鬼との遭遇
《サイド:御神涼》
「うあああああああああああああっ!!!!!!」
傷みと恐怖で錯乱してしまった兄上が叫び声をあげている。
その様子を僕は黙って見ていることしか出来なかった。
(…これが?)
これが本物の鬼なのか?
出会うことはないと思い込んでいた存在。
王都の周辺にはいないはずのバケモノを見て、僕は一歩も動けずにいた。
(…これが、鬼。)
目にしただけで体が震えてしまう。
声を聞いただけで恐怖に押しつぶされそうになってしまうんだ。
そんな絶望的な存在を前にして僕に出来ることなんて何もなかった。
(…唯。…兄上。)
二人が倒れたのに僕は何も出来ずにいる。
今でもまだ香澄様が狙われているというのに動くことさえ出来ないんだ。
「か、香澄様…っ。」
かろうじて呼びかけてみると。
「ふふっ。やっと名前で呼んでくれたわね。」
香澄様は目の前の恐怖を気にしていないかのように僕に微笑んでくれていた。
「心配しなくても大丈夫よ。例え何が現れたとしても、私の大事な甥っ子に手出しはさせないわ。」
(…え?)
「大丈夫。私が貴方を守ってあげるから。だから安心して待っていなさい。」
「か、香澄様っ!」
「…ちっ!まずいな。」
香澄様の言動から何かを察したのだろうか。
不動さんは今まで以上に慌てた様子で鬼に接近しようとしている。
「幻夜!お前は仁王子を正気に戻せ!」
「はい!」
「八雲!お前は唯王女を救出しろ!」
「おう!」
「俺は香澄を救い出す!」
3人がそれぞれに走り出す。
その状況に及んでも僕はまだ動き出せずにいるんだ。
(…これが?)
これが本物の戦闘なのか?
命がけなんて言葉では言い表せない死線。
一瞬でも気を抜けば誰かが死んでしまう戦場。
それは僕が安易に考えていたものとは全く異なっていた。
(…これが、本物の戦いなんだ。)
負ければ死ぬ。
だけどそれだけじゃない。
敗北は全滅を意味するんだ。
(…どうして、こんなことに?)
ここには陰陽術の訓練で訪れただけなのに。
どうして鬼と戦うことになってしまったのだろうか。
(…どうして?)
突然始まった戦闘。
だけどこうなることは半年前のあの日から決まっていたのかもしれない。