断らない理由
「今後のことはどうなるか分からないが、もしも俺の子供達が唯王女を好きになり、唯王女としても異論がないということであれば婚約という選択肢もあっていいとは思っている。」
「それはつまり、婚約を行う意志はあるとお受けしてもよろしいのでしょうか?」
「ああ、まあ、そうだな。」
「………。」
不動さんの考えを聞いた母上が即座に問い返す。
「今すぐではなくても唯との婚約はあり得ると?」
「ああ、本人が望むのであれば異論はない。」
「そうですか。それなら構いませんわ。」
不動さんが反対しなかったことで母上は満足したようだね。
「むしろ時間をかければかけるほど仲良くなれるというものです。そういうことでしたら私としても異論はございません。」
まあ、そうだろうね。
これで母上は政略結婚を推し進める権利を手に入れることが出来たからだ。
もしもここで不動さんが断っていたらそれまでだけど。
不動さんが可能性を示したことで母上には交渉の余地が出来た。
こうなればもう父上や不動さんの意見を仰がなくても自由に幻夜さんや八雲さんに近づけるようになるわけだからね。
母上としては好都合なのは間違いないはずだ。
だけど不動さんとしてはどうなんだろうか?
もしも唯との婚約が決まれば母上の期待通り、
兄上の後ろ盾として利用されるのは目に見えているはず。
それでも不動さんは構わないのだろうか?
(…どうなんだろう?)
色々と聞いてみたい気はするけれど、
今の僕には発言権がないからね。
下手に口出しをすれば母上に睨まれることになるから余計なことは言い出せない。
だけど父上としてはどうなんだろうか?
今回の婚姻に関して父上はどう判断しているのだろうか?
少し気になって父上に視線を向けてみると。
僕の視線に気付いてくれた父上は苦笑いを浮かべながら首を左右に振っていた。
(…ん?)
これはどういう意味だろうか?
良く分からない。
もう一度父上に視線で問いかけてみると。
「………。」
父上は不動さんに目配せをしてから僕から視線を逸らしてしまった。
何だろう?
父上の考えが分からない。
だけど何かを訴えていたような気はする。
もしかすると不動さんに聞けということかな?
たぶんそういうことだと思って改めて不動さんに振り返ってみると。
「…まあ、これで義理は果たせただろう。」
何故か不動さんも苦笑しながら僕に聞こえるように呟いてくれた。
「あまり多くを説明する余裕はないが、これが最善だと思ってくれればそれで良い。」
最善?
どういうことだろうか?
(…何か意味があるのかな?)
婚姻を断らない理由。
あるいは断れない理由。
もしもそういうものがあるとすれば?
(…分からない。)
情報が少なすぎて不動さんの考えが理解できないんだ。
(…いや、でも。)
考え方を変えてみるというのはどうだろうか?
婚姻を断ることによって最善ではなくなるとすれば、
それは不動さんかあるいは別の誰かが困ることになるということだ。
だけど不動さんが婚約を断ったからと言って困る理由が分からない。
(…だとすれば?)
不動さんではなくて別の誰かだとすれば?
考えられる可能性は一人しかいない。
唯だ。
婚約を先延ばしにすることで唯は自由を得られるけれど。
もしもここで婚約を断れば唯はまた別の誰かとの婚姻をせまられるはず。
そうはさせないために?
唯を困らせないために婚姻を遅らせたのだろうか。
そうなのかな?
あくまでも僕の想像であって事実がどうかは分からない。
どうなんだろう?
何気なく唯に視線を向けてから不動さんに視線を戻してみると。
「………。」
不動さんは何も言わずにそっと頷いてくれていた。
(やっぱりそうなのか。)
どうやら僕の推測はあっているようだ。
そして僕が答えに気付いたことに不動さんも気づいてくれている。
「賢い子は嫌いじゃないぞ。そのうえで空気を読めるようになれば文句なしだな。」
(…ええ、分かっています。)
僕は何も言わない。
何も知らないフリをして、何も分からないフリを続ける。
そうして母上や兄上と敵対しないように距離を置くんだ。
僕が何も言わなければ母上は気付かないはず。
不動さんが唯のために婚約を先延ばしにしたことを母上は気づかないはずだ。
だから今はこのままで良い。
おそらく唯も気づいていないだろうけれど。
唯にはいつでも話が出来るからね。
今は何も知らないままでいてもらったほうが都合が良いんだ。
残る問題は不動さんがどうこうではなくて幻夜さんと八雲さんがどう思うかだけど。
最終的には唯が決めることでもあるから、
唯がその気にならない限り婚約は成立しないはずだ。
(…確かにこれが最善だね。)
誰も傷つかないし誰も困らない。
問題の先延ばしでしかないけれど。
結果的に唯の平穏はしばらく続きそうだった。




