急用
(…杞憂様がここに!?)
何故、杞憂様が来たのだろうか?
普段なら呼び出すことはあっても出向くことはしないはずだ。
とは言え、それは移動が面倒だからとかそういうことではなく、
神宮の責任者であり、陰陽師最大派閥である杞憂家の当主としての立場があるために気安く動けないという事情がある。
それに何よりここは神宮に所属する陰陽師達の宿舎であり、
多くの陰陽師達が唯一体を休められる場所ということもあって彼等に余計な負担をかけないために杞憂様がここへ訪れることは今まで一度もなかったのだ。
…それなのに。
わざわざここまで来たということは、よほど重要な事情があるのか、あるいは火急の用件があるということになる。
(…何かあったのだろうか?)
心当たりがないとは言わない。
思い当たることは幾つもあるからだ。
だがその中のどれが正解かまでは分からない。
「すまないが、入らせてもらうぞ。」
八雲が扉を開けるとすぐに杞憂様が部屋の中へと入ってきた。
そして数歩だけ進んだところで八雲が扉を閉める。
「一応、外の気配は探っておくけど、恭子様とかだと分からないから期待はしないでくれよ?」
(…は、ははっ。)
どうやら私だけではなく、八雲でさえも恭子様の気配は分からないらしい。
「…ふむ。さすがのお前達でも恭子の気配は掴めないのか。」
「杞憂様はお分かりになるのですか?」
「…いや。わしにも分からん。恭子は身を守る術に特化して技術を磨いておるからか、最近では目の前にいても気配を感じない時があるからな。」
ああ、確かに。
恭子様の気配を感じ取るのは難しい。
…とは言え。
目の前にいても気づけないことなどあるのだろうか?
もしもそうなら恐ろしいの一言に尽きるのだが、
実際にそういう場面に遭遇したことはないので事実はどうなのか分からない。
(…いや、あるいは気付いていないのか?)
杞憂様でさえかろうじて気付ける実力だとすれば、
私や八雲では気付いていない可能性が高いのだ。
(…だからか?)
だからこちらの行動が恭子様には筒抜けなのだろうか?
本人達に確認してみないと分からないものの。
わざわざ恭子様に会って確かめようとは思わない。
(…もしも事実だとしたら?)
知らないほうが良いこともあるからだ。
いいえ、ここはあえて知らなかったことにしておきましょう。
「そ、それはそうと、杞憂様がここへ来られたということは何か急を要する出来事があったのでしょうか?」
「…うむ。」
話を変えるために質問を投げかけたことで、
杞憂様の表情は目に見えて陰りが増していった。
「何があったのですか?」
杞憂様が落ち込むほどの出来事となると気にならないはずがない。
「まさか父が?」
「いや、そうではない。」
…違うのか。
ついに父が神宮に攻め込んでくるのかと思ったのだがどうやらそういうことではないらしい。
「そうではなく、仁王子が帰還したことで涼王子の身柄が拘束されてしまったのだ。」
…拘束?
そんな馬鹿な。
だとすればそのあとの展開は一つしか思い浮かばない。
「まさか本当に投獄されてしまったのですか!?」
「…ああ、そのようだ。」
「ちっ!」
杞憂様が頷いた瞬間に八雲が舌打ちをしていた。
「マジで涼を牢にぶち込むだと?ふざけやがって!何を考えてやがるんだ!」
(…八雲。)
「言いたいことは分かるが、少し落ち着け。」
「だがっ!」
「気持ちは分かる。悔しいのは私も杞憂様も同じだ。」
「………。」
八雲をなだめるために説得したところで、杞憂様は再び頷いていた。
「涼王子の扱いに関してはすでに陳情を申し立ててきた。だが…。」
おそらく仁王子は杞憂様の意見に耳を傾けることはないだろう。
それどころか涼王子を庇えば庇うほど扱いがひどくなる可能性が高い。
「ひとまず涼王子への面会は出来たが、涼王子としてはしばらく様子を見るとのことだ。」
「それはどの程度の期間を想定しているのですか?」
父への対抗策として涼王子の力が必要になるというのに、
牢から出られないという理由で戦いに参加できないでは元も子もない。
「具体的な予定は立てようもないが、現時点では2、3日程度で解放されると考えているようだ。」
2、3日?
「その根拠は?」
「仁王子の国王就任式と前国王である武尊とその妃の季更王妃の葬儀が行われるまでの間ということのようだな。」
国王就任式と前国王の葬儀。
それらが終わるまでは牢から出られないらしい。
「それでは葬儀が終わり次第?」
「ああ、解放される可能性があるようだ。もっとも仁王子の気分次第で延期される可能性はあるかもしれんがな。」
…それは迷惑な話だな。
ただでさえ涼王子が拘束される理由が納得できないというのに、
ただただ気に入らないからと言う理由だけで牢獄に閉じ込められ続けられるというのはもはや迷惑以外の何ものでもなかった。




