕の人生はそれほど辛いことばかりじゃないと思ってる。
「僕は今の状況を辛いとは思っていません。僕を信じてくれている人がいる限り、僕は幸せですから。」
「…そうか。それならばよい。だが涼よ、父としてこれだけは言わせてほしい。」
「は、はい。何でしょうか?」
「これからどのような未来を迎えようとも生きてほしい。どれほどの罪を背負おうとも生きていてほしいのだ。たとえもう二度と会うことが叶わなくなったとしても、お前には幸せであって欲しい。父として、ただそれだけを切に願っている。」
(…はい。)
「ありがとうございます。その言葉は決して忘れません。」
「うむ。それでは行くがよい、涼。」
「はいっ!」
目的の鍵を手にしたことで席を立った。
そして急いで父上の部屋を出ることにしたんだ。




