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THE HANGED MAN  作者: SEASONS
1日目
37/499

お弁当

《サイド:不動幻夜》

(…ふむ。)



どうにかここまで来ることは出来たか。



アルバニア城よりも北に位置する六詠山に俺と八雲は足を踏み入れようとしているのだが、

ここへ来るだけでそれなりに時間がかかったのは事実だ。



「今更だけど、結構遠くまで来てしまったよな。」



ああ、そうだな。


遥か遠くにあるアルバニア王都の方角に視線を向けてため息を吐いてしまう。



「無断で王都を出た挙句に、修練を放棄してきたからな。」


「…だよなぁ。帰ったら怒られるだろうなー。」



かもしれないな。



「杞憂様は何時間も説教するだろうし、恭子様からは睨まれる…。う~ん、帰りたくねえな。」



(…ははっ。)



そうだな。


思わず苦笑してしまったが、ここまで来て引き返すわけにはいかないだろう。


振り返るのを止めて山の中を突き進むことにする。



…とは言え、この行動に大きな意味があるわけではない。


数日前に音信不通になった父を捜して当てもなくさまよっているだけだからだ。



「どこに行ったのだろうか?」


「さあな。何も言わずに行っちまったから分からねえけど、あれだけ念入りに準備をしてたんだ。どう考えてもここじゃねえか?」



(…だとは思うが。)



確信はなかった。


単に父が旅立つのを見送っただけで、どこに向かうのかは訊ねても教えてもらえなかったからだ。



(…この近辺にいてくれればいいのだが。)



もしも地獄谷に向かっているとすれば、俺達二人で追うのは不可能になる。



そもそも山越えさえ難しいだろう。


俺達二人では六詠山を越えることさえ出来ないからだ。



山の麓には陰陽師軍が待機しているとはいえ、奥へ向かえば向かうほど魍魎の類いが増えていくわけだからな。


たった二人では地獄谷に接近することさえ出来ない。



(…運よく行けたとしても山頂までだ。)



そこから先は侵入不可能だと考えていると。



「ん?」



八雲が足をとめて周囲を見回し始めた。



「水の音か?」



(…水?)



耳を澄ましてみると、確かに水の音が聞こえてきた。



「これは川と言うよりも滝の音か?」


「…かもな。行ってみるか?」


「ああ。」



特に目的があるわけでもないからな。


音のする方角に足を進めることにする。



そうしてしばらく歩いてみると、すぐに滝を発見することが出来た。



『ザアアアアアアアアアアアアアアアアア…ッ。』



勢いよく降り注ぐ水の勢いは予想以上で、下手に近づけば水流に飲まれて溺れる危険性さえありそうだな。



「へえ~。こいつはいい眺めだな。」



ああ、そうだな。



目の前の景色に見とれてしまうほどだった。


近づくのは危険だが、景色としては絶景と言えるだろう。



魍魎さえ出なければいい場所だな。



木々に囲まれた森の奥で崖の上から流れ落ちる滝の水が大きな池を作り、川となって流れている。


人の手が加えられていない自然が生み出したこの景色は何時間でも眺めていられそうだった。



「せっかくだから休憩しようぜ。」


「ああ、そうだな。見た限りこの辺りは安全そうだ。」



立地が、ではなくて敵がいないという意味でだ。


まだこの辺りは安全圏なのか、

思ったほど魍魎が出てくることはなかった。



(…やはり山頂付近からが本番か。)



まだまだ4合目辺りだからな。


この辺りはそれほど警戒する必要はないのかもしれない。



「ふぅー。」



八雲が荷物を下ろして、ため息をひとつついてからわずかな休息をとり始める。



「兄貴も座ったらどうだ?」


「ああ。」



周囲の安全を確認したことで、俺も休憩をとることにした。



そうしてしばらく休んでいる間に太陽が頭上まで昇ろうとしていた。



「もう昼だな。」


「だな。ここまで来るのに時間がかかったせいで、あまり進めなかったな。」



ああ、そうだな。


俺としてももう少し進めると思っていたのだが、

やはり王都からここへ来るまでに時間がかかることもあって山頂までたどり着くのは難しそうだった。



「それはそうと、あれだよな。」


「ん?どうした?」


「いや、ほら。」



川の傍に腰を下ろしている八雲が持参したお弁当を広げていく。



「俺達って無断で出てきたよな?」



ああ、そのはずだ。



「それなのに昼食が用意してあるのが不思議だよな。」



(…そうだな。)



誰かに頼んだわけではないのだが、

何故か俺達の弁当が準備されているのだ。



もちろんここに置いてあったわけではなくて俺達が持参したわけだが、作ったのは俺達ではない。



「どうして出かけるって分かったんだろうな?」



(…さあな。)



夜も明けないうちに起きだして王都を出ようとしたのだが、

気がつくと俺達の部屋の前にお弁当箱が置いてあったのだ。


その理由は俺にも分からないが作って貰ったからには食べないわけにはいかないだろう。



「せっかくの好意だ。ありがたく頂こう。」


「だな。」



誰が置いたかは考えるまでもない。


どんな時でも俺達の食事は恭子きょうこ様が用意してくれるからだ。



本名は杞憂恭子きゆうきょうこ


彼女は陰陽寮当主の杞憂宗徒きゆうむねただ様のご息女であり、俺達の保護者と言う立場にいる。



そのせいか面倒見のいい姉といえば聞こえは良いのだが。



「完全に俺達の行動を読まれてるよな。」



(…ああ。)



何も言わずに弁当を用意してくれた恭子様には頭が下がる思いだった。


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