東門で
そろそろ東門だね。
王城を出た僕達は不動さんのあとを追って王都の東門に近付こうとしていた。
ここへ来るのは何だか懐かしい気がする。
前回来たのは薬草の採取の時なんだけど、
今になって思えばあの時は無茶をしたと思う。
今更だけど王子が一人で外出するなんて、普通はあり得ないからね。
さっきも思ったことだけど本来なら僕の立場上、単独で王都を離れるなんて許されないんだ。
だからあの時は母上にも兄上にも怒られたわけだけどね。
王都の外に出るということは、
もしかしたら鬼や悪霊に遭遇していた可能性もあるんだ。
それなのにそんなことを何も考えずに行動してしまっていた。
だからよくよく考えれば怒られただけで済んだのはまだ優しい対応だったのかもしれないね。
「さて、これから東門を抜けて平野に出るわけだが…。」
王都を囲む防壁の出入り口の一つである東門に近づいたところで不意に不動さんが歩みを止めてしまう。
どうしたんだろうか?
「…ふむ。」
不動さんはどこかを眺めながら何かを考えているような仕草を見せていた。
何かあったのかな?
ざっと見た限りでは気になることは何もない。
周囲は普段通りの賑やかさがあって、特に何かの問題が起きているようには思えないんだ。
何が気になるんだろう?
何を悩んでいるのか気になってしまうんだけど。
「どうしたんだ?親父。」
僕が問いかける前に八雲が問いかけていた。
「外に出るんじゃないのか?」
「ああ、そうだが…。」
不動さんは八雲ではなくて東門に視線を向けたままだ。
誰かいるのかだろうか?
改めて東門を眺めてみる。
そうして周囲に誰がいるのかを確認してみると。
(…あ、あれっ?)
おそらく不動さんが見ていると思われる人物に僕も気づいたんだ。
「あれって…唯と朝倉様ですよね?」
「…な、何だと!?」
「あ、兄上っ!」
僕が指摘したことで兄上は東門に向かって行ってしまった。
(…うーん。)
こうなると行かないわけにはいかないよね。
慌てて兄上を追うことにしたことで、ひとまず不動さん達もついてきてくれるようだ。
そのまま兄上と共に東門に到着してみると、
すでに東門に訪れていた唯と香澄様は門を守る兵士達に足止めを受けている様子だった。
「唯っ!」
「香澄様。」
急いで二人に駆け寄ると。
「あっ!お兄様。」
「あら?こんな所で会うなんて珍しいわね。」
二人も僕達に気付いてくれたんだけど、
何故か香澄様は怒っているように見えた。
「あ、あの…。朝倉様はどうしてこんな所に?」
「………。…香澄、でしょ?」
え、ええ、まあ、そうなんですけどね。
どうやら香澄様が怒っている理由は、
僕の呼び方が気に入らなかったらしい。
一応、他に誰もいないところでは名前で呼ぶそうに心掛けているんだけど、
どうしても人前では名前を呼び難いんだよね。
(せめて兄上がいなければ…。)
この場に兄上がいなければ言い直すことも出来るんだけど、
さすがに兄上の前で態度を変えてしまうと後で何を言われるか分からない。
それこそ母上に情報が流れて、
香澄様に迷惑をかけてしまうかもしれないんだ。
「え、えっと、その…。そ、それよりも、どうしてここに?」
「…ふふっ。まあ、いいわ。ここにいる理由は隣村まで薬草の採取に向かうためよ。教会で手の空いてる人に頼んでも良かったんだけど。せっかくだから唯様の訓練を兼ねて私達で行こうとしていたの。」
ああ、なるほど。
だからここにいるのか。
そういうことなら東門にいる理由は理解できる。
僕も以前に同じ理由でここを通ったわけだからね。
無理に遠回りをしない限り、隣村へ向かうにはここを通るしかないんだ。
「でもね?隣村まで行きたいだけなのにここの兵士達に妨害されちゃってなかなか行かせてもらえないのよ。」
「い、いえっ!決して妨害しているわけではありません!!」
香澄様の説明を遮るかのように兵士の一人が歩み出てきた。
「護衛を付けずに外に出るのは危険だと言っているだけです。朝倉司教様だけでも大事なのに、王女様までご一緒となれば王の許可がない限りお通しすることは出来ません!」
まあ、そうだろうね。
香澄様が単独行動をしているだけでも問題があるのに、
王女の唯まで一緒だとなると外出の許可なんて出るわけがないんだ。
「せめて護衛を集めてから出直してくださいっ!」
必死に懇願するかのように願う兵士の言い分はもっともで、
僕でさえ香澄様が無茶をしているのは理解できる状況だった。
それなのに香澄様は自分は何も悪くないと言わんばかりに深々と溜息を吐いている。
「ふぅ…。生まれや役職で自由が束縛されるなんて平等じゃないわよね~。」
(…う~ん。)
これはどう考えても香澄様が悪いんじゃないかな。
僕も人のことは言えないけどね。
以前ここに訪れた時は変装して通り抜けたから兵士達に気付かれなかったんだ。
それに父上や母上と違って、僕はまだそれほど知名度が高くないからね。
兄上や唯もまだまだ顔は知られていないと思うんだけど、
たまたま唯の顔を知っている人がこの場にいたのかもしれない。
そのせいで余計に足止めを受けてしまったんだろうね。
「どうしても駄目かしら?」
「お願いします。護衛をつけてくださいっ!」
(…うわぁ。)
必死に願う兵士が哀れに思えてしまう瞬間だった。
「…はぁ。仕方がないわね。」
どうしても駄目だということが分かったのだろうか。
大人しく引き下がる様子を見せた香澄様は、何故か僕達を眺めてから僕の背後に視線を向けていた。
「ねえ?貴方がいれば問題はないわよね?」
(…貴方?)
背後に振り返ってみると。
「………。」
香澄様に話しかけられた不動さんがさりげなく頭を抱える姿が見えてしまった。
まあ、その気持ちは分かるかもしれない。
香澄様が言いたいことも、
不動さんが言いたいことも、
どちらの考えも分かる気がするからだ。
「言っておくが、俺はお前の護衛になったつもりはないぞ?」
「まあまあ、良いじゃない。それに貴方には許可が出ているわよね?王族を外に連れ出しても良いっていう許可が。」
「………。」
「だから二人の王子を外に連れて行くんでしょう?」
(…あー、言っちゃった。)
「はっ?ん、なっ!?」
香澄様が喋ってしまったせいで今まで必死に説得してくれていた兵士がさらに困惑してしまったんだ。
「ま、まさかっ?唯様だけではなくて二人の王子も!?」
「………。」
不動さんは何も言わなかったけれど、
香澄様のせいで周囲にどよめきが広がってしまう。
ただでさえ目立っていたのに、
王女だけではなくて王子まで揃っているとなれば注目されるのは当然だよね。
こうなるともう完全に正体がばれてしまったことで、
今更、護衛を集めても意味がないような気がしてくる。
もしかすると、こうなることが分かっていたから不動さんは困っていたのかな?
香澄様の性格上、不動さんを巻き込むのは目に見えているからね。
まあ、悪い人じゃないんだけど。
無邪気と言うか大胆と言うか。
良い意味でも悪い意味でも周囲を巻き込むのが好きな人なんだ。
「さあさあ、どうする?このまま私達を追いて行っちゃうと誰かに攫われるかもしれないわよ?」
「………。」
司教と王女の二人を置いてここを離れるか。
それとも二人を連れてここを離れるか。
不動さんにとってはただただ面倒な選択が迫られている。
「ねえ?護衛を引き受けてもらえるわよね?」
「………。」
もはや脅迫としか呼べない状況。
そんな香澄様の一方的な要求に対して、不動さんでさえも反論できずにいるようだった。
「はぁ。仕方がない。隣村までだぞ?」
「ええ、それで十分よ。」
断り切れなかった不動さんが護衛を引き受けたことで香澄様は満面の笑みを浮かべている。
だけどすぐ傍に居る兵士は今にも泣きそうな表情を浮かべていたんだ。
「司教様と王女様に続いて王子様まで…。」
(…す、すみません。)
まるで悪夢を見ているかのように呟く兵士の姿が哀れに思えると同時に、ものすごく申し訳ない気持ちになってしまう。
「俺はもう知らない…。何も見てないんだ…。そう、何も知らなかったんだ…。」
現実から目を逸らしてトボトボと立ち去る背中には哀愁が漂っているように感じられる。
「今日は厄日だ…いや、失業日か…?」
(…うぅーん。)
そこまで落ち込まなくても良いと思うんだけど。
実際問題として外で僕達に何かあった場合、真っ先に責任を問われるのはここにいる兵士達なのかもしれないんだ。
これはもう絶対に迷惑をかけられないよね。
何が何でも無事に帰ってくる必要が出来てしまったんだけど。
「ふぅ。これでようやく隣村に向かえるわ。」
ちょっとした騒ぎを起こした当事者の香澄様は東門を通れることを素直に喜んでいる様子だった。




