悪鬼の存在
あれから何か月が過ぎたのだろうか。
ほぼ毎日のように行われた陰陽術の練習によって、
僕も兄上も陰陽師としてそれなりの実力を身につけることが出来たように思う。
とは言っても、まだまだ駆け出しの陰陽師でしかないから難しいことは出来ないんだけどね。
それでも基礎部分は一通り教えてもらったし、
簡単な術なら一人でも使えるようになってきた。
そのほとんどは八雲に教わったんだけど、
兄上も幻夜さんから教えてもらうことで独自に成長しているらしい。
そうして4人での日々が繰り返されていたんだけどね。
ついに不動さんから直接、指導を受けられる日が来たんだ。
「さて、それでは今日から本格的な修練を行いたいと思う。」
これまでのような訓練や実習とは違って陰陽師としての修行が本格化するようだ。
「すでに分かっているとは思うが、我々陰陽師と言うのは本来、悪鬼の調伏を生業とする者だ。」
そう。
普段の生活において滅多に目にすることはないけれど。
この世界には悪霊と呼ばれる存在が確かに存在している。
一般的には鬼とも呼ばれ、
魑魅魍魎を率いて人の世に災いをもたらすと言われているんだ。
…とは言っても。
僕はまだそういった存在を見たことがないし、
王都の周辺にはいないはずだけどね。
「悪鬼は確かに存在する。実際に俺や幻夜は何度も戦ったことがあるからな。」
(…そ、そうなのか。)
不動さんはともかく、幻夜さんまで実戦経験があるとは思っていなかった。
「さすがに八雲はまだ実践に出したことはないが、そろそろ経験してみるのもいい頃だとは考えている。まあ、王都にいる限りはそうそう都合よく悪霊と遭遇することはないと思うがな。」
なるほど。
八雲も経験があるのかと思ったけど、どうやら実践はまだのようだね。
「まあ、それはともかくとしてだ。悪鬼というものは各地に存在する。さすがに王都の周辺は陰陽師達の活躍によって平穏が保たれているが、この国は特に悪鬼が多く潜んでいると言われているのだ。」
「え?そうなのですか?」
「ああ、そうだ。だからこそ陰陽術が発展してきたと言っても良いだろう。悪鬼の存在は世界各国で確認されているが、この国での出現率が最も高いと言われているからな。その理由は諸説あるものの、最大の原因が王都から北にある六詠山が原因だと言われているのだ。」
六詠山?
僕も名前くらいは聞いたことがあるけれど。
実際に行ったことはないからどんな場所かは知らなかった。
「それはどのような場所なのですか?」
「まさしく呪われた地だ。五つに連なる山々が円環状に並び、その内側は地獄谷と呼ばれる悪霊の住処となっている。」
(…地獄谷か。)
そんな場所があるなんて知らなかった。
「そして地獄谷を越えた中心に我等陰陽師でさえもまだ立ち入ったことがない恐山と呼ばれる未開の地があるのだ。」
未開の地?
「それは不動さんも…と言うことですか?」
「ああ、そうだ。俺もまだ到達できていない。その手前の地獄谷を抜けることさえ出来ていないのだ。」
そんな危険な場所があるのか。
「かの地は一流の陰陽師達でさえ命がけの戦いとなる危険地帯だ。だからこそこの国では陰陽師の立場は非常に重要であり、国を守る守護の要とされているのだからな。」
なるほど。
この国が陰陽師の聖地と呼ばれ、
他の国の追随を許さない実力を誇っていることにはそういう事情があったらしい。
「ゆえに六詠山に近づくことは出来ないが、かの地から流れ出た悪霊が周辺地域に影響をもたらすことは時折起こりえる。幻夜が戦ったのもそういったはぐれ鬼の一匹だな。」
「鬼…と言うのはどういう存在なのですか?」
「容姿は様々だ。人に近しい存在もいれば、この世の存在とは思えないような禍々しい形状の悪霊もいる。だがいずれにしろ一目でわかるほどの瘴気を放っているからな。近付くまでもなく悪鬼の類だと気付くことが出来るだろう。」
「もしも遭遇した場合は?」
「迷わず逃げろ。今の王子達では到底歯が立たん。幻夜でさえ足止めが精一杯なのだからな。八雲と協力したとしても倒すのは難しいだろう。」
…そんなに。
幻夜さんと八雲もすごいと思っていたのに、悪霊という存在はそんな二人でも太刀打ちできない存在のようだった。
「まあ、王都の周辺は陰陽師による警戒が常に行われているからな。仮に悪鬼の類と遭遇したとしてもすぐに助けが来るはずだ。」
(…ああ、そうか。)
それなら安心できると思ったんだけど。
「だが逆に言えば王都から離れれば助けが来る保証はないということになる。」
(…ですよね。)
王都にいる限りは安全でも、王都を離れれば安全性は失われるんだ。
「もちろん主要な街道や各町には陰陽師が待機しているからな。全ての地が危険というわけではないのだが、人気の少ない場所に向かうのはやめておいたほうが良いだろう。まあ、一国の王子が護衛もつけずに遠出をするなどあるはずもないだろうがな。」
(…ああ、うん。)
まあ、確かに僕も兄上も立場的に外出は難しいからね。
鬼と遭遇するような状況にはそうそう陥らないはずだ。
「ひとまず説明はおいおいするとして、まずは場所を変えようか。」
「あ、はい。今日はどこへ向かうのですか?」
今は王城の中庭にいるわけだけど。
さすがにこの場所で修練を行うわけにはいかないからね。
移動するのは分かっていた。
「そろそろ訓練場では手狭になってきたからな。今日は王都を出て東の平野で実技訓練と行こうか。」
東の平野か。
その辺りなら僕も以前行ったことがある。
何か月か前に唯の病気を治すための薬草を取りに行った地域だからだ。
とくに目立つ物はない穏やかな草原が広がっていて、
所々にある林の中に数種類の薬草が採取できる場所があるのを覚えている。
「ひとまず王城を出てから王都の東門に向かうぞ。」
「「「「はい。」」」」
僕と兄上と幻夜さんと八雲の返事が重なり、
不動さんを先頭として東にある平野に向かうことになった。




