初めての戦闘
村の北部に着いた。
そして香澄様と唯を捜して移動を続けた僕達は、どうにか二人の姿を発見することにも成功したんだ。
「朝倉っ!」
「香澄様!唯っ!」
先頭を走る不動さんに続いて僕も二人に声をかけたんだけど。
「くっ!来てはいけませんっ!!」
「お兄様!?駄目ですっ!!」
二人は僕達に振り返ろうともせずに何かを警戒し続けていた。
(…何を見ているんだ?)
二人の行動が気になって視線の先を追ってみる。
そうして僕は、ついにアレを目撃してしまったんだ。
「あ、あれはっ!?」
「ちぃっ!!!やはり潜入していたのかっ!」
敵の姿に気付いた不動さんがまっさきに動き出す。
「急々如律令!!」
複雑な印を組んで陰陽術を発動しようとしているんだ。
「煉獄!!」
放たれたのは見るだけで恐怖を感じるほどの業火。
今日一日で数多くの陰陽術を見せられたけれど、
それでもこれは見た覚えがなかった。
(…これが不動さんの本気なのか!?)
超一流の陰陽師が放つ陰陽術は僕が思っている以上に危険な威力を持っているようだ。
それなのに。
炎を浴びたはずの敵は歩みを止めるそぶりさえ見せずに香澄様に接近しようとしている。
(…効いてないのか!?)
僕なら即死する自信があるのに不動さんの攻撃は足止めさえ出来ていないんだ。
「ちっ!耐性持ちか!」
耐性持ち?
「ならばこれはどうだ!?氷乱!!」
新たに放たれたのは無数の氷の礫だった。
炎が通じなかったことで凍らせようとしたようなんだけど。
それでも敵の動きを鈍らせただけで完全に止めるには至っていない。
「化け物めっ。さすがにこの程度の攻撃では倒せないか。」
(…え?…この程度?)
僕としては驚くべき威力なのに、
不動さんにとってはたいした攻撃ではないらしい。
だとすれば、もっと強力な術があるのだろうか?
あまりにも格が違い過ぎて想像さえできないんだけど、
不動さんはまだまだ力を隠し持っているようだ。
「もう少し戦力がいれば強力な術が使えるのだが、ない物をねだっても仕方がないかっ。」
たぶん時間をかけられるほどの余裕がないということだろうね。
術を完成させる前に香澄様と唯が襲われてしまうから。
それでは敵を倒せても意味がないんだ。
「こうなったら時間を稼ぐことに集中するしかないっ。」
援軍が来るまでの時間稼ぎ。
そのために方針を切り替える不動さんだけど。
「ぐるるるるぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
突如として走り出した敵が香澄様と唯に襲い掛かろうとしていた。
「まずいっ!!」
「朝倉様ぁぁ!」
不動さんが駆け出すけれど間に合わない。
唯が叫ぶけれど香澄様は逃げられない。
逃げれば唯が巻き込まれてしまうから、
香澄様は自らの体を盾にしてでも唯を守ろうとしている。
「神のご加護を…。」
祈りを込めて立ちふさがる香澄様は命がけで唯を守ろうとしているんだ。
だけど。
「ダメぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
「え?」
「なっ!?」
香澄様を守るために前に飛び出した唯が敵の攻撃を受けてしまった。
戸惑う香澄様と不動さんが動きを止めてしまう。
その間に倒れる唯の体から真っ赤な血が溢れ出していった。
「ゆ、唯ぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
唯が倒れた直後に兄上が走り出す。
「許さんっ!許さんぞぉぉぉぉっ!!!!」
「あ、兄上ーーっ!!!」
「急々如律令っ!!」
憎しみにとらわれた兄上が敵に襲い掛かる。
だけど不動さんの攻撃でさえ通じなかったのに、兄上の攻撃が通用するとは思えない。
「ダメだ兄上っ!」
「うるさいっ!お前の指図は受けんっ!!」
引き留めたけれど聞いてもらえなかった。
その結果として。
「風刃!!」
攻撃を仕掛けた兄上だったけれど。
「ぐるるぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
無傷で耐えきった敵が兄上に狙いを定めて何かを投げつけてきたんだ。
「ぐっ!?うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
後方に吹き飛ばされた兄上に投げつけられた物。
それはこの村の誰かの頭部だった。
「うあああああああああああああっ!!!!!!」
傷みと恐怖で錯乱してしまった兄上が叫び声をあげている。
その様子を僕は黙って見ていることしか出来なかった。
(…これが?)
これが本物の鬼なのか?
出会うことはないと思い込んでいた存在。
王都の周辺にはいないはずのバケモノを見て、僕は一歩も動けずにいた。
(…これが、鬼。)
目にしただけで体が震えてしまう。
声を聞いただけで恐怖に押しつぶされそうになってしまうんだ。
そんな絶望的な存在を前にして僕に出来ることなんて何もなかった。
(…唯。…兄上。)
二人が倒れたのに僕は何も出来ずにいる。
今でもまだ香澄様が狙われているというのに動くことさえ出来ないんだ。
「か、香澄様…っ。」
かろうじて呼びかけてみると。
「ふふっ。やっと名前で呼んでくれたわね。」
香澄様は目の前の恐怖を気にしていないかのように僕に微笑んでくれていた。
「心配しなくても大丈夫よ。例え何が現れたとしても、私の大事な甥っ子に手出しはさせないわ。」
(…え?)
「大丈夫。私が貴方を守ってあげるから。だから安心して待っていなさい。」
「か、香澄様っ!」
「…ちっ!まずいな。」
香澄様の言動から何かを察したのだろうか。
不動さんは今まで以上に慌てた様子で鬼に接近しようとしている。
「幻夜!お前は仁王子を正気に戻せ!」
「はい!」
「八雲!お前は唯王女を救出しろ!」
「おう!」
「俺は香澄を救い出す!」
3人がそれぞれに走り出す。
その状況に及んでも僕はまだ動き出せずにいるんだ。
(…これが?)
これが本物の戦闘なのか?
命がけなんて言葉では言い表せない死線。
一瞬でも気を抜けば誰かが死んでしまう戦場。
それは僕が安易に考えていたものとは全く異なっていた。
(…これが、本物の戦いなんだ。)
負ければ死ぬ。
だけどそれだけじゃない。
敗北は全滅を意味するんだ。
(僕が死ぬだけじゃなくて…。)
唯も。
香澄様も。
兄上も。
場合によっては不動さんも。
誰もが死の危険性をもっているんだ。
(…これが、戦うということなのか。)
助けたいと叫ぶのは簡単だ。
だけど実際に助けるのはそんなに簡単なことじゃない。
(…僕は何も出来ないんだ。)
家族が倒れても恐怖で体が動かない。
香澄様が死を覚悟しているのに僕はここから動けない。
そうしてただ見ていることしか出来ない僕の視線の先で、
不動さんと香澄様は鬼を倒すために戦おうとしていた。
ここでようやくオープニングに繋がる…。
ここまでプロローグが長くなる予定はなかったんですけどね…。




