その時は
「ありがとうございます。」
「あらあら、いつも言ってるでしょ?お礼なんていらないわ。だからこれからも貴方の笑顔を見せて頂戴。」
(は、はは…っ。)
相変わらずなのは香澄様のほうじゃないかな?
大聖堂の司教として。
孤児院の経営者として。
そして唯の教育者として。
僕以上に大変な日々を過ごしているはずなのに。
それなのにいつだって優しく接してくれるんだ。
「僕は香澄様がいてくれるだけで幸せです。まるで本当の母のように接してくれる香澄様がいてくれるだけで、僕は十分に幸せですよ。」
「あらあら、嬉しいことを言ってくれるわね。」
「これが僕の本心ですから。」
「ふふっ。悪くないわね。もしも無事に王城を出ることが出来たらいつでも私のところにいらっしゃい。心から歓迎してあげるから。」
(城を出て、ここに…か。)
それが出来れば幸せだと思う。
香澄様の下でなら自由に生きられる気がするんだ。
…だけど。
たぶん無理だろうね。
僕の今後は兄上の判断次第になるけれど、
そもそも王都に居られるかどうかが疑わしい。
だから大聖堂に移住するのは難しいと思う。
「香澄様。」
抱きしめてもらえる腕から離れて、改めてまっすぐに向き合う。
そして今まで大事にしまっていたモノを取り出した。
「申し訳ありませんが、これをお願いします。」
「ええ、分かったわ。安心して任せなさい。」
差し出した秘宝を迷うことなく受け取ってくれた。
「これは次に貴方が来る時まで預かっておくわね。」
「はい。お願いします。」
これで良かったのかどうかは分からない。
だけど秘宝は香澄様の手に渡ったんだ。
これで兄上の手に渡る可能性は無くなったと断言して良いはず。
「今後のことは状況次第になりますが、上手く時間が取れたらもう一度ここにお伺いします。ですが…もしも僕の身に何かがあったら…その時は香澄様の判断にお任せします。」
「…それは、どういう可能性かしら?」
秘宝の判断を委ねた瞬間に香澄様の表情が強張ったように見えた。
「まさか、貴方が…。」
「あ、いえ、そういうわけではないです。」
僕が死んでいなくなるとかそういうことを言っているわけじゃないんだ。
「そうではなくて、ここにこれない可能性があるかもしれないと思っただけです。」
兄上の判断によって僕が拘留される可能性は高い。
その後は王都からの強制退去か、
もしくは国外退去の可能性もあるわけだけど。
どうなるにしてもここへ来れなくなる可能性は幾つもあるんだ。
「もしも僕が王都を放り出されることになったらもうここには来れませんから。」
「…かもしれないわね。」
「ええ、ですので、もしもそうなってしまったら…。」
「…そうね。どうにかして秘宝を届けられるように手配するわ。」
「お願いします。」
「ええ、任せなさい。」
おそらくこれが最後の願い。
もう二度と香澄様と会えなくなる可能性も考慮しながら改めて頭を下げることにした。
「最後までご迷惑をおかけしてすみませんでした。」
「…良いのよ。貴方のためなら、どんな苦労も喜んで引き受けるわ。」
最後の最後まで。
たったの一度も不満なんて口に出さずに。
香澄様は僕の願いを聞き入れてくれていた。
「あとのことは任せなさい。だからこれからは…。」
「はい。上手く兄上と話し合えるように努力してみます。」
「…祈っておくわ。貴方の無事と…これからの幸せを。」
「ありがとうございます。」
心残りがないとは言わない。
だけどこれで香澄様との別れは済んだ。
そして秘宝を預けるという目的も達成できた。
…あとは。
香澄様の心労を減らせるように兄上と話し合うしかない。
「それでは、これで失礼します。」
ここでの目的を終えたことで、早々に大聖堂から離れることにした。




