寸分の狂いもなく
「待たせてごめんなさいね。」
「あ、いえ…。」
他に誰もいないからだろうか。
着替えを終えた香澄様は、
いつも以上に親しい雰囲気で話しかけてくれていた。
「貴方が会いに来てくれると知っていたら、待ってたんだけどね。」
「い、いえ、急に会いに来た僕が悪いので気にしないでください。」
「ふふっ。」
僕としてはいつもと同じように答えてみたつもりなんだけど。
何故か香澄様は楽しそうに笑っている。
「貴方は相変わらずね。」
どういう意味だろうか?
「誰よりも苦しい立場にいるはずなのに、それでも弱音を吐かない姿は小春にそっくりよ。」
それはどうなのかな。
「母のことはあまり覚えていませんので…。」
「まあ、そうでしょうね。物心がつく前に亡くなってしまったわけだから仕方がないわ。その代わりに私が小春の良さを延々と説明してあげても良いんだけど、今日はそういうことが聞きたいわけじゃないんでしょう?」
ええ、まあ。
母さんの話を聞いてみたいと思う気持ちはあるけれど。
それはもう少し時間に余裕のある時にするべきだと思う。
「今日は香澄様にお願いがあって来たんです。」
「お願いね~。まあ、大体の予想は出来るわ。」
(………。)
どうやら説明するまでもなく、
香澄様は僕の考えを察してくれているようだ。
「秘宝の扱いに困っているんでしょう?」
「…ええ、そうです。」
「貴方の気持ちは分かるわ。時雨の狙いが秘宝だから他の誰にも渡したくはない。だけどこのまま持っていれば兄の仁王子に没収される可能性がある。だから一時的に秘宝を隠せる場所を探してる。そういうことでしょう?」
「はい、その通りです。」
寸分の狂いもなく、香澄様は僕の考えを理解してくれていた。
「秘宝を預かるのは構わないわ。必要な時が来るまで隠すのも構わない。でも、ね。」
香澄様は一旦、言葉を区切ってから僕をまっすぐに見つめてきた。
「私は貴方に生きていてほしいのよ。出来ることなら唯王女と結婚して末永く幸せになって欲しいわ。」
(………。)
「私は立場上そうそう簡単に結婚なんて出来ないけれど、早くに亡くなってしまった小春の代わりに貴方には幸せになって欲しいのよ。」
「香澄様…。」
「だから秘宝を預かるのは構わないけれど、返すのは躊躇うというのが本心になるわね。例の鬼道四聖神ならともかく、時雨が相手となれば秘宝があっても確実に勝てるとは言い切れないわ。」
そうかもしれませんね。
初見であれば勝てる可能性はあったかもしれない。
今になって後悔しても手遅れだけど、
王城で遭遇した時が最初で最後の好機だったんだ。
だけど不動さんをとり逃したことで僕が秘宝を持っているという情報は漏れてしまった。
だから次に不動さんに出会う時は、何からの対処法を考えてくるはずだ。
それこそ秘宝があっても勝てるかどうか疑わしくなるほどの準備を整えてくるはず。
それが分かっているから香澄様の指摘は否定できない。
「他の誰よりも貴方には生きていてほしいの。だけど…何を言っても聞いてはくれないのでしょうね。」
「…すみません。」
「良いのよ。貴方は小春に似ているから、私が何を言ったところで聞き入れてくれるなんて思ってないわ。」
(………。)
頑固でわがまま。
そんなふうに思える評価だけど。
香澄様は涙を堪えるような表情で無理に微笑んでくれていた。
「小春も…そして貴方も。自分のことを後回しにして他の誰かのために頑張れるような子だから、そんな貴方達だからこそ協力してあげたいと思えるのよ。」
(…香澄様。)
僕は間違っているのだろうか?
もっと他の方法を考えるべきなのだろうか?
何が正しいのかが分からない。
どうすれば良いのかもわからない。
だけどこうして僕が悩んでいる間にも、香澄様は上を向くことで溢れそうになる涙を堪えながら、ゆっくりと呼吸を整えている。
「…これ以上は止めておくわ。話せば話すほど切なくなるから、だから今は貴方が無事に帰ってきてくれることを祈らせてもらうわね。」
「すみません…。」
「良いのよ。私にはこの程度のことしか出来ないから。いつだって貴方達を支えてあげることくらいしか出来ないから。だから困った時には全力で甘えなさい。」
「…ありがとうございます。」
「ふふっ。」
少し寂しそうに微笑んでくれた香澄様は落ち込んでしまった僕を優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫。私はいつだって貴方達の味方だから、悔いのないように生きなさい。」
「…はい。」
「ふふっ。それで良いのよ。」
(…ありがとうございます。)
どこまでも優しくて。
いつだって頼りになる存在。
香澄様の存在が僕の最後の心の拠り所なのかもしれない。




