鬼の血
「…さて、と。彼等のことはともかくとして、貴女は何か知っているわね?時雨達のことを。」
「さあ?どうかしら?」
香澄様が追求しようとしているけれど、
恭子さんはさらりと受け流して背を向けてしまう。
「私が話すことは何もないわ。」
「待ちなさい!!」
「………。」
香澄様に呼び止められたことで、恭子さんは足を止めた。
「まだ何か用なの?」
「…話すつもりはない、ということかしら?」
「何を知りたいの?」
「時雨の目的と…その居場所よ。」
「………。それはまるで、私が不動時雨の仲間のような質問ね?」
「違うのかしら?」
「………。」
香澄様の問いかけが気に障ったのだろうか。
恭子さんは鋭い目つきで振り返った。
「不動時雨がどこにいるのかなんて知らないわ。」
「…本当かしら?」
問い詰める香澄様だけど。
「悪いが香澄よ。恭子のことを聞かないでやってもらえないか?」
何故か杞憂様が間に入ろうとしていた。
「それはどうしてかしら?」
「いや、恭子は…その、なんと言うべきか…。」
言葉を濁す杞憂様を見る香澄様は冷たい視線を向けている。
「宗徒…。貴方も何かを知っているのね?」
「う、うむ。このことは他の誰も知らぬことなのだ。決して嘘をついてきたわけではないのだが…恭子を守るためにはこうするしかなかったのだ。」
「それはどういう意味なの?」
「………。」
香澄の問いに答えない。
そんな杞憂様に代わって恭子さんが答えた。
「私が『鬼の血』を引く者だからよ。」
(…えっ!?)
「どういうことなの!?」
予想していなかった言葉によって香澄様だけではなくて、
この場にいる誰もが言葉を失ってしまっていた。
だからかな。
ようやく杞憂様が真実を語ってくれたんだ。
「もう20年ほど昔の話だ。当時から六詠山に挑むことを目標としていた時雨が多くの陰陽師を率いて地獄谷に挑んでいた頃、私は国内各地の巡回の任務に就いていた。」
今から20年前?
だとすれば僕や八雲が生まれた頃だろうか?
「その巡回の旅の途中で、とある村において鬼の襲撃があったのだ。」
鬼の襲撃か。
それはつまり7年前の出来事が別の場所でもあったということだ。
「村を襲う悪鬼を調伏するのは簡単だった。最初から30人以上の陰陽師が集まっていたわけだからな。負傷する者はいても死者は出なかった。戦いそのものも10分程度で終わっただろう。だが、な。戦闘後に鬼の住処を捜索したところで幼い子供がたった一人で隠れているのを見つけたのだ。」
幼い子供?
それが恭子さんだったのだろうか。
「偶然にもその子供に気付いたのは私だけだった。大多数の仲間達は傷の手当てのために撤退していたうえに、捜索として残っていた者達が手分けしていたことで近くにいなかったのが幸いだったというべきか。たまたま子供を発見した私は他の仲間達に気付かれる前に一度だけその子に問いかけたのだ。」
まだ他に誰も気づいていなかったことで、
杞憂様は恭子さんに質問をしたと言っていた。
「『母の死を乗り越えて共に来るか?』とな。何故その子を生かそうと思ったのかは今でも分からない。だが母を殺した私を見ても憎しみをあらわにしなかった瞳を見ていたたまれなくなったのだ。」
鬼の子として殺害することは出来たはずだ。
だけど恭子さんを見た杞憂さんは無抵抗の子供を殺すことが出来なかったらしい。
「私の質問に頷いてくれた子を匿うことで仲間達の目から隠すことには成功した。その後、孤児を拾ったという名目でその子を引き取った私は、幼子に『恭子』の名を与えて共に暮らすことにしたのだ。」
やっぱり、そうなのか。
杞憂さんが助けた少女こそが恭子さんだったということだ。
「双葉とは恭子の本名です。と、同時に鬼としての真名になります。」
なるほど。
同族としての命令。
それが虎王達が身を引いた理由なのかな。
…だけど。
ただそれだけの理由で引き下がるだろうか?
虎王達は秘宝を求めていた。
それこそ不動さんのために独断で動いたほどだ。
それなのに恭子さんが命令しただけで諦められるものだろうか?
(…まだ何か別の理由があるような気がする。)
だけど恭子さんは何も話さないし、
杞憂様も意図的に説明を避けているような気がするんだ。
(…聞くべきだろうか?)
追及するのは簡単だ。
だけど答えてもらえるかどうかは別問題になる。
(…今はそっとしておくべきだろうか?)
恭子さんの素性は直接的に不動さんと関連があるわけじゃない。
全く無関係と言うわけでもないようだけど。
少なくとも敵ではないのなら警戒する必要はないはずだ。
…とは言え。
「ひとつだけ聞いても良いですか?」
あまり深くは追及しないとしても、
最大の問題だけは解決しておく必要がある。
「もしも恭子さんが鬼の子だとすれば、恭子さんも他の鬼と同じように暴走する危険性があるのでしょうか?」
かつて戦った鬼のように。
あるいは今回現れた鬼道四聖神のように。
僕達と敵対する可能性があるのかどうかを訊ねてみたんだけど。
「いえ…。おそらくその可能性はないと思われます。」
杞憂さんは即座に否定してくれた。




